第56話 師弟、再び
ゴブリンに捕まっていた子供たちを連れ、バンゲロ村に戻ると、先ほどまでの絶望感溢れる様子とは打って変わって、村中が歓喜の声で溢れかえった。
俺は村長にゴブリンたちを全滅させたこと、そして洞窟内には奪われた食料や物資がまだ残っていたことなどを伝えた。
本当は全部ウォラ・ギネの功績にしたかったのだが、救出した子供たちに一部始終を見られており、誤魔化すことはできなかった。
村長は俺を村の英雄と呼び、孫娘のサンネを嫁に貰ってほしいと懇願してきたが、それは丁寧に固辞した。
何もわからなかった童貞時代であれば肉欲に負けて、このままサンネと結婚し、村で一生を終えるのも悪くは無いと考えたかもしれないが、もうアレサンドラや他の女性を知ってしまった今、若くフレッシュなだけでは物足りない贅沢者に俺はなってしまっていたのだ。
サンネは十分にかわいいし、魅力的だが、特別な好意を抱いているわけではない。
大事なのは性格の相性や価値観だ。
一緒にいたいっていう気持ちを持ち続けられなければ恋愛は上手くいかない。
アレサンドラとのことでそれを痛感した。
翌日、俺たちはバンゲロ村の人々を、ゴブリンの住処に案内し、洞窟内にため込まれた食料などを運ぶのを手伝い、その後、村を後にした。
王都に戻った俺たちは、冒険者ギルドに向かい、依頼達成の諸手続きを行うとともに報酬を受け取るなどした。
「おう、無事戻って来たな。依頼は上手く行ったか」
ギルドマスターのグラッドが受付カウンターの奥の部屋から出てきて、俺たちに声をかけてきた。
相変わらず暇そうな様子で、先ほどまで寝ていたのか、目の端には目やにが付いたままだった。
アレサンドラは、虫魔人と遭遇したことやバンゲロ村の被害の様子をグラッドに説明し、その上で自分たちが知らぬ間に、何か恐ろしいことが陰で進行しているのではと不安を口にしていた。
「……まさか、領内で魔人と遭遇するとはな。思った以上に魔王の支配力がこの国を脅かしつつあるのかもしれん。いずれにせよ、お前たちが無事でよかった。魔人と遭遇し、しかも倒してしまうなど、本来であれば国を挙げて喜ぶべきことなのだろうが、いたずらに民を怖がらせても仕方ない。このことは俺からギルド本部を通じて、国王陛下の耳に入れておこう」
「なにが、国王陛下の耳に入れておこうだ。すっかり権力に飼いならされおって」
そういって近づいて来たウォラ・ギネを見て、グラッドの顔色が一気に変わった。
今までどこにいたのか、忽然と現れたように感じた。
「げっ! なんで、あんたがここにいるんだ!」
「なんでだと? それは儂がこのパーティのメンバーになったからであり、ユウヤの師匠だからに決まっておろう」
「ユウヤの師匠? それにパーティのメンバーになったと言ったのか?一体、どういう風の吹き回しだ。寄る年波には勝てないって、冒険者を引退したのは嘘だったのか!」
「ふん!ああでも言わなければ、いつまでもあのくだらない茶番に付き合わされることになってしまったであろうからな」
「ぐっ、それは……」
「≪世界を救う者たち≫を立ちあげた時の理想は失われ、いつしかパウル四世の手駒の一つになり果てた貴様らとはあれ以上、行動を共にすることはできんかった。そもそも、マーティンが死んだあの日に≪世界を救う者たち≫もまた死んでしまったのだ。儂はお前に共に去ろうと言ったが、あの時、貴様は儂に何と言ったか?『 勇者パーティを辞めたらモテなくなるだろ!』だ」
うわっ、恥ずかしい。
こんな公衆の面前で、そんな過去ばらさなくても……。
受付嬢のメリルを含む女性陣の顔が曇り、冷ややかなの眼差しがグラッドに集中している。
「う、うるさい。俺はあんたと違って若かったんだ。モテたいと思って何が悪い。それにそんな話をここでしないでくれ。≪世界を救う者たち≫の過去の栄誉に泥を塗ることになるぞ」
「くだらん。作られた偽りの英雄に何の価値があろうか。グラッド、少し見ぬ間につまらない奴になったな。失望したぞ」
師であるウォラ・ギネの容赦のない言葉に、グラッドは何も言い返すことができなかったようで、両手の拳を握りしめたまま沈黙してしまった。
どうやら、グラッドとウォラ・ギネの師弟の間には、俺たちが入り込めない色々と複雑な事情があるようだった。
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