第54話 秘められた力
『洞窟調査依頼:プレメント近郊ロブス山中』の詳細な報告をアレサンドラから聞きたいと、領主の使いが宿にやって来た。
意識を失っていたアレサンドラの代わりに、俺が対応することになり、洞窟内部の様子や周辺の地形などをヘタクソながら一生懸命に描いた図を用いながら説明した。
当然、虫魔人たちを倒したのはアレサンドラということにした。
俺は敵がいなくなった後の洞窟で、卵を焼却するなどの後始末をしただけだと説明し、≪
領主というのは、結局、あの王様の子分だと思うし、追放された異世界人という身の上、どこかで自分の話が出てしまうリスクは極力避けたかったのだ。
そんな俺の説明をアレサンドラたちは不思議そうな顔で黙って聞いていたのだが、領主の使いが帰った後でさすがに疑問を口にしてきた。
「どうして≪人喰い蝗≫相手に活躍した話をしなかったんだ? あの説明だと、全部私一人で魔物たちを退治したことになってしまうぞ」
「そうですよ。逃げ回っていた私たちとは違って、ユウヤさんは大活躍だったじゃないですか!」
「わたしのことを守ってくれたよね~。かっこよかったよ~」
三人に迫られ、俺はたじたじになってしまう。
「まあ、まあ、いいじゃない。アレサンドラが一人で倒したことにした方が武勇伝に箔がつくし、それにほら、報酬はしっかりと貰えたんだから良しとしよう」
テーブルの上には、領主の使いが置いて行った革袋が一つ。
中には、調査報酬として金貨四枚と銀貨百枚が入っていた。
これは最初に提示された報酬額よりも多く、おそらくだが、魔物退治の謝礼も含まれているのだろう。
俺たちからもたらされた情報をもとに、再調査と現場検証が行われるという話であったが、その結果次第ではさらに冒険者ギルドを通じて追加の謝礼もあるかもしれない。
使いの者は、領内の危機を未然に防いでくれたアレサンドラを招待し、宴を催したいという領主の意向を伝えてきたが、負傷を理由に彼女はこれを辞退した。
翌朝、俺たちは、当初の予定からはかなり遅れてしまったが、バンゲロ村を目指して旅立つことにした。
アレサンドラはまだ、あちこち痛むようであったが、ただ歩く分には支障が無いほどに回復したということである。
実際に元気になったのは間違いないようで、バンゲロ村で商うための品々を購入し、それを荷馬の背に乗せていた。
まったく、相変わらずの商魂たくましさだ。
夕方に一行が到着したバンゲロ村は、酷い荒らされようであった。
集落を守る木の柵は、破壊され、火をかけられたらしい家屋がいくつもあった。
畑も荒らされていて、その残った少ない作物を村人たちがせっせと収穫していた。
前に来た時は門番がいたはずだが、辺りを見回してもその姿は無かった。
俺たちが勝手に集落に足を踏み入れても、咎めだてする者は無く、村人たちは元気のない顔でこちらを遠くから眺めるだけだった。
「おお、冒険者の皆さん。よくぞ参られましたな。ご覧の通り、集落はゴブリンどもによって襲撃を受けたばかり。もう少しはやく来ていただけていたら、
村長が力なく指差した辺りを見ると、そこには大きな石を置いただけの簡素な墓らしきものが三つ並んでいた。
話によると、昨夜、村の者たちだけで襲撃してきたゴブリンの群れと戦ったのだそうだが、やはり多勢に無勢。
犠牲を出した上に、作物や備蓄用の食料などを略奪されてしまった他、村の子供二人を連れ去られてしまったらしい。
「私のせいだ。私がプレメントでもたもたしていたから、村に被害が出てしまった……」
アレサンドラが力なく
「お姉さまのせいではありませんよ。こんなこと、誰にも予見できなかったことです。それにお姉さまがロブス山で私たちを守ってくれなかったら、今頃こうしてここに辿り着くことさえできていませんでした」
テレシアやラウラがそう言ってアレサンドラのもとに歩み寄る。
「やれやれ、尻の青いヒヨッコばかりじゃのう。そんなことを言うておる暇があったら、他にやれることがあるじゃろ」
ウォラ・ギネの呆れような声に俺はハッとなる。
「そうだ! 子供が攫われたんだよね。昨夜の襲撃なら、まだ助け出せるんじゃないかな? 食料だって、まだ残ってるかもしれないし……」
アレサンドラが俺の方を向いて、大きく頷いた。
「行こう! ユウヤの言うとおりだ。まだ間に合うかもしれない」
「でも~、ゴブリンの住処って、どこにあるの?」
「確かに……。ラウラの言うとおりね。村長さん、ご存じありませんか」
テレシアの問いかけに、村長は力なく首を振る。
「そんなもの、奴らの足跡を追えば済むじゃろ。ほれ!」
ウォラ・ギネが杖先で指し示した場所には何もない。
アレサンドラたちにも何も見えていないようで、ウォラ・ギネはその様子にため息をついた。
「やれやれ、手のかかる奴らだ。仕方ない。儂についてこい。案内してやる」
そう言うと、ウォラ・ギネはいきなり走りはじめた。
「あっ、ちょっと!」
さすが年寄りだけあって、せっかちだ。
しかもかなり足が速い。
仕方なく俺も後に続くが、アレサンドラは少しきつそうだし、テレシアたちはどんどん遅れていく。
このままだと、あいつら、迷子になるんじゃないかな。
まあ、でも一刻もはやく救出しなきゃならないのも確かだし、ウォラ・ギネの行動は間違っていないのかもしれない。
俺は、コマンド≪どうぐ≫のリストの中から、「火が付いた
「爺さん!じゃなかった、師匠。暗いし、危ないから、先頭を行くなら、松明貸しますよ」
「いらん!万物に宿る≪
わけわからん。
木々はなんとなく理解できるけど、岩って生きてるの?
それに≪理力≫って
まあ、いいや。
前のセーブデータで体験済みだから、ゴブリンの
俺は、ウォラ・ギネに追いつき、並んで走る。
むしろ、ついてこいと言わんばかりに森の木々の間を抜け、ゴブリンたちが集落を作っていた洞窟のある場所に案内する。
いた。
ゴブリンたちだ。
洞窟前の広くなった場所に大きな焚き火を作って、どうやら宴のようなものをしているようだった。
俺は走る勢いそのままに、進路上のゴブリン二体を踏むようにして、連続で蹴り飛ばす。
そのまま視線を走らせ、木の太い枝に、並んで吊るされた幼い子供二人を発見する。
ウォラ・ギネは、俺よりも早く子供の居場所に気が付いていたようで、一目散に駆け寄ると、手に持っていた長杖で、二本の縄を一閃した。
縄はまるで鋭利な刃物で切断したかのような切り口を残して断たれ、子供が地面に落ちそうになる。
俺はそれをすんでのところで掴み、ぐったりとした二人を抱きかかえる。
「ナイスキャッチじゃ」
「ナイスキャッチじゃないですよ。子供たちが怪我したらどうするんですか?」
その文句を言い終わるかどうかのタイミングで、怒りに身を任せたゴブリンたちが一斉に襲い掛かって来た。
俺は当然それに気が付いていて、子供たちを木の根元に横たえると、キャッチ前に投げ捨てた長杖と松明の位置を目で確認した。
「ユウヤ、杖は拾わんでいいぞ。自分の手足を使ってゴブリンと戦え」
迫るゴブリンを捌きながら、ウォラ・ギネが妙な指示を出してきた。
「えっ、なんで?」
「
何を言ってるのかわからん。
「見てろ。MPを1消費して、殴る!こうだ!」
ウォラ・ギネがそう言って、目の前のゴブリンに見事なフックをお見舞いすると、それをくらった頭部が大きく陥没し、そのまま吹き飛んで行った。
ウォラ・ギネが殴りつけるのに使った拳が一瞬、光を纏っているように見えた。
とりあえず、俺もやってみるか。
「MPを1消費して、殴る!。MPを1消費して、蹴る!」
駄目だ。
ゴブリンたちは即死したが、なんか違う。
「違う! それはただ口に出して言っているだけだ。もっと拳に、自分の力が宿るようなイメージをしっかりと持つのだ。お前は何故か、わしらとは違ってMPを自然に使えていない。だが、≪理力≫は確かに存在するのだ。お前の中に強い≪理力≫を確かに感じているぞ」
そんなこと言ったって、俺が元にいた世界ではそんな不思議な力などは存在していなかった。
子供の頃、誰もいない場所で、「か〇はめ波ー!」なんてやってみたことはあるけど、当然でなかったし、色々なヒーローの必殺技も当然駄目だった。
ああいうのは創作の世界での話で、自分に特別な力があるなど考えたことは無い。
子供の頃に戻って、イメージを膨らませてみよう。
俺の中には
「これで、どうだ! せいっ!」
俺は、やったことはないけど、空手の正拳突きのような感じで、石斧を手に飛びかかって来たゴブリンの胴体を打った、つもりだった。
だが、俺の拳がゴブリンの体に触れる前に、目の前にあった全てが文字通り、消し飛んでしまったのだ。
広場に作られた焚き火も、その周囲にいたいくつものゴブリン・ファミリーも、その背後に立ち並んでいた原始的な掘っ立て小屋などもすべて。
周囲の木々も根こそぎなぎ倒し、地面をすら半球状に
気のせいだと思うけど、はるか先にあった雲さえ、ぽっかりと拳型に穴が開いて見える。
「わ、儂を殺す気か!」
はっきり見て無かったが、左斜め前方にいたウォラ・ギネはどうにかして今の力の発現から身を守ったらしい。
今は地面に伏せて、真っ赤なのか真っ青なのか分からない顔をしてこちらを睨んでいる。
俺は貧血になった時のように、全身の力が抜け膝から崩れ落ちる。
ああ、そうか。
この抜けて無くなった感じのある、この力がMPだったのか。
たしかステータスでは500近くあった気がしたが、今見たらたぶん、0か1だろう。
そう思えるほどの虚脱感だった。
視界が狭くなり、そして真っ暗になった。
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