第52話 メンタル・パワー

「ここはどこだ? しかも俺、めちゃくちゃ酒臭い……。」


殺風景な石の天井……。


やばい。

まさか俺、またやっちまったのか?


慌てて飛び起きるが、傍らには女の子の姿は無い。

代わりに空っぽの酒壺があるだけだ。


俺の体には、何かの獣の毛皮が毛布代わりにかけられていて、室内には誰もいなかった。


整理整頓された部屋の壁際には長杖と思われる棒が、複数の壺にたくさんまとめて入れてあって、ここがウォラ・ギネの家であることを思い出すことができた。


痛むこめかみを押さえながら、記憶をたどってみるが、途中から記憶が無い。


一緒に酒を飲んで、グラッド師匠の悪口に適当に相槌を打ったり、ウォラ・ギネの流派やザイツ樫の長杖にまつわる話を聞いたりしたが、その後、どんな話をしたのかはちょっと思い出せなかった。


「こりゃ! 何をいつまで寝ておるか」


ウォラ・ギネが、二日酔いの頭に響く声を上げながら、部屋の中に入って来た。


「あっ、昨日はご馳走になりました。俺、なんか失礼なことしませんでしたかね?」


「ふんっ、喰うだけ喰って、飲むだけ飲んで、気がついたら横になって寝息を立てておったわ。こんなに日が高くなるまでイビキを掻きおって。小僧、おのれは一体、何をしに来たんじゃ? 」


「あっ、そうだ。長杖を……」


「それは昨夜ゆうべに聞いたわ。ほら、見繕ってやるから、さっさと顔を洗って、外に出ろ」


ウォラ・ギネに促されるままに、かめの水で濡らした布で顔を拭き、口を濯ぐ。

そのまま、差し出された杯の中の水を飲み干すと少し元気が出てきた。

どうやら、二日酔いの一歩手前ぐらいで済んだらしい。



「ほれ、構えてみろ」


何の装飾もなされていない長杖を一本、投げて寄こされ、俺はそれを言われた通り構えてみせた。

右手、右足を前にし、左手で杖尾を握る「右本手みぎほんての構え」だ。


「ふむ、基本はできておるようだな。長杖は誰に教わった?」


「はい、基本的なことはギルドマスターのグラッドさんに……。一日だけですが……」


「一日だと? その後は?」


「まあ、あとは実戦と言うか、身体で覚えたというか……」


三百回近くもセーブとロードを繰り返し、グラッド師匠に殺されたり、大怪我させられたりしながら、その動きを真似たり、習った基本動作に独自のアレンジを加えたりした。

話の流れの展開で運よくいくつかの技術も学ぶことができたが、ちゃんと師事したとは言い難い。


「……にわかには信じられんが、まあいいか。その長杖を使って、本気でかかって来い。年寄りだと思って手加減するなよ。殺す気で来い」


ウォラ・ギネも俺と同じような見た目の長杖を持っているが、「つねの構え」のまま立ち尽くしているだけだ。

「常の構え」というのは、太刀で言うならば帯刀している状態であり、杖を水平に持ち、ただ悠然と立っているような見た目だ。


「はい、じゃあ遠慮なく」


あんなに自信たっぷりなんだ。

長杖の達人ということだし、寸止めはするけど、ちょっと本気出しちゃおうかな。


俺は、右本手の構えから一気に間合いを詰めると、左手で杖尾を押しだし、直突きした。

右手は力まず添えるようにして杖を滑らせる。


シンプルだが最短かつ最速の攻撃法だ。

これが今の俺のステータスで繰り出されたなら、ゴブリンなどのこれまでの相手であれば、まばたきすらすることができぬうちに絶命していた。


今回の相手は、元達人とはいえ、かなりの高齢者である。

杖を譲っても良いと思わせるだけの実力を見せたら、その喉元に到達する前に寸止めしよう。


だが、そんな思惑は空振りに終わり、俺の直突きは小柄なウォラ・ギネに到達することは無かった。


「ホッ、ホッー」


ウォラ・ギネの体が一瞬で遠ざかったような気がした。

そして、次の瞬間、俺の左手に、まるで電流が走ったかのような衝撃が伝わって来たと同時に、手に持っていた長杖の先が文字通り爆散した。

木っ端微塵としか形容のしようが無く、細かい木の破片を巻き散らしたのだ。


何が起こったのか理解するのに数秒を要した。


残っていた酔いが一気に醒め、思わず刮目してしまう。


ウォラ・ギネはどうやら突きを放ち、俺の杖先に自分の杖先を合わせてきたようだった。

身長差がある中、あの速度の突きを寸分たがわぬ精度で突き合わせるなど可能とはとても思えなかったのだが、砕けてしまった杖先を見ると、それが事実であったのだと認める他は無い。


あのような小さな体のどこにこれほどの力があったのか。

いや、そもそもあの速さの突きにどう対処すればこのような真似ができるのか。


「0点。落第じゃな」


ウォラ・ギネは余裕たっぷりの様子だ。

俺の突き技を受け止めたとは思えないほどピンピンしている。


「驚いた。今のどうやったの? まさか俺の杖だけ不良品だったとか?」


「違うわ、この大戯おおたわけめ。いいか、お前の突きには、≪理力りりょく≫がまったく込められておらんのだ」


「理力?」


「そうだ。それはすなわちメンタル・パワーとも呼ばれている。ステータスを見てみろ。MPというのがあるだろ。それがすなわち、人間の持つ≪理力≫だ。≪理力≫がこもった長杖は鋼よりも強固で、魔物の千や二千を屠ったくらいでは折れはせん。お前が駄目にしたあのザイツ樫の長杖であれば猶の事、上位の魔人とさえ互角に渡り合えるほどの武器であったのだぞ」


そうだったのか。

てっきりマジックパワーかと思っていた。

魔法を使わない俺には無用の数値かと思っていたがそうではなかったらしい。


「お前の突きは、≪理力≫を伴わないむき出しの、野蛮で未熟なものだ。そんな突きが儂の突きとぶつかり合ってそのぐらいで済んでおるのは、化け物じみたお前自身の強さのおかげだ。頑丈な体に感謝するんだな」


「……参りました」


「素直でよろしい。まあ、お前さんも悪い動きではなかったぞ。正直、久しぶりに肝を冷やしたし、脳のいい刺激になったわい。その杖はもう使い物にならんから、代わりのもので今のお前の実力にぴったりの杖をくれてやる。ついてこい」


「えっ、でもさっき、落第って……」


「それは≪理力≫の使い方についてのことだ。儂の弟子になったことだし、その辺も詳しくあとで教えてやる」


「ちょっと待った。いつ、俺が爺さんの弟子になったの?」


「呆けておるのか。昨夜、お前の方から土下座して、弟子にしてくださいと頼みこんできたのではないか。まあ、見どころが無いわけでもなさそうであったから、儂も師弟のさかずきを交わすのもやぶさかではなかったわけだが……」


オー、マイ、ゴッシュ!

なんてこった。

まったく記憶が無い。


「ちょっと待って。俺、今、パーティを組んでて、爺さんの弟子になって修行とかするわけにはいかないんだけど」


「それについても、儂がお前のパーティに加わって付いて行くことで、話し合い済みだろう」


「いや~、ちょっと困るな。他のメンバーにも聞いてみないと……」


「ホッ、ホッ。それも問題ない。冒険者界のまさにレジャンドである儂の加入を拒むものなど居るわけが無い。儂が自ら説得するから、心配などするな」


なんか、意地でも俺についてくる気満々のようだ。


何かないか、この爺さんが諦めてくれるような理由が何か……。


「そうだ! この立派な家はどうするのさ。たくさんある貴重な長杖とか、家財とかも置いてはいけないでしょ。月に一回ぐらいの頻度で俺がここに杖術習いにくるとかでいいんじゃないかな。月謝も払うし!」


「はあ~、小僧。お前さん、酔っぱらって本当に何も覚えていないんだな。お前のコマンド≪どうぐ≫とかいうスキルで、収納して運んでくれる話になっておったであろう。酒の余興に何かやれと言ったら、物を消したり出したりして披露してみせたのも忘れたのか?」


うわ~、最悪だ。

≪どうぐ≫の能力についても喋っちゃってたんだ。


まさか、≪ぼうけんのしょ≫については話してないと思うけど、このウォラ・ギネに他に何を話したのか、後で確認しなくては……。


「なんか、不都合そうな顔をしているが問題ないぞ。儂とお前で、昨夜見聞きしたことは他言無用にすると誓いを立てたからな。特にアレサンドラとかいう仲間に知られたくないのだろう。しつこいくらい、何度も念押ししてきたからな。約束は守る。たしかにこんな途方もない能力を持っておったのでは、悪用されることを恐れるのは当然のことだからな」


まいった。


もうアレサンドラのことまで知ってるなんて。


「そうだ、小僧。たった今から儂はお前をユウヤと呼ぶ。儂のことは、爺さんではなくちゃんと師匠と呼べ。いいな! 礼節無きところに師資相承ししそうしょう無しだ」


ウォラ・ギネはやけに嬉しそうな様子で、皺と古傷だらけの顔に無邪気な笑みを浮かべてみせた。




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