第51話 ムソー流

「まあ、ここで立ち話もなんだ。中で詳しい話を聞こう」


まさか断りはすまいなとばかりに鋭い視線を向けられ、半ば強引に室内に通された俺は、プレメントの町で買った蒸留酒入りの小さい壺をウォラ・ギネに差し出した。


「ほう、若いのに気が利くな。これは、……ゴロ芋の酒だな。うむ、匂いもしっかり臭くて、悪くない」


ウォラ・ギネは壺の蓋に鼻を近付け、すんすんと音を鳴らした。


ギルド職員から、ウォラ・ギネは酒が好きだと聞いて、手土産用に購入して来たのだが、どうやら正解だったようだ。

すっかり機嫌が良くなって、俺への警戒心も少し和らいだかに見える。



亀の形をした巨大な奇石の地下にあったウォラ・ギネの住居は、思ったより広く、一人で住むなら十分な空間であった。

どうやって作ったのか分からないが、天井も床も壁もつなぎ目のない石でできており、とても頑丈そうだった。


そしてふと入り口から見て一番目立つ場所に日本語の、それも漢字で「夢想」と書かれた張り紙を見つけ、なんでこの異世界に漢字があるのかと、とても驚いた。

沢山ある漢字の中でよりにもよって、この文字である意味は何だろうか。


綺麗好きなのか部屋はとても片付いており、長杖らしきものがたくさん壺にまとめられ、立てて置かれている。

その数は百本近くはあるだろうか。

これだけあるなら、どうにか一本くらい譲ってもらえそうだと内心で思った。



「……あの、それで、長杖は譲ってもらえるんでしょうか?」


「ああ、そのつもりではいるが、とりあえず晩飯を食っていけ。酒の礼だ」


ウォラ・ギネは石をくりぬいて作った火鉢に火を起こし、その上に乗せた網の上でなにやら色々焼き始めた。


肉や見たことのない形の野菜のようなもの、そして爬虫類の干物のようなものまである。

岩塩と香辛料を適当に振りかけ、どうやらこれが味付けらしい。


そして、これまた石でできた二つの杯に、俺が買ってきた酒をなみなみと注ぐと俺の方にもその片方を差し出してきた。


なんか、やばいな。

長杖を貰ったら、さっさと退散するつもりが、どうやらこの老人にすっかりペースを握られてしまっている。


「ほら、焼けたぞ。冷める前に、さっさと食え」


平べったい石の皿に、網の上のものを適当に乗せ、今度は自分の分を焼き始めた。


俺は素直にそれを受け取ると一番、無難そうな肉を口に運ぶ。

うん、シンプルゆえに毎日だと飽きそうだが、味は悪くない。


「それで、長杖の件なんですが……」


「おい、酒が進んでおらんではないか。若いのだから、ぐいっといけ、ほら」


ウォラ・ギネは蜥蜴の足のような部分を嚙みながら、俺に酒を注ごうとしてくる。



なかなか本題に入れず、次第に夜が更けていったが、酔いが回ったこともあって、このまま、家に泊めてもらうことになってしまった。


酒の力のおかげか、俺とウォラ・ギネはすっかり打ち解け、グラッド師匠の悪口などで大いに盛り上がった。

そこから話題は、この老人の過去の話へ。


どうやらウォラ・ギネは、普段から寂しい日々を送っているせいか、とにかく人に話を聞いてほしいようだった。

何度も同じくだりを繰り返したりはするが、俺にとってはこの異世界を知る上で貴重な話が多く、黙って聞き役に徹することにした。


ウォラ・ギネはかつて≪世界を救う者たち≫というパーティに加わり、北から勢力を広げてきていた魔王軍と闘いの日々を繰り広げていたらしい。

グラッド師匠は、その魔王を討つための旅の途中でメンバーに参加し、ウォラ・ギネの弟子となったそうだ。


「弟子を持ったのは後にも先にもあやつ一人。器用貧乏とでもいうか、儂の杖術のおおよその部分はあっという間に覚えたが、その神髄たる部分は本人のやる気が無いこともあって会得するには至らなかった。残念なことだが、古来より受け継がれてきたムソー流は儂の代で、しまいじゃよ」


ウォラ・ギネは酒で赤くなった傷だらけの顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。


なるほど、壁に張られていた手書きの「夢想」の文字は流派の名前だったんだな。


「どんな歴史があるのかは長くなりそうだから聞かないけど、そんなに未練があるなら、新たに弟子を取ればいいんじゃないですかね?」


「馬鹿者。教えれば誰にでも習得できるというものではないのだ。儂とても、この歳になるまで相応しい若者がおらんか常に探し続けてきたのだ。だが、儂の目に適ったのはグラッドただ一人。儂の引退を期に真面目に杖術を学ぶ気になればと、あのザイツ樫の長杖を送ったが、あの始末じゃ」


「でも、そのおかげで俺は助かりましたよ。能力値が低すぎて、他の武器は持つのも一苦労な感じだったし、あの杖のおかげで何度も命を救われました。それに刃物とかはどうも血が出たりして苦手というか、必要以上に相手を傷つけちゃう感じがして嫌なんですよね」


「ほっ、ほっ、そうか。おぬしの話を聞いておると、あの長杖をグラッドに託したのも、まあ無駄ではなかったと思えてくるな。さあ、飲め、飲め、若人よ。夜明けはまだ遠い。今宵は語り明かそうぞ」


アレサンドラやバンゲロ村の村長の孫娘の件で、酒にはだいぶ懲りたはずだったんだけど、俺は基本的に酒好きなのか、ついつい飲み過ぎてしまった。


そしてこの辺りから記憶が曖昧になり、何を話したのか記憶がおぼろげになっていった。






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