第50話 ウォラ・ギネ

ギルド職員から貰った地図を頼りにやって来たスッヒルパッドゥは、草木もまばらで殺風景な場所だった。

この広々と拓けた場所に建物なども無く、人影はおろか動物や魔物の姿さえ見当たらない。


そのウォラ・ギネが住んでいるらしい変わった形の丘の上の目立つ巨石がある辺り以外に目を引くものは何もなく、それを目印にすれば迷う心配はまずない場所だった。


遮るものが何もないせいか、風が強く、新しく買ったマントと服の布地が音を立ててはためく。


丘を登り、亀のような形の巨石の近くまでやって来るとその表面に文字が掘られているのが分かる。



来客者お断り。

ただし、要相談。


どういうことだろう。

お断りなのか、そうでないのか、ちょっとわからない。


ただ癖が強そうな人物であることは、この文言からもイメージできた。


麓から見上げた時はわからなかったが、その亀の形の巨石の根元には石を敷き詰めた下り階段のようなものがあって、巨石の下に作られた空間に、どうやらウォラ・ギネの住居があるらしい。


「すいませーん。ウォラ・ギネさん、いらっしゃいますかー」


返事は無い。


人の気配も感じないし、留守かな?


おそるおそる階段を降りていくと、温かい感じの明かりが漏れ出ていて、その先の木の扉が少し開いていた。


不用心だな。


俺は一応、「入りますよ~、いいですか~」と声をかけ、扉を開けたが次の瞬間、俺の喉元めがけて、何かが凄まじい勢いで飛び出してきた。


それは、丸みを帯びていて、どうやら杖の頭の部分であるようだった。


「うおっ、危ない。何すんの?」


俺は瞬時に身を逸らし、その突きを躱すとともに、その杖を掴もうとしたが、引手もまた速く、少しの油断も無いようであったので、それは叶わなかった。

狭い場所なので、危うく頭をぶつけそうになった。


「ほう、今のをかわすとは、なかなかやるな」


そこにいたのは眼光鋭い、小柄な老人だった。

そのしわくちゃの顔には無数の古傷があり、見るからにただ者ではない雰囲気を醸し出していた。


俺に突き出してきたのは、ザイツ樫の長杖クオータースタッフとは異なり、普通の杖のように見えたが、その尺の長さを見るに、これも長杖の一種なのだろう。


つまり、この老人がウォラ・ギネ、その人である可能性が高い。


だが、相手がだれかも確認しないで攻撃してくるあたり、このウォラ・ギネがかなり危険人物で、さらに俺を歓迎していないのは間違いない。


むすっとして怒ったような顔だし、小柄なのに妙な迫力がある。


「あっ、すいません。家を間違えました……」


俺は頭を掻きながら、愛想笑いを浮かべ、後ずさろうとした。


「待て!この辺りに他に家など無いわ。それにおぬし、扉の外で、儂がいるか、尋ねておったではないか」


なんだ、聞こえていたのに、攻撃してきたのか。

やはりヤバい爺さんのようだ。

帰ろう。


「待てと言っておるだろう。何か用事があって来たのではないか? このような辺鄙な土地に、儂のようなおいぼれを尋ねて来たのだ。なにか、よほどの用であろう。暇をしていたところであったし、聞くだけなら聞いてやるぞ。言ってみろ」


「あっ、いや、大した用事じゃないんで……。やっぱり、帰ります」


「おのれ、儂の言うことが聞けんのか。隠されるとかえって、気になって仕方ないであろう。いいから、はやく話せ!」


「……それじゃあ、せっかくなんで。その、えっと……、使ってたザイツ樫の長杖を折ってしまって、新しい長杖を探しているんですがどこを探しても売ってないし、途方に暮れていたところ、ウォラ・ギネさんのお話を耳にしまして、ギルドの職員の方にお住まいをお尋ねして、参りました次第です、はい……」


「ザイツ樫の長杖を折ったじゃと?」


「はい、数百匹はいそうな魔物の大群と戦ったんですが、倒し終わって見たら、ヒビが入っていて、その状態で魔人の蹴りを受け止めたら、ボキッと……」


「……」


「あっ、ちょっと待ってくださいね」


俺はそう断って、外に一旦出て、≪どうぐ≫のリストから「折れた長杖」を取り出し、戻った。


俺はそれをウォラ・ギネに手渡し、見せた。


「これって、修理する方法とかないですよね?」


「……無いな。杖の魂が死んでおる」


「杖の魂?」


「ああ、そうだ。魂を失った長杖は、もはや長杖とは呼べぬ。もし仮に見た目だけ直すことができたとしても、それはただの棒っ切れに過ぎないのだ」


「なるほど、それでかな? 何かほかの武器を試しても、この長杖と違ってしっくりこないって言うか、物足りないんですよね。杖が折れる直前ぐらいに、なんか、こいつのことをわかりかけてきた気がしたんだけど、本当に残念だったな……」


「……小僧。この長杖は魔人に折られたのだと言ったな」


「はい、虫魔人とかいう奴でした。いきなりビョーンと飛んで来て、仲間を蹴ろうとしてきたんです。それを庇おうとして、この杖で受け止めようと思ったら、折れちゃって……」


「いいか、このザイツ樫の長杖は本来、一介の魔人如きに折られるようにはできておらんのだ。数百年の時を経た古木の心材から作られ、その木に宿る精霊たちの力が宿っているのだ。つまり、この長杖は生きていたのだ」


「……そうなんだ。この杖のこと、めちゃくちゃ詳しいですね」


「ふん、当たり前だ。この長杖は儂が作ったものなのだからな。儂が普段使いしていたのを、引退を期に愛弟子のグラッドに餞別代りに譲ったのだ。小僧、この長杖はどこで手に入れた?」


「あっ、いや、普通に王都の武器屋で……」


ウォラ・ギネは何も言わなかったがこめかみに青筋が立ったのを俺は見逃さなかった。





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