第49話 スッヒルパッドゥの老人

アレサンドラが目を覚ましたのは、テレシアたちが戻ってきた後であった。

どうやら全身筋肉痛であるらしく、疲労もあってかすぐに起き上がることはできなそうだった。

熱もあり、まだ少し意識が朦朧としている。


アレサンドラのスキル≪狂戦士化≫は、脳内のリミッターを外し、肉体の限界まで力を引き出してしまう。

だから、今回のように自分の実力を大きく上回る相手に使用した場合、相手の動きについていこうとして、その副作用がより大きくなってしまったと考えられるようだ。


テレシアたちは、連泊を決めていた宿の部屋に戻ってきた時に、俺とアレサンドラが先に戻ってきていたのを見て、幽霊でも見たような顔をした。


そして、実際に、「あ、悪霊退散! 迷える魂よ、成仏したまえ」と聖水を俺に振りかけてきた。


俺は、アレサンドラの状態が危険だったために、彼女を背負って、道のない林の中を突っ切って帰って来たのだと苦しい言い訳をした。


あまり深く物事を考えないタイプであるらしい二人は、その説明で満足し、テレシアなどは「女神リーザの加護」であると天に向かって感謝していた。



翌日、アレサンドラはまだしばらく安静にしていなければならない様子であったので、彼女の身の回りの世話は、同性の二人に任せ、俺は町中に買い物に出ることにした。


バッタモドキの体液で駄目にしてしまった服の替わりが欲しかったし、折れてしまったザイツ樫の長杖クオータースタッフの代わりも探さなければならない。


一応、折れた長杖は、アレサンドラの大剣ともども、≪どうぐ≫のリストに入れて持ち帰ってはみた。

だが、一本物の木材でできている長杖は修理可能であるとは思えず、再び元の姿に戻すのは無理そうであった。



プレメントに二軒ある武器屋を回ったが、やはり不人気なのか、同じような戦闘用の長杖は無かった。

魔法使い用の杖や小杖ワンドはたくさんあるのだが、それらと長杖は全く異なる武器であるのだ。

あと近いのは、槍などの練習にも使える長杖に似た形状の木の棒だが、杖頭の補強が為されておらず、重りも埋め込まれていなかった。


王都の武器屋でも言われたことがあるが、対人よりも、対魔物というのが今のトレンドであり、数ある武器の種類から、あえて長杖を選ぶ者は少なく、それゆえにほとんど在庫が無い状態であるらしい。

そのため、長杖を作れる職人も次第に数が減って、今ではもうそれを作る技法も絶えてしまったのではないかという話だった。


あの冒険者ギルド御用達のあの店で、最後の一本であるザイツ樫の長杖クオータースタッフに出会えたのは本当に幸運なことであったのだなと俺は思った。


一通り他の武器も眺めてみたのだが、予算内で買うことができる物の中でしっくりときたものはひとつもなかった。


そして、肩を落とし、店を出ようとした俺に、店の主人が何か思い出したのか、慌てて声をかけてきたのだ。


「おい、兄ちゃん。ちょっと待てよ。長杖を売っている場所も、作れる職人も知らんが、長杖を譲ってくれるかもしれない人物なら心当たりがあるぜ」


「本当ですか?」


「ああ、このプレメントからそう遠くないところに、スッヒルパッドゥと呼ばれる寂しい場所があるのだが、そこにかつて≪世界を救う者たち≫というすごいパーティに加わっていたという老人が住んでいるんだ。その老人は長杖の物凄い達人だったらしく、いまはもう冒険者を引退して、そこに庵をかまえて余生を過ごしているという話だ」


「その老人は、まだご存命なんですか?」


「ああ、ちょっとこれ以上の話は俺にはわからねえが、たまにこの町にもやってきて、買い物なんかもしに来てたみたいだぜ。元冒険者ということだし、ギルドに行けば何かわかるんじゃねえかな」


俺は一筋の光明を見出した心地がして、武器屋の主人に礼を言うと、すぐに冒険者ギルドに向かうことにした。



冒険者ギルドに着くとそこにはテレシアの姿があった。


どうやら、アレサンドラに頼まれて、『洞窟調査依頼:プレメント近郊ロブス山中』の結果報告にやって来ていたようだ。


だが、詳細な報告は後日ということであったのが、一応、領主にどのような内容を報告するのか、事前に知りたいとギルドから求められ、困っていたらしい。


困るのも当然、彼女は洞窟の中を見ていないし、虫魔人と遭遇後、すぐに逃げ出すことになったのだから。


事の顛末の一部始終を知っている俺が代わりに事情を説明することになった。


「なるほど、山中は大量の≪人喰い蝗バッド・ロウクスト≫の住処すみかとなっており、例の洞窟はそれらの巣であったというわけですな。たしかに、あなた方に伏せていた情報の中に虫型の魔物とありますし、辻褄はあっています」


どうやら、依頼を果たさずに報酬を得ようとする輩を警戒して、実際にどのような魔物が出るかは伏せられていたらしい。

領主の家来からなる調査隊は、山中で≪人喰い蝗バッド・ロウクスト≫の群れに襲われ一人が死亡、三人が重症となるなどの被害を受け、それ以降の調査を断念したという詳細な裏事情も聞くことができた。


「そして、≪狂乱の刃≫として知られる高名なアレサンドラさんの孤軍奮闘の活躍で、そこに現れた謎の人型の魔物と巨大≪人喰い蝗≫も退治されたというわけですな」


「はい、そうです。俺は、洞窟内に入って、大量の卵を火にかけて処分しただけですし、後の二人は、まあ、≪人喰い蝗≫の注意を引きつけたりしてました。あと、洞窟内とか、入口近辺の地形とか、ざっとならここで手書きできますけど、どうしますか?」


俺は事前に用意していた説明をギルド職員に話し、納得させると、明日にでも泊っている宿に領主の使いが来るであろうことを知らされた。


そして今度は逆に、俺が知りたかった≪世界を救う者たち≫というパーティにかつて所属していたという老人について何か知らないか尋ねた。


「ああ、ウォラ・ギネ様のことですね。 このプレメントが生んだ英雄。確かにご存命ですよ。少し前に、このギルドにも顔をお見せになって、それこそこの洞窟の調査を打診してみたんですが、見事に断られました」


「断られたの?」


「はい。もう自分は冒険者を引退した身だからという理由を口にして仰いましたが、おそらく依頼者が、この街の領主様だったことが気に入らなかったのかもしれません。ウォラ・ギネ様は、王家や貴族の方々を面白く思っておらず、スッヒルパッドゥなどという荒れ果てた寂しい土地に庵をかまえているのも、そういった身分の方々を避けているからではないかと、もっぱらの噂です。あっ、これは私が話したということは黙っていてくださいね」


う~ん、何やら気難しそうな老人だが、良い感じの長杖を手に入れるには会わないわけにはいかない。

長杖の達人でもあるそうだし、会うことができればいい経験になりそうだが……。


さんざん悩んだ俺であったが、午後は暇だったこともあり、結局、その老人が住むというスッヒルパッドゥに足を延ばすことにした。



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