第48話 忙しい、忙しい。

俺、なんでアレサンドラにキスなんかしたんだろう。


言葉が通じそうにない状態だったから、敵ではないことを行為で伝えるため?

それとも、異世界に無理矢理連れてこられて、一人ぼっちになってしまった孤独を、かつては癒してくれたあの柔らかさに再び触れてみたくなったからだろうか。


冷静になって考えてみると、そのことがやけに気になってしまった。



俺はとりあえずこの場所を、≪おもいでのばしょ(場所セーブ)≫の一番目にセーブし、その後に三番目の「プレメント郊外の空き地」をロードした。


風景が歪み、気が付くと、アレサンドラをお姫様抱っこした俺はプレメントの町に戻って来ていた。


なるほど、初めて使ってみたがこれは便利だ。


俺はアレサンドラを昨日泊った宿に運び、寝台に寝せると、今度は通りに出て油が入った壺を複数の店で分けて、たくさん買い、「ロブス山の洞窟の前」に戻った。


壺で四個もあれば足りるだろう。


忙しい、忙しい。

今度はテレシアとラウラ、新人二人組の安全確保だ。


俺は登ってきた時に通ったルートを駆け足で逆戻りし、麓の方を目指す。


案の定、テレシアたちはそれほど遠くまでは逃げていなかった。


「虫、いやだ~。テレシア、何とかしてよ~」


「ラウラ、魔法で何とかしなさい。私も自分の身を守るがやっとなのです!」


人喰い蝗バッド・ロウクスト≫の生き残り一匹と遭遇したらしく、そこで足止めを食っていたのだ。


逃げ惑うラウラと連接棍棒フレイルを振り回して威嚇するテレシアにため息をつき、俺はサッカーボールを蹴る要領で、≪人喰い蝗≫に右足のインサイドキックを当てた。

ちなみにサッカーは小学校の時にやってたが、練習がきつくてやめた。


俺に蹴られた≪人喰い蝗≫は、そのまま吹き飛んでいき、見えなくなったが、あの感触からすると、たぶん死んだと思う。


「ユウヤ~、また助けてくれたね。本当に私の王子様かも……」


ラウラがデレ顔でハグしてきたが、服が汚いからとそれを拒絶する。


「ユウヤさん、アレサンドラさんは?」


「まだ戦ってるよ。やっぱり、邪魔しちゃ悪いから降りてきたんだ。二人を安全なところまで運ばなきゃね」


俺はそう言って二人の背を押し、下山を促す。


麓まで護衛して、今度はアレサンドラを迎えに行くからとテレシアたちにはプレメントの宿に戻るように言う。


もう虫はこりごりだったのか、二人は大人しく指示に従い、俺は再び山に向かう。


ああ、忙しい。本当に忙しいわ。


二人が視界から消えたのを確認し、木の陰で≪場所セーブ≫を使う。


行先はもちろん「ロブス山の洞窟の前」だ。


虫魔人たちは死んだが、まだこの洞窟には用事が残っている。

もう当分の間は、このバッタモドキの相手をするのは嫌だったし、俺の能力を類推させるような証拠も色々隠滅しておかなければならない。


俺はまずコマンド≪どうぐ≫のリストから、油壷と松明トーチ、そして火打石を取り出す。


松明の先には油脂に浸した布切れがまかれており、すぐ火が灯る。


虫魔人ライドと女王蝗モリーの重なったままの死骸に油をかけ、それに松明の火を移すとあっという間に燃え上がった。


虫魔人の死骸に残った傷跡などから、あとで誰がやったのかなど追及されたくは無かったのだ。

アレサンドラ本人が見たら、自分によるものではないと気が付くかもしれなかったし、そうなると俺の方に疑いの目が向く。


「やべっ、油、掛け過ぎた!」


うっかり自分も火に焼かれそうになり、慌てて飛び退くと、そこからしばし虫魔人たちの死骸が焼かれていくのを眺めた。


最初はエッチしてる姿を想像して、気持ち悪くなったのだが、なんだかこの二匹の関係性は胸打つものがあったなと俺はひとり思った。


「……さて、残った仕事をかたづけるか」


俺は燃えさかるふたつの死骸に背を向け、松明を手に洞窟の中に足を踏み入れた。


ここに到着した時から洞窟内には絶対に入りたくなかったのだが、もう自分一人しかいないし、仕方がない。


洞窟の中は自分が思っていたものと違っていた。

石がゴロゴロしていて、鍾乳石とかがあるんだろうと思っていたのだが、ここはまるで野生動物が掘った巣穴が大きくなったような場所だった。

むき出しの土が、何かによって固められ、土壁のようになっている。


この洞窟はやはり自然洞窟ではなく、虫魔人や≪人喰い蝗≫が掘って造ったものなのだろう。

有難いことに、すぐ行き止まりになって、奥行きのある広くなった空間にでた。

白い米粒みたいな形をした無数の小さな卵が壁、天井の至る所に産みつけられており、よく見ると幼虫らしきものがその卵の中で蠢いていたりするものもある。


「うわぁ、夢に見そうだな」


俺は、持ってきていたすべての油壷をリストの中から出し、全体が満遍なく燃えるように、それをあちこちの壁に向かって投げた。


洞窟内に、すぐに油の嫌な匂いが充満する。

ガソリンではないので一気に爆発することは無いだろうが、速く逃げないとやばい気がする。


酸欠も怖いし、この量の油だと、火が着いたらどんな感じになるんだろうか。


「くそ、なんで俺がこんなことをしなきゃならんのだ」


この依頼を持ってきたのは俺じゃないのに、とんだ災難である。


「虫魔人、俺を恨むなよ」


俺は少し離れたところに置いていた松明を拾い、油をまいた方向にむかってそれを力いっぱいに投げる。

それと同時に出口に向かって全力ダッシュだ。


結果だが、やはり爆発したりすることは無かったようだ。

戻って、ちゃんと卵が焼けているか確認しようとも思ったが、ビビりの俺は、それをしなかった。



さて、そろそろ宿に戻らないとアレサンドラがどうやって帰還したのか、テレシアたちを驚かせてしまう。


俺は、≪場所セーブ≫を使って、プレメントの町に戻った。


あ~、なんだか異様に忙しい一日だったな。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る