第45話 進むか、退くか

俺は、自分の身長ほどの長さがある直杖を、回転によって得られた遠心力を殺さぬように、体移動させつつ、迫る≪人喰い蝗バッド・ロウクスト≫の群れを迎え撃つ。


「多対一の場合は、長杖の回転と動きを止めるな。長杖をダンスの相手だと思って、その動きにお前が呼吸を合わせるんだ。そうして二つの動きが連動し始まったと感じたなら、もはやお前たちの間合いに入り込めるものなどいない。長杖を信じつつ、その動きをより速く、より強く、お前が導くのだ」


何度も殺されながら受けたグラッド師匠のレッスン時の言葉がふと浮かぶ。


まずは、最接近してきた3匹を。


そして、その回転を殺さず、舞うように己の立ち位置を移動させ長杖による攻撃の制圧圏内を移動し続ける。


長杖の一部になるように努めていると、俺は次第に無心になり、どれほどの時間が経ったのかわからないが、気が付くと俺の周りで動く物体は無くなっていた。


無数の≪人喰い蝗≫の死骸と体液が地面上を埋め尽くし、凄い臭気が辺りに漂っている。

死骸の数は百や二百ではきかず、よく見ると俺のザイツ樫の長杖クオータースタッフにも少し亀裂が入ってしまっていた。


これだけの魔物を相手にしたのだ。

いくら材質が非常に固いと言っても、やはり木の杖では限界が来てしまったのだろう。


俺は長く、自分の身を守ってくれたこのボロボロの相棒に感謝するとともに、言葉にできない寂しさを感じてしまった。


まだもう少し持ちそうだが、いずれ代わりの長杖を探さなければならないかもしれない。


「ユウヤ!」


ようやくアレサンドラたちがやってきたようだ。


皆、とても心配そうな顔をしていて、俺に駆け寄ろうとしたが、なにせ≪人喰い蝗≫の残骸で足の踏み場もない状態だったから、隙間を探しての恐る恐るの歩みとなる。


「すごいね~!これ、ぜんぶ、君がやったの~?」


虫が嫌いだと言っていたのに、真っ先に俺のもとにやって来たラウラが目を輝かせながら、感嘆の声を上げた。


「まあね。あっ、ラウラ。多分、俺、今、すっごい臭いからそれ以上近寄らない方がいいよ」


「だいじょうぶ。わたしの服にもにおい染みついちゃってるし、ここの悪臭で、鼻が馬鹿になっちゃってるみたい。ユウヤくん、さっきは守ってくれてありがとうね。なんかすっごくかっこよくて王子様みたいって思っちゃった」


そう言って俺を見つめるラウラの顔を見て、やっぱり結構かわいいなと思ってしまった。

まつげが長くて、目が大きく、どちらかと言えば童顔だけど、時折、ドキッとするような大人びた表情をする。

元の世界でもかなりモテるだろうなっていうレベルだ。


「はい、はい! そこまで。こんな場所で、呑気におしゃべりしている場合じゃないよ。先を急ごう」


少し不機嫌な感じで、アレサンドラが声をかけてきた。


「アレサンドラ、まだ先に進む気? これ見たらわかるけど、この山、どう考えても普通じゃないよ。これじゃあ、領主の家来もお手上げだっただろうし、行方不明の冒険者が出るのも納得だよ。これは一介の冒険者レベルの話じゃない。国とかギルドがもっと本腰入れて取り組まなきゃないような案件だ。一旦、プレメントに引き上げて、この現状をギルドに報告しよう」


「そ、そうですわね。私もそうすべきだと思います」


さすがに現実を理解したのか、一応リーダーのテレシアも同意する。


だが、実質的なパーティの中心であるアレサンドラはそれに反対のようだった。


「みんな、なんで、この虫たちが山を出て、付近に活動エリアを移動していかないのか不思議に思わない?」


確かに。

俺は周囲を見回し、そしてあることに気が付く。


「……こいつらって、何を食べて生きてるんだろう?よく見ると、草木も食べ尽くされている様子もないし、禿山になっている部分も別に食べられたわけではないんだよね?」


「こいつらは肉食だよ。≪人喰い蝗≫は、植物なんか食べないんだ。こいつらの体の色を見てごらん。この茶の体色は、共食いの証。元々の体の色は緑なんだけど、共食いをした個体はこういう見た目に変化するんだ。おそらく、この山に住む動物はすべて食べ尽くされてしまったんだろう。そうであるにもかかわらず、この山を出なかったのは何故か。この不自然さの原因を突き止めずに帰るわけにはいかないよ。ユウヤが、こいつらをここで集めて撃退してくれた今が、最大の好機。もし、一旦引き上げてしまったら、また数が増えているかもしれないし、それにいつ何時なんどき、こいつらが麓の村々を襲いだすか分からないんだ」


「でも、お姉さま。私たちにそれが可能でしょうか?」


「……可能だと思う。この膨大な数の≪人喰い蝗≫を全滅させることができたユウヤと私なら、その辺の冒険者に任せるより、絶対にいいと思う。これ以上、被害者を出さないためにも、ここは覚悟を決めよう」


熱弁を振るうアレサンドラを見て、俺はもう説得は無理だなと内心で思った。


アレサンドラは一度こうと決めてしまったら、なかなかに頑固で考えを変えないところがある。

しかも、幼少期に故国を滅ぼされて逃れてきたという過去からか、異様なほどに正義感が強い。


結局、俺たちはアレサンドラに押し切られ、再び、山中の洞窟を目指すことになった。



アレサンドラが言った通り、今が最大の好機であることは間違いないようであった。


俺が倒したあの夥しい数のバッタモドキが、その総数の何割であったのかは分からないが、少なくとも群れを成して襲ってくるようなことは無くなり、時折、何匹か少数で向かってくる程度だった。


「たぶん、共食いしているから数がこのくらいで押さえられているのだと思う。ユウヤが倒してくれた分で、あらかた全滅に近い感じだったのかもね。この山の個体は、普通の山野で遭遇する個体よりも一回り以上大きいし、もしかしたら共食いさせることでより強力な個体を生み出そうとしていたのかもしれない」


「生み出そうとしていた? 誰が?」


少なくとも俺とアレサンドラが商売を始めて、それから破局するまでの間に、こんなバッタモドキが山から下りてきて騒ぎを起こしたなどという話は聞かない。


だが、アレサンドラの言うとおりだとすると、このバッタモドキたちは、その頃にはどんな化け物になっていたのだろうか。


「いや、まだ想像の域を出ないんだけど、やっぱりこの山の様子はどうにもおかしい。あの≪人喰い蝗≫たちの統率が取れた動きは野生のそれとは大きく異なっていたし、もしかすると、あいつらを操っている≪魔物使い≫的な存在が関与しているのかもしれない」


「ふーん、そういうのがいるんだ」


「ああ、かつてはそういう≪職業クラス≫が存在していたという言い伝えが残ってはいたんだ。だけど、実在しているのを見た人はいないし、あくまでも伝説上のものだということになっている。あと考えられるのは、魔物を統率できる何か別の存在とか」


そんな議論をしていると間もなく、洞窟の入り口に辿り着いた。












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