第44話 バッド・ロウクスト

≪おもいでのばしょ(場所セーブ)≫の三番目に「プレメント郊外の空き地」を、二番目に「ロブス山のふもと」をセーブした。


これでいざという時に、いつでもこの二箇所に撤退が可能だ。


山と聞いてビビっていたのだが、実際に行ってみると、ロブス山は標高が低く、あまり背が高い木が無かった。

ところどころ剥げ山で、日本でイメージするような山とはまるで違っていた。


たぶん、子供の頃に登った高尾山より低いんじゃないか。


山を舐めるなよとばかりに張り切って準備していた自分が少し恥ずかしい。


アレサンドラはさすがに登山と洞窟探索のための準備をしてきたようだが、相変わらず胸と腰回りくらいしか覆われていないという露出度の高い鎧姿であったし、それにマントを羽織ったくらいのものだ。

アレサンドラの鎧には魔法による防護効果が賦与されおり、露出部分が虫に刺されたり、植物の枝や葉などが肌を傷つけることもないらしい。


くだんの猟師たち見つけたというその洞窟は、山頂から少し下付近の巨石がごろごろ転がっている辺りの影になっている部分にあるということで、一応、手書きの地図をギルド職員から貰って来た。


日本の山みたいに、鬱蒼とした木々に覆われてはいない。

洞窟の穴自体は見えないものの、はっきり言って、それがどの辺りかはここからでも丸わかりだ。


俺たちは比較的なだらかと思われる場所から、ジグザグと、時には大きく迂回して洞窟のある場所を目指したが、この山に足を踏み入れてから間もなく、魔物たちの襲撃を受けた。


あちこちの繁みの中から、赤ん坊くらいの大きさはあるバッタのような化け物が次々と飛び出してきたのだ。

黒い水玉模様の茶色い体色で、目はバッタのそれではなく、トンボのように丸く飛び出ている。


「やだっ!わたし、虫嫌い」


ラウラは普段の二倍早口でそういうと、黒いとんがり帽子の広い鍔を両手で掴んでしゃがみ込んでしまう。


大きな声で叫ぶもんだから、俺もつい振り返ってしまい、しゃがんだラウラの短いスカートがめくれて、ピンクの水玉のパンツが見えてしまう。


すごいな。

どうやって作ってるか分からないけど、こういう凝った下着がこの異世界にもあるのか!


偶然だけど、バッタモドキと模様がお揃いだ。


一瞬、アレサンドラの視線が頭の斜め後ろあたりに突き刺さっている気がして、俺はそれを誤魔化すべく、長杖で、一斉に飛び掛かって来るバッタモドキを打ち落とす。


「≪人喰い蝗バッド・ロウクスト≫だ。個々は大したことないが、顎の力が強い。群がられると、あっという間に骨にされるぞ!」


アレサンドラから俺たちに向けて、注意喚起が為された。


なるほど、確かに一匹一匹は大したことがない。


顎の力が強いそうだが、接近を許さなければどうということは無い。


自分でもびっくりしているが、同時に飛びかかってくる≪人喰い蝗≫たちの動きが、俺にとってはスローに感じられ、その小刻みに動く複雑な構造の顎の動きまでが、全て把握できた。


これがレベルが高くなった恩恵か。

ラウラの無防備な太腿をチラ見できる余裕まである。


俺は怯えて動けなくなっているラウラを庇う様な立ち位置で、二人に襲い掛かって来るこげ茶の不気味な虫たちを、長杖で次々打ち落としていく。


杖で殴った感触としては、外殻が固く、中身はやわらかい。

強く殴りつけると体液が飛び散って汚いので、インパクトの瞬間に破裂させないように加減する。


「女神リーザよ。貴女の敬虔な使徒の身を守り給え。≪防膜プロテクト≫」


テレシアは自分の周りだけ、光り輝く透明な球状の防御膜を張り、≪人喰い蝗≫たちを寄せ付けないでいる。

その防御膜は、バッタモドキの突進で少しずつ細かいひびが入っていくが、もう少しは持ちそうだ。


アレサンドラの方は見なくても大剣の風切る音と柔らかい何かがつぶれる音、そして気配で大丈夫なのが分かる。


一応見たが、やはり余裕そうだった。

あの長大な大剣を軽々と振り回し、飛び掛かって来る敵をバッサ、バッサとぶった切っている。


「アレサンドラ、ラウラを頼む!」


俺はそう声かけて、山のさらに奥の方に駆け出す。


このままここで撃退し続けてもキリが無いし、それに繁みに囲まれたこの場所では、どこから≪人喰い蝗≫がでてくるのか察知しづらい。


俺は低木などもほとんどない開けた場所に出ると、そこで立ち止まり、≪人喰い蝗≫を迎え撃つことにした。


う~、気持ち悪い。

どうして生き物って、こういう風に大量に群れると気持ち悪さが増すのだろう。


案の定、このバッタモドキたちは、山の奥に一番近い対象を優先して襲ってきていた。

先頭にいた俺とラウラにより多く、そしてアレサンドラとテレシアには少ない数しか向かって行っていなかったのでそう予測したのだが、ビンゴだった。


奥に行かせまいと、アレサンドラたちを襲っていた個体たちもどうやら俺の方に集まって来ていて、すぐに周囲を取り囲まれてしまった。


その数は続々と全方位から増え続け、もはや数えることもできそうにない。


「うわっ、気持ち悪いな~」


先ほどとは比較にならない大量のバッタモドキたちのせいで、周囲の視界が、ほとんど茶色だ。

ギチッ、ギチッという不快な音の合唱でうるさく感じるほどの数で、ちょっとこれはヤバいかもと思い始めてきた。


そんな俺の内心などお構いなしに、バッタモドキたちは問答無用で俺に飛びかかって来た。

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