第39話 つえつかい
散々迷った挙句に、俺は≪ぼうけんのしょ≫をロードしないことに決めた。
何回もやり直しばかりしていると、一向に人生が好転していかないことに気が付いたし、何よりわかりきった展開を何度も繰り返すのが正直、面倒くさくなってきたのだ。
別にアレサンドラと同じパーティになったからといって、別に手を出さなければいい。
今、俺の目の前にいるアレサンドラは見た目こそ同じだが、あのほろ苦い破局を迎えてしまったあの相手とはまったく別人なのだ。
共有していた思い出は、俺の中にしか、もう存在しない。
そう言い聞かせて、俺の中のトラウマと向き合った。
パーティを組むことになった俺たち四人は、互いのことを知るため、そしてこれから先のことを話し合うため、この酒場兼食堂で引き続き、ミーティングをすることにした。
四人分の飲み物と軽食を頼み、少し早いが昼食も兼ねる。
俺は基本的に何かしたいことがあったわけでもなかったため、他の三人の意見の聞き役に回り、とにかくアレサンドラが商売人に転職する流れに行かぬようにだけ、目を光らせた。
見習い≪僧侶≫のテレシアと≪魔法使い≫のラウラは、冒険者としての将来像が決まっているらしく、アレサンドラはそれをほほえましく眺めながら、基本的には二人の考えを尊重し、助言を与えるような立場をとっている。
これは右も左もわからず、大した目的も無かった俺と二人で組んでいた時とは明らかに違う変化だった。
もしかしたら、本来のアレサンドラはもっと受け身な性格で、頼りない俺を何とかリードしようと頑張っていたのではないだろうか。
そういう流れで、話し合いはサクサクと進んでいった。
唯一揉めたのが、パーティ名だ。
テレシアは、「女神」に関連した宗教的な単語を名前に入れたいと拘っていて、ラウラがそれを可愛くないと難色を示したのだ。
テレシアの案は、「女神殉死隊」、「女神に選ばれし者たち」、「平和への使徒」などで、ラウラの案は、「ゆるふわクマさん」、「まじかる戦隊」、「魔女っ子ラウラちゃん」といった感じのものだった。
まったく個性がかみ合わないが、これでよく二人で冒険者パーティを結成しようなどと考えたものだ。
ちなみに俺はパーティの名前なんかどうでもいいに一票。
「まあ、パーティ名なんて、あとで変更ができるし、意外と周囲がそう呼び始めて、定着するなんてこともあるから、現時点では適当でいいんじゃないかな。私の二つ名だって、勝手に周りが付けたもので、本当は気に入ってないんだけど……」
アレサンドラのこの意見で一応、その場は収まり、パーティ名は「(仮)テレシアと仲間たち」で登録することになった。
先ほどの話し合いで、リーダーはテレシアでいいということになっていたため、これは妥当だろう。
パーティ内の役割分担も決まり、そろそろ依頼書でも見に行こうかという雰囲気になったのだが、俺のふとした質問から話が思いがけない方向に転がってしまうことになった。
その質問というのが、「僧侶って、何をする
俺の中にある僧侶という職業は、いわゆるお坊さんで、お葬式の時とかに活躍するイメージだった。
そのお坊さんが冒険者をやっていること自体が謎であったし、副業とかして大丈夫なのかと、要らない心配をしてしまったのだ。
この質問を聞いた他の三人は、驚いた顔をして、俺の方をまじまじと見つめてきた。
「ユウヤさん、それ、本気で言っているのですか」
テレシアの顔は、怒っているというより、困惑した様子だった。
ヤバい、やっちまった。
俺の発言はどうやらこの異世界では非常識な発言であったらしい。
「ああ、えーと、ごめん。実は少し前に頭を強く打ったことがあってさ。その辺のことが頭からすっぽり抜けちゃったって言うか。もし良かったら、俺に教えてくれないかな」
「……そうだったのですね。いいでしょう。迷える子羊を正しき道に導くのも≪僧侶≫たる私の大事な務め。≪僧侶≫とは、女神リーザに仕える神官にして、その言葉を聞き、地上にその意志を体現する者です」
「それは、なんとなくイメージできます」
「私たちは、女神リーザの代弁者たる大神官様の命を受けて、各地を旅しています。そして、この世界を脅かす魔王と戦う勇者を探し出し、そのお方を助けるという宿命を背負っているのです。こうして冒険者をしているのは、自らが仕えるにふさわしい勇者を見つけるためであり、おのれの力を磨くための修行でもあるのです」
一瞬、アレサンドラの顔が曇った。
そっか、たしかアレサンドラの元カレは、新入りの女僧侶とどこかに消えたって言う話だったけど、恋愛以外にもそう言った事情とかもあったのかもしれないな。
「なるほど、じゃあ相棒のラウラがテレシアにとっての勇者というわけなんだ?」
「いえ、ラウラは幼馴染で、私の勇者探しに協力してくれているだけなのです。生まれ持った≪職業≫とスキルが冒険者向きであった私たちは、幼いころに、大人になったら一緒にパーティを組んで冒険しましょうと誓いあっていたのです」
テレシアは微笑み、ラウラも「えへっ」と相好を崩した。
「私たちは仕えるべき勇者を見つけるまでは、見習い扱いされますが、かと言って、その相手は慎重に選ばねばなりません。一人の僧侶が仕える勇者は一人と戒律によって定められています。自らの勇者と一度定めたら、命を懸けてその生涯のすべてを捧げなければならないのです」
うわっ、重いなあ。
くされ外道を勇者認定してしまったら、大変じゃないか。
「なるほど、大変なんだね」
「ええ。しかし、その厳しい戒律のもと、徳を積むことで、女神リーザの力の一部をその神の名の下に行使することができるのです。傷を癒したり、不浄の毒を消し去ったりと、徳を積むほどにより高度な神聖魔法を使えるようになります」
そっか、僧侶っていうから、勘違いしちゃったけど、要は
そう言えば昔のゲームでは、≪僧侶≫がそういう風になっていたと聞いたことがあった気がする。
「いや~、なんか少しだけど、その辺りのこと思い出せた気がしたよ。≪魔法使い≫はその名の通り魔法を使うんだよね。≪女戦士≫はその字の通りだろうし……」
「そうだよ~。火の玉を飛ばしたり、かまいたちを発生させて攻撃したり、他にもいろいろできるよ~」
「それで、肝心のユウヤの≪
ギクッ。
「そうですね。≪魔法使い≫でもないのに、武器が杖って言うのも気になっていたのですが、教えていただけませんか?」
やばいな。
ステータスは、絶対に見せるわけにはいかないし、俺だけ≪職業≫を秘密にするのもおかしいよな。
セーブポインターであることはその能力の特性上、明かせないし、無職だといったところで、今の強さでは信じてもらえないだろう。
「つ、つえつかい……」
「えっ、何だって? 今なんて言ったの?声が小さくて聞こえなかったよ」
「≪杖使い≫っていう≪職業≫らしいんだ。珍しいでしょ」
「≪杖使い≫? ≪槍使い≫なら聞いたことあるけど、そんな≪職業≫聞いたことがないぞ」
≪槍使い≫はあるんだ……。
「≪槍使い≫があるなら、≪杖使い≫があってもおかしくないだろ! とにかく戦闘で役に立てばいいわけだし、こればっかりは信じてもらう他はないよ!」
俺は逆ギレし、その勢いでこの場を乗り切った。
やはり、よほど親しくない限り、ステータスを見せろなどとは言われないらしい。
あのハゲ……じゃなくてグラッド師匠が特別だったようだ。
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