第35話 人生の再出発

ぼうけんのしょ3「はじまり、そして追放」をロードした。


俺は両脇を兵士たちに掴まれ、城門の外に放り出される直前に戻った。


「こ、こいつ! なんだ? 急に動かなくなったぞ」

「おい、抵抗するな。歩け!」


別に抵抗してはいない。


楽しかった頃のアレサンドラとの思い出を瞼の裏に思い浮かべ、感慨に浸っていただけだ。


「はいはい、出て行けばいいんでしょ。野郎どもに両脇抱えられてもうれしくないし、自分の足で出て行くよ」


軽く振りほどく真似をすると、兵士たちは俺の腕を掴んでいられず、尻餅をついて、呆気にとられた顔をしていた。



過去の記録をロードすると、俺自身の状態はそのまま維持されているが、≪どうぐ≫リストのアイテム類はどうやら消えてしまうらしい。


まあ、アイテム類まで持ち込めるとなると、アイテムの無限増殖みたいなこともできてしまうので、流石にそれは不可能なようだ。


かなりの大金と大量の物資を失ってしまったのは痛いが、俺はそれと引き換えに自由と人生をやり直す機会を得たのだ。


かなり寂しいし、無一文になってしまったが、全部、俺が自分で決断したことだ。



城門を出た俺は、王都にある織物を主力としている商会に足を運び、学生服を買い取ってもらうと同時に、この異世界での流行に沿った衣服などを購入した。


この商会はアレサンドラと商売してた時に取引をしていたこともあり、その会長や従業員の為人ひととなりなども把握している。


ちゃんとした目利きがいるし、真っ当な商売をしている商会なので、通行人の貴族に押し売りするより、苦労が少なく、適正な価値で買い取ってもらえた。


生地自体の価値もそうだが、 縫製ほうせいの技術サンプルとしても、この異世界では革新的なレベルであり、その商会の会長からは、逆になんとか売ってほしいと懇願されるほどだった。



身なりを整えた俺はその足で、以前メリルから教わった武具店を目指す。


本当はもっと優良な店を知っているのだが、何せこの店には俺の相棒がある。


「これこれ、やっぱり手に馴染むな」


ザイツ樫の長杖クオータースタッフを値切って購入し、その代わりその他の装備品もここで買う。

埃にまみれて店の片隅で眠っていたこいつもなんだかうれしそうに見えた。


さあ、これで一端の冒険者に見える格好になった。

今度は冒険者ギルドだ。


アレサンドラのおかげで、俺は商売人には向いてないことがよくわかった。

真面目にコツコツ勤勉にというのは、元帰宅部の俺には性格的に合わないようだ。

≪どうぐ≫の能力を使ったルート配送も同様で、刺激のない日々に俺の心が少しずつ死んでいくのを感じずにはいられなかったのだ。


どうやら俺は、自由な冒険者稼業がけっこう性に合っているようだ。


稼ぎたいときに稼ぎ、気が乗らない時は休む。


それが自然じゃないか。


冒険者ギルドに着いた俺はさっそく冒険者登録を済ませ、さっそく依頼書の貼られた壁の前に行く。



冒険者ランク:E

ネーム:ユウヤ ウノハラ

ギルド貢献度:0


ギルド貢献度も0に戻ってしまったので、このまま三十日経つとそのカードは消滅してしまう。


「さて、何にするかな」


幸い、商品の仕入れと配送業務を担っていたので、近隣の地理にも明るくなったし、それにレベルも上がって、魔物との戦いも苦にならなくなったので、選び放題だ。


もう、かつての俺ではない。


「おい、少年。冒険者になりたてか?」


聞き覚えのある声と台詞が耳に入って来た。


振り返るとそこにはギルドマスターのグラッドが立っていた。


「そうですけど、大丈夫です。依頼なら自分で決めれます」


愛想笑いをして、そうやんわりと断り、背を向ける。


便所掃除は回避だ。


「おいおい、最近の若者はつれないな。ギルドマスター自らが、アドバイスしてやろうというんだ。話しぐらい聞いてみたって、罰は当たらないぞ」


相当に暇なのか、しつこく食い下がって来た。


仕方ない。

冒険者をやっていくなら、ここでいきなりギルドマスターに目を付けられるのはまずい。


「はあ、それじゃあアドバイスお願いします」


「まずお前のステータス見せてみろ。それを見て俺がおすすめの依頼を選んでやる。暇だしな」


「いや、ステータス見せるのはちょっと……」


「なんだ? 新人らしくない。ずいぶんと秘密主義なんだな」


今の俺のステータスを見て、どんな反応するのか興味はあったが、後々、異世界勇者だとバレるのはまずい。


「冒険者たる者、他人にみだりに手の内を明かすな。知り合いの冒険者からそう教わったんで……」


これは嘘じゃない。

アレサンドラの話では、スキルと能力を知られることは手の内を全部知られてしまうことで、恋人同士だから見せ合うが、普通は同じパーティのメンバー同士でも見せ合ったりしないのだとか。


「なるほどな。それはあながち間違っちゃいない。用心深いことも長生きの秘訣だし、お前、若いのに見どころあるな。どうやら、年寄りの要らぬお節介だったようだ」


「いえ、親切に話しかけてもらったのに、すいません。はじめての依頼何で自分の意志で決めたかったんですよ」


「そうか、じゃあ、もう何も言わんが、最後にもう一つだけ。お前、見たところ仲間がいないようだが、どこかのパーティに加入するのも悪くはないぞ。新人にとって先輩たちから学べることも多いし、なによりソロは危険が多い」


確かに、右も左もわからなかった俺が、アレサンドラから得た冒険の知識はとても多かった。

最後の方はあんな感じで別れてしまったが、それは今でも感謝している。


「はい、助言ありがとうございます。パーティの方は少し検討してみます」


「ああ、そうするといい。俺は暇だから、便所掃除でもやりに行くかな。まあ、せいぜい死なない程度に頑張れよ、新人君!」


グラッドはそう言うと俺に背を向け、去っていった。

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