第31話 元の世界に戻れる未来

名目上は、≪魔戦士≫ヒデオこと亀倉英雄かめくら ひでおが魔王討伐隊の隊長ということになっているが、実際に指揮しているのはヘンリクという副官の老騎士だった。


魔王領への進路から、補給や休息に関する全てを取り仕切っており、亀倉に決定権は無かった。


無論、右も左も分からないこの世界において、その役割をしろと言われても不可能なのだが、最終的な判断までも委ねてしまうのは危険だと亀倉は考えていた。


ヘンリクの口癖は「国のため、国王陛下のためならばいつでも死ねます!」だ。

それに付き合って、無駄死にすることだけは避けたい。



王都を出てから三日目の夜。

亀倉たちは、最初の補給予定地であるデンハーの町に到着していた。


デンハーでは領主自らが町民とともに出迎えて、歓迎の宴まで開いてくれた。


とても戦時とは思えぬ豪勢な食事と酒が振る舞われ、貸し切られた上等の宿屋が宿舎として提供された。

しかも男連中には、全員、好みの娼婦を宛がってくれるなど度が過ぎるほどの歓迎であったのだ。


まるで死地に赴く兵士のような待遇だなと亀倉は内心で吐き捨て、長時間馬に乗って疲労がたまった腰のマッサージだけさせて、娼婦を帰した。


となりの部屋からは、異様なほど興奮した≪大剣豪≫イチロウの加虐趣味的な命令口調と歓喜の声が聞こえてきてうるさかったので、亀倉は外の空気を吸いに宿を出た。


「≪魔戦士≫ヒデオ様、こんな夜更けにどちらへ行かれるのですか?」


宿の入り口に配置されている見張りが声をかけてきた。


「ちょっと外の空気を吸いに出ただけだ。少しその辺をぶらついたら戻る」


「では、だれか護衛につけます」


「いらねえよ。逃げたりしないから放っておいてくれ。それと、≪魔戦士≫ヒデオと呼ぶのを止めろ!いいな……」


見張りの顔に、自分の顔を近付けて凄み、その場を離れる。


デンハーは平和そうな町だった。


王都から近いということもあるのだろうが、とても魔物の脅威に脅かされているようには見えない。

ここの領主にしても、良い身なりをしており、鎧などは付けていなかった。

肥え太り、あれでは満足に馬にも乗れないだろう。


「まあ、俺も人のことは言えないがな」


亀倉は、そう呟きながらぽっこりとした自分の太鼓腹を軽く叩いた。


「ちぃーす! 亀倉さん、夜の散歩っすか」


「うわっ、ケンジ。てめえ、忍び足で近寄って来るなって、この間、言っただろうが。忘れたのか!」


忽然と背後から現れ、追い抜いて挨拶してきた大城謙児おおしろ けんじに亀倉は青筋を立てる。


「申し訳ないっす。自分としては気配消してたつもりは無いんすけど、意識しないと勝手にこうなるんすよね。≪大盗賊≫とかいう職業クラスの特性みたいで……」


「……まあいい。それで何の用だ。選んだネエチャンはどうした?」


「いや、自分、そういうことはやっぱり好きになった相手と、って決めてるんで、頭下げて帰ってもらったっす。そういう亀倉さんは?」


こいつ、こんなに派手な頭してる割に、意外と純情なんだな。


「俺は妻子持ちなんだよ。俺も男だから、そういう気分にならないわけじゃなかったが、嫁と娘の顔が浮かんでな。まあ、腰のマッサージは上手かったぜ」


「それにしてもびっくりっすよね。なんで女性陣と別の建物なのかって思ったら、これですもん」


「ケンジ、懐いてくれるのは構わんが、俺は今、一人で考え事したい気分なんだ」


「なんすか、亀倉さん、なにか悩み事っすか? オレでよければ、話聞きますよ。部屋に戻っても周りの部屋がうるさくって、あれじゃしばらく寝られないっすよ」


まるでじゃれつく子犬のようなケンジに亀倉はため息を吐く。


「……まあ、いいか。おい、お前、ゲームとかやる方か?」


「ゲームですか? いや、あんまりやらないですね。実況動画とかで昔のレトロゲームのやつとかはなんとなく見たりしますけど……」


「……そうか。最近のやつは全くわからんが、俺はこう見えても若い時はわりと魔王だの勇者だのが出てくるゲームをいくつかクリアしたりしてたんだ」


「へえ、意外っすね」


「まあ、時代的にみんなやってたからな。俺も学生の頃、ダチとそういうゲームが欲しくて徹夜で開店前のおもちゃ屋に並んだりしてたもんだよ。だから、この異世界に連れてこられた時、思わずそういうゲームの世界と似てるって思ったんだ」


「なるほど。まあ、ゲームみたいっていえば、ゲームみたいですよね。そういうの題材にしたアニメとかは見るんで、なんとなくはオレもそう思いました」


「そうか、じゃあ、お前はどう考えてる? 俺たちは本当に勇者だと思うか」


「いや、みんなが勇者だって言ってるし、勇者なんじゃないっすか」


ケンジは、頭の後ろに手を組んで並んで歩きながら、気のない答えを返してくる。


「そうかな。俺は疑問に思ってるよ。それならなんで、≪職業クラス≫が≪勇者≫じゃないんだろうってな」


「えっ、それってどういうことっすか?」


「ケンジ、≪大盗賊≫だの≪魔戦士≫だのは、≪勇者≫じゃないだろ。いや、≪勇者≫が何かっていう定義付けの問題かもしれんが、少なくともイメージじゃないよな。他の連中にしたってそうだ。本当は≪勇者≫っていう≪職業クラス≫が存在するんじゃねえかな」


「マジっすか」


「いや、まあ、俺の思い過ごしかもしれねえがな。俺がやったことがあるロールプレイングゲームでは主人公は、生まれながらに勇者としての宿命を背負っているんだ。そして必ずラスボスの魔王には勝てるようにできている」


「そうなんすか……。なんかズルいっすね」


「主人公は、教会とか、特殊な場所で現状をセーブできて、敵に負けてもレベル上げして何度でも挑むことができる。選択を間違えても、何度でもやり直すことができるんだ。つまり、プレイヤーが諦めさえしなければ、何度でも挑戦できるし、勝つことが約束されているといってもいい。だが、俺たちはどうだろう。今のところ、戦っているのは雑魚ばかりだし、女神さんに授かったというこの力のおかげでそれなりにはやっていけるんじゃねえかとは思ってる。だがな、ケンジ。俺にはどうにもその魔王という奴を倒して元の世界に戻れる未来が浮かばないんだ。弱気になっているだけかもしれねえが、あの田中だの、佐久間だのを見てるとな、余計に不安になって来るんだよ。俺たちはあくまでも脇役。物語の引き立て役なんじゃないかってな」







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