第二章 追放勇者
第30話 どうぐ
「お前、異世界から召喚された勇者だろ?」
グラッド師匠の鋭すぎる指摘に、俺は思わず≪ぼうけんのしょ≫の部屋に逃げ込んでしまった。
そして、≪一番≫をロードし、グラッド師匠がゴブリンの耳を数えだすシーンの前に戻る。
俺は追放された身であり、王城の兵士にも二度と戻って来るなと釘を刺されている。
ゼーフェルト王パウル四世には、見ているだけで不愉快だというほどに不興を買ってしまっているし、俺の存在は無かったことになっているはずだ。
民衆にも「九人の異世界勇者」としてお披露目までしてしまっているのである。
いまさら、グラッド師匠にこのことを蒸し返されると要らざるトラブルに巻き込まれかねない。
不都合な存在として始末されたりとかまではされないと思うが、もう極力、あの王様には関わらないと決めたのだ。
それに、いまさら魔王と戦えなどと言われても困る。
俺の人生は、英雄譚のように人から賞賛を受けるものじゃなくていい。
何にも起こらなくていいんだ。
アレサンドラと過ごす、平穏でありふれた毎日が一番幸せなんだ。
最悪の場合、この王都を離れることも考えなければいけないかもしれない。
俺は急な腹痛になったことにして、アレサンドラに後のことを頼み、その場を逃げるようにして去った。
「ユウヤ、具合はもういいのか?」
宿に戻ってきたアレサンドラは、床に荷物を置くと、心配そうな顔をして駆け寄って来た。
今にも泣きだしそうな顔を見て、俺は申し訳ないことをしたとアレサンドラに心の中で詫びた。
「ああ、もう大丈夫だよ。少しお腹冷やしちゃったのかな。 アレサンドラみたいに普段からへそ出しルックならお腹強くなるとかあるかもしれないね」
「わ、私の鎧は、露出は多いけどこう見えて暖かいんだぞ。これは魔力が付与された貴重な防具で、顔とか肌がむき出しになっている部分にも目に見えない防御膜みたいなものがあって、敵の攻撃を防いでくれるんだ。装着部分が少ないから軽いし、本当は恥ずかしいけど、これより優る鎧なんてそうは無いから使っているわけで……」
そうだったのか。
見たところ、お腹や肩が完全に露出しているし、ビキニみたいな形だから防具としてはどうなんだろうと思っていた。
「そうだ。これ、受け取った報酬と行商の儲け」
アレサンドラは宿の丸テーブルの上に革袋の中身を空け、俺に見せてくれた。
銀貨33枚と銅貨25枚あった。
この利益の三分の一ほどはアレサンドラの行商によるもので、改めて彼女の商魂の逞しさには恐れ入った。
アレサンドラは利益を等分しようといってくれたが、俺は銀貨10枚だけを受け取ることにした。
「そんな、二人とはいえ、一応パーティなんだし、平等に半分でいいよ」
「いや、実際に俺の働きからしたら、これでも多いくらいだよ。それに恋人同士でもあるんだから、どっちが多いとかそういうのは問題にはならないでしょ。見習い冒険者の俺はこれで十分」
銀貨10枚を手に取ると、突然、視界の端に「どうぐ」というステータスウィンドウ同様の半透明な吹き出しが現われる。
「なんだ、これ?」
どうやら、アレサンドラには見えていないようで、きょとんとした顔をしている。
その吹き出しの上の部分には「コマンド」という文字があり、さらにその下の「どうぐ」と書かれた部分が点滅している。
そうだ。
そう言えば、≪ぼうけんのしょ≫の部屋で、≪解放コマンド:どうぐ≫とかいう能力を手に入れたんだった。
えっと、この「どうぐ」を押せばいいのかな?
それを押そうと指先で触れようと考えたが、その瞬間に「どうぐ」の文字がクリックされたかのような動きを見せて、次の吹き出しが現われた。
『銀貨10枚を≪どうぐ≫にしまいますか?』
おっ、ゲームのチュートリアルみたいに親切だ。
よくわからないが、……えっと、とりあえずYESかな。
次の瞬間、左手に握っていた銀貨10枚が突然消えた。
「えっ、何?」
アレサンドラと俺は思わず同時に驚きの声を出してしまった。
そして再びコマンド≪どうぐ≫を押すと、次のような選択式の吹き出しが重なって現れる。
≪どうぐ≫にしまう。
≪どうぐ≫から取り出す。
「≪どうぐ≫から取り出す」を選択すると、今度は縦長の別の吹き出しが現われて、その一番上には「銀貨10枚」と表示されている。
「銀貨10枚」を選ぶと目の前の空中にさきほど消えた銀貨が再び出現し、床に落ちて散らばった。
「何、何? ユウヤ、今のどうやったの?」
アレサンドラは目を大きく見開いて、すっかり狼狽えてしまっている。
俺も内心ではかなりビビってしまい、落ち着こうと深呼吸した。
「たしか、所有権じゃなくて、占有権って書いてあったよな?」
俺は目の前のテーブルに触れ、「≪どうぐ≫にしまう」を選択してみた。
瞬間、テーブルは消え、その上のアレサンドラの取り分の硬貨が床に散らばる。
≪どうぐ≫リストの一番上には、「宿屋の木製丸テーブル1」という文字が表示されていた。
なんてこった。
つまり、俺は自分の物にしようと思った物体を出したり、しまったりできるようになったということなのか!
こんな能力、……悪用し放題じゃないか。
俺とアレサンドラは、テーブルが消えてやけに広く感じるようになった室内にしばらく呆然と立ち尽くしてしまっていた。
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