第26話 魔王討伐隊
魔物相手の実戦訓練を行うという話であったが、それは、その道中に遭遇した魔物を撃退しながら行われるということで、そのまま魔王の住む城を目指し北上しするという計画であるようだった。
つまり、王都に戻ることができるのは、もう魔王を打倒し、凱旋を果たす時だけであるということだ。
途中、様々な都市を経由し、補給と休息を行い、うまく事が運べば、およそ半年後にはその魔王とやらと御対面だ。
魔王については、どのような能力を有しているのか、どれくらいの強さであるのかなど、まるで情報が無い。
最初は、恐怖心を与えぬように情報を伏せているのかと思ったが、そうではないことがすぐに分かった。
国王を始め、この国の誰もが魔王の姿を見たことが無いのだという。
およそ二十年ほど前に突如、北のゴーダ王国という国に、魔物の大群を率いて現れ、その国を瞬く間に攻め滅ぼしたのが、魔王だ。
ゴーダ王家は途絶え、かわりにその魔王が彼の地を治める王となったそうなのだが、その野心はゴーダ一国に留まらず、ゼーフェルト王国などの近隣諸国にまで魔の手を伸ばし始めた。
これがゼーフェルト王国と魔王の長きにわたる戦いの発端であるそうなのだが、この話を聞いて亀倉は、ますます自分たちを召喚したパウル四世ら、この城の人間たちに対する不信感を募らせていた。
二十年近くも戦い続けているのに、相手の大将の顔も知らないとはどういうことだ?
しかも、その軍勢を迎え撃つのではなく、こちらから討伐に向かうのだという。
自分たちは安全な場所にいて、異世界から無理矢理連れて来た俺たちを刺客として差し向ける。
多くの自国民を生贄にしてまで召喚の儀式を行ったという話だったが、この国の現状を見る限り、そこまで追い詰められているわけではないように映る。
無論、これから向かう国境付近など、王都から離れた地方は本当に困窮している可能性もあるが、いずれにせよ、他力本願の極みだし、こういう連中といつまでもいるとろくな目に遭わないのは明白だ。
競走馬を所有しており、乗馬の心得があった亀倉は騎馬上にあり、この五十人ほどの魔王討伐隊の後方に位置していた。
旧ゴーダ王国に続く荒れ果てた街道を徒歩と荷馬車の行軍速度に合わせて、のんびりと進む。
「≪魔戦士≫ヒデオ殿! さっそく魔物たちが現われましたぞ」
駆け寄って来たのはパウル四世が副官にと同行を命じたヘンリクという老騎士だ。
なんでも、ゼーフェルト騎士団の元副団長で、国一番の忠義者と評判であったらしい。
要は俺たち異世界召喚者の見張り役というわけだ。
「騒がなくても、ちゃんと見えてる。あの小鬼みたいな奴らだろ」
街道脇の林から十数匹の小鬼が飛び出してきて、亀倉たちの行く手を遮り始めた。
魔王討伐隊の兵士たちは平均年齢が高く、若くても中高年といった感じだった。
ベテランかもしれないが、どう考えても魔王と戦うための精鋭部隊には見えない。
実際に小鬼の出現に動揺し、なかなか動こうとしない。
「≪魔戦士≫ヒデオ殿! レベル上げの好機ですぞ。さあ、お出ましくだされ!」
「おい、頼むからいちいち≪魔戦士≫とかつけないでくれ。恥ずかしいだろ。もしかして俺のこと、馬鹿にしてるのか?」
「馬鹿になどとはしておりません。≪魔戦士≫は、≪勇者≫を支える伝説上の
「あ~、話が長いんだよ。見ろ!俺が行かなくても浮かれた馬鹿どもがもう動き出してるだろ」
亀倉が指さした先には、同じようにこの世界に連れてこられた四十代半ばくらいの元サラリーマンがいた。
「……≪大剣豪≫イチロウ。参る。キエーッ」
ゼーフェルト王家の家紋が入った着流し風の衣装を着た田中が片目を見開き、颯爽とゴブリンに斬りかかる。
グラッドとかいう気合が入った風貌の大男に、刀の持ち方と構えのいくつかだけ教わった程度の素人剣術だが、魔物が弱いのか、武器が強いのかわからないが、一刀のもとに斬り捨てる。
「また、つまらぬものを斬ってしまった……」
意味も無くポーズを決め、呟く。
眼鏡をかけた小野という大学生が、この国の紙で自作した単語帳のようなものを見ながら、詠唱を開始する。
「偉大なる大地の眷属神ガンジュよ。我が声を聴き、願いを叶え給え。地上に数多ある石の一つを我が≪石弾≫として、貸し与えたまえ」
小野の目の前の石がひとつ浮かび上がり、それが勢いよく飛んでいく。
しかし、すでに戦闘は終わっていて、石はゴブリンの死体の上を虚しく飛んでいく。
「やった。本当に石が飛んだ。これが……≪大魔道士≫の力だ!」
馬鹿が。手で拾って投げた方が早いだろ。
≪聖騎士≫だという話の佐久間は萎縮して一歩も動けないでいたし、≪神弓≫の婆さんは荷馬車で居眠りしていたが、戦闘はあっという間に終わってしまった。
「妖刀が血を欲しがっている」と目を血走らせた田中と予想外に好戦的な青山老人がほとんど倒してしまい、≪精霊使い≫の女の子とケンジもそれぞれの特技で一匹ずつは倒していた。
≪精霊使い≫はどうやら、風や水などの自然界に存在する
「やった!レベルが上がってるぞ!」
浴びた返り血を気にする様子も無く、田中が歓喜の声を上げている様子を亀倉は馬上から眺め、そしてため息をついた。
ゴブリンなんて、ゲームでは序盤の雑魚じゃねえか。
家庭用ゲーム機世代の亀倉はそれほど熱心にはまっていたわけではなかったが、流行りということもあり、国民的RPGと呼ばれたようなものは一通りはクリアしている。
だからこそ、小野やケンジのような若いアプリ世代よりもかえってこのような世界観に対して自分なりの捉え方や参考になりそうな知識をそれなりには持っていたのだ。
間違いねえ。
俺たちじゃ、魔王にはきっと勝てないだろう。
このまま進む先に待っているのは、栄光ではなく、たぶん死だ。
確かに、あの国王の説明通り、俺たちにはこの異世界の住人には無いような力が宿っている可能性は実感している。
だが、訓練の時に手合わせしたトレーナー役の者たちに現時点では負けていたし、戦闘に関する経験が圧倒的に無さすぎるのは今の戦闘を見ても明らかだ。
自分たちよりも戦闘能力が高い人材がいるのにそいつらを魔王討伐隊に加えていないのは、俺たちへの期待値の低さからだと亀倉は考えた。
もちろん、まったく期待していないわけではないだろう。
このレベルアップという現象により大化けして、魔王を倒してくれるのではないかという一縷の望みを持っていることは実際に話していて伝わってきてはいた。
だが、連中はきっとこう考えているはずだ。
駄目なら次があると……。
多くの人命を生贄にする必要があるとはいえ、その女神さまとやらがへそを曲げない限りは再び異世界から勇者召喚を行うのが可能なのではないだろうか。
連続で勇者召喚を行っていないことを考えると、数十年に一度であるとか、生贄以外にも何か条件があるのかもしれないが、あのパウル四世たちを見ている限り、切迫した感じは受けない。
良いように使われて、犬死してたまるかよ。
亀倉は、初戦闘における勝利を無邪気に喜ぶ田中たちを、しらけきった顔で眺めながら、内心でそう呟いた。
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