第24話 俺、最低だ

アレサンドラと二人で住処すみかのゴブリンたちを皆殺しにした。


逃げ込んだ残党のゴブリン以外にも、雌と思しき小柄な個体のほか、子供まで。


子ゴブリン一匹仕留めただけで嘔吐するほどに動揺し、罪の意識に苛まれていた俺にアレサンドラはもうやらなくてもいいと言ってくれたが、彼女一人にこの罪悪を押し付けるわけにもいかず、文字通り心を鬼にして、残党らを狩った。


ゴブリンたちが集落を築いていたのは、バンゲロ村からほど近い山の洞窟付近で、ここにいる者だけでも五十匹以上はいたと思う。


洞窟の前の開けた土地には、木の枝を三角に組んだ原始的な掘っ立て小屋のようなものもあり、その集落の真ん中には攫ってきた家畜や人間の骨が一か所に集められていて儀式めいた雰囲気を感じさせた。


そう、このゴブリンたちには知能もあり、社会性も、文化もそれなりにあるようだった。


ごめん、ごめんよ。


心の中でそう呟きながら、雌も子供も容赦なく、長杖で打ち付ける。


その中の一匹。

まるで飴でも舐めるかのように、人間の子供の頭蓋骨を舐める幼いゴブリンを見た時に、俺の中で何かが切れたのを感じ、そこから先はもう勢いに任せるままといった感じで、詳しくは覚えていない。


以前よりは強くなった俺と凄腕のアレサンドラの二人しかいなかったが、もはや戦闘とはいえずに一方的な虐殺となってしまった。


全てが終わって、アレサンドラはゴブリンたちの耳を切り取り、連中が村から盗んできたらしいその辺にあったぼろい麻袋にそれを放り込むと、死体を一か所に集め始めた。


長時間放置しておくと他の魔物が集まってきたり、動く死体と化して動き出す恐れがあるため、あとで村人たちに焼いてもらうのだとか。


アレサンドラはとても手慣れた様子で、俺のようにみっともなく涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしていたりはしなかった。


俺は同じようなことを繰り返すのは嫌だったので、≪ぼうけんしょ≫の部屋に行き、現時点の記録を≪一番≫に上書きした。



ぼうけんのしょ1 「役立たず、一人前に悩む」

→「ゴブリン虐殺王スレイヤー、爆誕!」

ぼうけんのしょ2 「ヒモ野郎、彼女に寄生する」

ぼうけんのしょ3 「はじまり、そして追放」


ちなみに部屋の変化だが、妖精の爺さんが三毛猫を飼い始めていた。




村に戻ると俺たちはすっかり英雄扱いをされた。


村人たちは、作戦の成功を喜び、俺たちにねぎらいと感謝の声をかけてくれた。


そして夜が来て、酒宴が始まる。

村で息絶えたゴブリンの死体を焼く炎を囲んで、広場で大騒ぎだ。


こうして賑やかにしていると、ようやく俺の心も落ち着いてきて、罪の意識も和らいでいくような気がした。


ゴブリンたちも生きねばならず可哀そうなところもあるが、俺も人間だ。

やはり自分と同じ人間を襲ったり、食料にする生物を放っておくわけにはいかない。

俺たちがやらなければ、バンゲロ村の人々が苦しみ続けることになるのだ


とにかく俺はそう自分に言い聞かせることにした。


アレサンドラの周りには、その剛勇を讃える人だかりができていて、村長や村の若い衆にすっかりつかまってしまっていた。


俺の周りにも村の人たちがいて、話題にはことかかない。

とくに長杖を珍しがる人が多くて、グラッド師匠から得た聞きかじりの知識を披露したりした。


慣れないことをたくさんして、疲れていたのだろう。

振舞われた村手作りの白く濁った醸造酒がしこたま効いてきて、べろんべろんに酔っぱらった俺は昨夜、アレサンドラと二人で泊った小屋ではない別のどこかに、男衆に運ばれて、横になった。


「もう飲めないや……」


そこに置き去りにされた俺は、ゴブリンたちの死体を焚きつけた炎が揺らめく光景を思い出し、ふいに寂しくなった。


アレサンドラがいることで紛れていたが、ふいに日本の家族が恋しくなる。


俺の目の端から温かいものが流れて、それを慌てて手で拭う。


そのまま酔いに任せてボーとしていると何かが足元から這って近づいてくる気がした。


そしてその気配は気のせいなどではなく、俺のズボンを脱がそうとしてくる。


「ちょ、ちょっと何してんの?」


こんなことをするのはアレサンドラに決まっている。

昨夜も並んで横になっていたら、身体を弄って来た。


身体を起こし、見てみるとそこにいたのは、アレサンドラではなく村の女の子だった。

たしか……、村長の孫じゃなかったか……。

宴の席で、俺と話をしていた人たちの中に、たしか彼女の姿があった。

明るくて、よく笑う娘だった。


「君は……」


「えへ、起きてたの? そのまま横になってたらよかったのに」


その女の子はそのまま俺を押し倒すと、体の上に乗っかってきて、強引に唇を重ねてきた。


「駄目だよ。おれには恋人がいるし、それに君、どうみても年下でしょ。こんなことしちゃいけないよ」


「あの強そうな女の人、お姉さんとかじゃなくて、恋人なんだ……」


「そうだよ。だから、そこから降りてよ」


「あなたにはああいう人は似合わないわ。私と一緒になって、この村で幸せに暮らすのはどう?お爺ちゃんも、 お父さんもそうしてほしいって言ってたわ。あなたみたいに若くて強い男の人がずっといてくれたら、村も助かるって」


女の子は俺にまたがったまま服を脱ぎ、想像以上にたわわな胸が目の前で露わになった。

固くなってしまった男の部分が彼女の股に当たる。


アレサンドラみたいに美人というタイプじゃないけど、クラスに居たら人気出そうなくらいにはかわいいし、やばい……理性が……。


「ほら、カラダは正直だよ。大丈夫、私、初めてじゃないから慣れてるし、任せて」


どうみても十代半ばなのに、乱れすぎだろ、農村の性!


そして女の子が俺の下半身の方に行き、股間に顔を寄せると、けしからんことをし始めた。



アレサンドラがいなくなった俺を心配してここにやってきたのは、すっかり事後だった。


馬乗りになられ、散々腰を振られた挙句、そのまま中に発射してしまった。


あれほど避妊は大事だと高校や中学の授業で習っていたのに、ゴムもつけず、外に出すこともできなかった。


アレサンドラと付き合い始めてまだそれほど日が経っていないのに、もう浮気してしまったと俺は漠然とおのれを責め、そして酔ったことを理由にして欲望に全てを委ねてしまったことを後悔した。


まだ名前も聞いていない女の子を傍らに、放心状態で横になっていたところに、アレサンドラがやって来てしまったのだ。


「ユウヤ……」


アレサンドラは目に涙を浮かべ、それ以上何も言わずに、いきなり部屋の外に飛び出していった。


俺、最低だ。


アレサンドラの絶望しきった顔が脳裏に焼き付いて離れない。


「……妖精の爺さん。≪ぼうけんのしょ≫の≪一番≫のロードを希望します」



『≪ぼうけんのしょ≫を使用しますか?』


→はい

 いいえ



この夜は、何も起こらなかったことにしよう。

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