第22話 バンゲロ村

プレメントの街の冒険者ギルドで、職員立会いの下、護衛依頼達成の手続きをした。

クラッセ商会の番頭の署名が入った証明書を受け取り、今度はゴブリンの被害に苦しむバンゲロ村に向かうことになった。


プレメントの町をもう少しゆっくり見て歩きたかったのだが、アレサンドラに「それはまた今度にしよう」と却下され、後ろ髪惹かれる想いで次の目的地に向かうことにした。

どうもアレサンドラは、仕事のことになると融通が利かない真面目な性格らしい。



バンゲロ村は人口わずか五十人ほどの小さな村である。

農業と畜産で生計を立てており、高齢化による働き手不足も影響して、決して豊かな村とは言えないそうだ。


それゆえに十分な報酬を提示できず、この依頼はしばらくの間、誰からも受注されることなく壁に貼らさったままになっていたらしい。


「アレサンドラは何でこの依頼を受けようと思ったの?」


バンゲロ村に向かう道中、俺はプレメントで買った 荷馬にうまに乗りながら、その手綱を牽いて前を歩くアレサンドラに尋ねた。


ちなみに、この荷馬は、クラッセ商会の護衛依頼中に馬に乗れないと白状した俺にその訓練を施す目的でアレサンドラが手に入れたものだ。

プレメントで購入した様々な品物をバンゲロ村や王都で転売するために、運ぶ目的もあるらしい。

荷馬自体も、王都に着いたら売却する予定らしく、依頼の受注の際にも思ったがアレサンドラは本当に商魂たくましい。


だんだんわかってきたアレサンドラの性格と、まるで個別教育の家庭教師のような親身な指導に、俺は彼女に対して、一生頭が上がらないのではないかと思い始めてきた。


「それはもちろん、ユウヤが受けてた『討伐依頼:ゴブリン』を同時にこなすためだけど、前から気になってたんだよね。バンゲロ村は前に別の依頼で立ち寄ったことがあって、その時には随分とお世話になったんだ。困ってるみたいだし、なんとかしてあげたいなって思ってたんだけど、所属していたパーティが解散しちゃって、私もそれどころじゃなかったから、ユウヤと出会えて……まあタイミング的にちょうど良かったかな」


「なるほどね。でも村に被害を与えているゴブリンって、どのくらいの数いるんだろう。俺たち二人で大丈夫かな?」


「本当に心配性だね。私がいるんだから、大丈夫だよ。万が一、何か想定外のことが起きたとしても、命に代えても私がユウヤを守るから、安心して」


アレサンドラは振り返って、不安げな顔の俺にウインクした。




日暮れ前に到着することができたバンゲロ村は、十数軒の家が密集した小さな集落だった。

集落の周りには木の柵がぐるりと広く設置されていて、その中にある畑には収穫前の様々な作物が実っていた。


一見すると、魔物の被害にあっているとは思えないがどういうことなのだろう。


「おい、あんたら見ない顔だがこの村に何か用か?」

「この村がギルドに依頼したゴブリン討伐支援を受けた冒険者よ」


余所者を露骨に嫌がるような顔をした門番の男にアレサンドラが、ギルドカードを提示しながら答えた。


門番は、アレサンドラと俺をじろじろと見たが、やがて納得したのか、「すまねえ、他所者なんかめったに来ねえから」と頭を下げ、村長の家を指差し、教えてくれた。


彼は持ち場を離れるにはいかないらしく、案内はしてもらえなかったが、狭い村内なので問題は無かった。



「おお、あの依頼を受けてくれた冒険者がようやく現れたのですね」


愛想が悪かった門番とは異なり、村長むらおさは俺たちに歓迎の意思を伝え、家の中に招き入れると温かい飲み物などを出してもてなしてくれた。

夜にはささやかながら宴まで催してくれるらしい。


「見たところ被害にはあっていないようだけど、ゴブリンってどれくらいいるんですかね?」


俺の質問に、にこやかだった村長の顔がにわかに曇る。


「被害にあっていないのは、まだ作物が十分に実りきっていなかったからです。連中はずる賢く、収穫前の機会を見計らってやって来る。先日、奴らのうちの数匹が様子を見にやって来たのを門番が追い払っており、あなた方がこの時期に、この村を訪れてくださったのはまさしく天の助けであったと感謝するほかはありませんな」


なるほど。

確かに奪うものが無い村を襲うメリットはゴブリン側にも無いのは納得だ。


それとゴブリンって、野菜も食べるんだね。


「やつらは雑食性で何でも食べます。油断していると家畜なども攫われてしまいますし、人だって捕まってしまえば食料にされてしまう。魔王が現れるまでは、ゴブリンの数も今ほどではなく、野菜を時折盗まれたり、いたずらされたりはしてましたが、我らの手に負えないほどではなかった。おそらく、数が増えすぎて、連中も食料難なのかもしれません」


「それで、村長さん。肝心のゴブリンの数だけど……」


黙って話を聞いていたアレサンドラが口を開いた。


「はい、申し上げにくいのですが、あの依頼書を張りだした昨年の三倍はいると思われます」


「三倍? 依頼書には二十匹程度と書いてあったが……」


「はい、今では村人の数よりも多くなってしまった。やつらはなんらかの作物が収穫の時期になると集団で現れ、村のあちこちで略奪をしていきます。しかも腹立たしいことに、我らが飢え死にせぬぐらいの作物は盗らずに残していくのです。まるで、生かさず殺さずこの村を管理しているかのように……」


話を聞くほどに、ゴブリンの悪辣さと村人たちの疲弊した暮らしぶりが明らかになった。


この後、催してくれた宴では集まった村人たちの声も直接聞くことができた。

家畜だけでなく、子供まで攫われた人もいて、何とかしてあげたい気持ちが俺の中にもふつふつと湧いてきた。


六十匹を超える数のゴブリンと戦うのは嫌だけど……。


宴も中ほどになった頃、ふと村長がアレサンドラに、かつてこの村に来たことは無かったかと尋ねてきた。


アレサンドラも隠すようなことはせず、正直に当時の話を語ってくれた。


もう十年も前に、新人冒険者だったアレサンドラが魔物の討伐依頼で負傷し、近くにあったこの村で手厚い看病を受けたのだとか。


じつは、アレサンドラは門番の男も、村長も、当時の顔をしっかり覚えていたらしい。


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