第20話 成長限界

「うおりゃー!!!」


勇ましい声を上げて、アレサンドラが大剣を振り回すと、血の雨が降る。


速く、重く、とにかく凄まじいとしか形容できない一撃は、数頭の野狼ウルフを一刀両断にし、クラッセ商会の荷馬車に魔物を寄せ付けない。


俺はというと慣れない獣相手の攻防に苦戦し、振り回した長杖で牽制し、追い払うのがやっとだった。


「ユウヤ、トドメを刺すんだ!」


アレサンドラの声に気が付き、そちらを見ると野狼の胴体を大剣で刺し貫いており、それを器用に俺の方に振って、寄こした。


「あっ、はい」


放っておいても死にそうな、息も絶え絶えの野狼を長杖で殴打して止めをさす。



クラッセ商会の護衛依頼が始まって、もう日もだいぶ傾き、街道をひたすら進んできたわけであるが、このような要領でアレサンドラは俺のレベルを上げる手伝いを、依頼をこなしながらしてくれていた。


その献身性は、まるでヒナを育てる親鳥にも似て、世話をされている自分が情けなく思えたが、それ以上にありがたかった。


アレサンドラの期待に応えたいと、俺は心を鬼にして魔物に止めをさしまくったのだが、野狼六匹とゴブリン二匹を狩ってもレベルは一つも上がらなかった。


「おかしいな。レベルが5やそこらじゃ、このぐらいの数の魔物を狩ったらもうひとつやふたつ上がってもおかしくないんだけどな……」


街道はやはり魔物との遭遇が多く、なぜ護衛依頼が必要なのか身をもって実感できるほどであったが、アレサンドラは魔物の襲撃を退ける度に、レベルアップしたかどうかを尋ねてきて、その都度、俺は首を横に振った。


成長限界。


アレサンドラが説明してくれたあの言葉が次第に重くのしかかって来た。


俺はもうこれ以上強くなれないんじゃないか?




「どうしたの? 疲れた? なんか、さっきから元気がないね」


商隊が野営予定地である水場に到着し、先ほど皆で夕食を済ませたばかりだったが、俺は何となく食欲が無くて、それでアレサンドラに心配をかけてしまったようだった。


「あ、いや、大丈夫。少し、落ち込んでるだけだから」


「何か、悩み事?」


「……俺、やっぱり成長限界なのかな? 」


「……それは、わからない。でも、そうかもしれないなって、実は私も少し考えてしまった。戦闘に関する技能は別にしても、レベルだけはあの方法でも上がるから試してみたんだけど、駄目だったね。でも、ほら! レベルアップのしやすさって個人差あるし、ユウヤの場合、極端にそれがゆっくりなのかも。まあ、そんなに落ち込まないで、明日もう一度チャレンジしよう!」


「でも、明日もレベル上がらなかったら?」


「大丈夫だって。レベル5で成長限界なんて話、今まで聞いたことないから」


アレサンドラは明るい笑顔を作り、俺の背中をバンッと叩いた。




翌朝、念のためにステータスを確認してみたが、やっぱりレベルは5のままだった。


昨日、アレサンドラと一緒に護衛していて思ったのだが、やはり自分は完全に足手まといになっていて、魔物相手に何度か怪我をしそうになる場面があった。


安全第一。


怪我をすると俺のせいで依頼が上手くいかない可能性もあるし、アレサンドラの計画にも支障が出る可能性がある。


これ以上、彼女の重荷にはなりたくない。


日課のようになりつつあるが、俺は憂鬱な気持ちで≪ぼうけんのしょ≫の部屋を訪れた。

≪ぼうけんのしょ≫の≪一番≫に今の状態を保存するためだ。

昨日はレベルは上がらなかったし、活躍もできなかったが、それでも自分のベストは尽くせたと思うので記録に残す価値はある。


万が一、今日ヘマをした場合の保険にもなるので、面倒くさいが仕方ない。


「セーブポインターよ。よくぞ参った。吾輩は、記帳所セーブポイントの妖精、名前は、……まだない。……どうした? 冴えない顔が余計に冴えない顔になっておるぞ」


「妖精の爺さんは元気そうだね。なんか会うたびに顔色良くなってない?」


「知らん。自分の顔など見る術がないからな。そんなことよりどうした?何か悩みか?」


なんか、みんなに同じようなこと聞かれてる気がするけど、そんなに顔色に出ているのかな。


妖精の爺さんは座椅子にもたれ、返事を待っている。


ん? 座椅子なんてこの部屋に前からあったっけ?


「それ、前来た時には無かったよね。少しずつ、あちこち変わっているみたいだし、この部屋って俺以外にも誰か出入りしてるの?」


「なんだ、儂の質問は無視か。まあいい、どうせ大した悩みではないのだろう」


「ごめん、ごめん。つい、驚いちゃって。俺の悩みだよね。いや、レベルアップが止まっちゃった可能性があって、それで悩み中なんだけど、何か知ってる?」


「自分の名前すら思い出せんのだ。吾輩が知っているわけなかろう」


妖精の爺さんは相変わらず無愛想な顔で言い捨てた。


俺は、妖精の爺さんに少しでも期待した己が馬鹿だったと反省し、さっさとセーブして帰る事にした。


ぼうけんのしょ1 「同郷出身者の晴れ姿に指をくわえる」

→「役立たず、一人前に悩む」

ぼうけんのしょ2 「ヒモ野郎、彼女に寄生する」

ぼうけんのしょ3 「はじまり、そして追放」


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