第19話 魔戦士ヒデオ

民衆へのお披露目という茶番に付き合った後の宴で、≪魔戦士≫ヒデオこと亀倉英雄かめくら ひでおは一人浮かない顔だった。


「……馬鹿どもが」


杯に注がれた蒸留酒のぬるい水割りを呷る。


亀倉の視線の先には、一緒にこの異世界に連れてこられた他のメンバーがおり、その周囲には人だかりができていた。


先ほどまで亀倉の周りにもそれより大きな人の輪ができていたのだが、「少し一人にしてくれ」と群がる者たちを追い払い、一人、壁際に移動してきたのだった。


「亀倉さん、ちょっといいすか」


不意に横から声をかけられて、ぎょっとした。


いつの間にこれほど接近していたのか、見ると茶髪の痩せた若い男がやって来ていた。


「お前、確か……」


「ああ、オレ、ケンジっす。大城謙児おおしろ けんじ……」


そうだ。確か、≪大盗賊≫とかいう職業クラスのガキだ。

やけに眼つきが悪くて、チンピラみたいな恰好をしてた。

俺に悟られずに近づいてきたのはこいつの能力か?


「ああ、すまん。確か、自己紹介で聞いたな。それで、俺に何の用だ?」


「いや、その……相談って言うか、意見聞きたくて」


「なんだ? 別に俺じゃなくてもいいだろ」


美人どころに囲まれて、鼻の下を伸ばしている≪大剣豪≫イチロウや≪大魔道士≫コウイチの方を見やる。

≪聖女≫サユリも異性にちやほやされてご満悦の様子だ。

≪神弓≫セツコというババアは、なぜか大臣に肩を揉ませているし、≪格闘王≫カツゾウは皆の前で、健康体操を披露している。

≪聖騎士≫ミノルというあのヒョロガリは……いないな。


「みんな、すっかりその気になってるっていうか、浮かれてますよね。亀倉さんだけが冷静って言うか、あの王様にもうまく合わせてるけど、ちょうどいい距離感保ってるみたいな。少なくとも俺の目にはそう映ったんで、何か思うところでもあるのかなと……」


亀倉は、少し見直したような顔でケンジを見た。


「まあいいだろう。言ってみろ」


「……亀倉さん、あの王様の言うこと信じてますか」


「お前はどう思うんだ。信じてねえのか」


「いや、この状況だし、信じるもへったくれも無いんですが、どうにも話がうますぎるっていうか。魔王を倒したら、本当にオレたちを元の世界に戻してくれるんですかね?」


「まんざら、馬鹿ばっかりというわけでもなかったみたいだな。他の連中は、勇者だの救世主だのとおだてられて浮かれてやがるが、要は俺たちを鉄砲玉に使おうって腹なんだろ。鉄砲玉ていうやつは、用が済んだらもう価値がねえ」


「やっぱり!騙されてますかね、俺たち」


「シーッ、声がでかいんだよ。いいか、気が付かないふりをして、左の方を見てみろ。俺たちにはこんなめでたい宴の中でも見張りが付いてる」


「本当だ……」


「あのパウル四世とかいう奴が俺たちを厚遇してるのは、自分たちにとって有用な道具だからだ。魔王を倒して使い道が無くなったら、どういう扱いを受けるかわかったもんじゃないぜ」


ケンジはすっかり元気がなくなった様子でうつむいている。


「まあ、悲観的なことを言ったが、帰還できるかどうかは半々くらいだと考えている。魔王がいなくなって邪魔になった俺たちを厄介払いの意味で帰してくれるってこともありうるからな」


「……そうっすね」


「お前、この面子で、その魔王とかいう奴と戦って本気で勝てるって思ってるのか?」


「さあ、そればかりはやってみないと。元の世界にいた時には無かった力も実感できてるし、それにステータスでしたっけ、少なくともこの世界の連中よりかはだいぶ高いみたいっすよ。亀倉さんなんて、一度に大勢の兵士を相手にしてもまったく苦戦してなかったじゃないですか」


「まあな、俺も自分の体ぐらいある岩を持ちあげられた時は驚いたし、興奮もした。だが、その魔王って言う奴の強さも分からねえんだろ。万が一、勝てなかったらどうするんだ。俺たちは全員あの世行きだぜ」


「確かに、魔王を倒せって言う割には、魔王に関する情報がほとんどないんですよね」


ケンジの言うとおり、魔王について尋ねても誰もそのことについて具体的な説明をしてはくれていない。

俺たちが怖気づかないように情報を伏せている可能性もあるが、亀倉は別の可能性もあると考えていた。


魔王に挑んだ者は誰も生きて帰ることがかなわず、それが原因で本当に情報が無いのかもしれない。

実は魔王に辿り着くことさえ困難で、その途上で皆息絶えている可能性もある。


これまで相手させられたのは人間ばかりで、魔物と呼ばれる類のものはまだ目にもしていない。

これから戦わされるであろう敵勢力に関する情報が何もない状態で、今後のことを楽観視できるほど亀倉はお人好しではなかった。


「いいか、ケンジ。どんなに能力が高くても俺たちは戦闘に関しては、ド素人だ。俺はこんな厳つい見た目してるが、殴り合いの喧嘩なんてやったことも無ければ、猫の子一匹殺したことはねえ。ただの土建屋の社長なんだぞ。その俺が魔物を退治したり、ましてや魔王なんて化け物と戦ったりできると思うか? 車や重機で考えてみたらわかる。どんなに優れた性能を持ってたって、それを使いこなす操縦者がへぼだったら、どうにもならんのだ。動かせるって言うのと使いこなすっていうのは別物なんだからよ」


「はあ、それ言ったら俺だって高校中退してブラブラしてただけだし、こんな突っ張ったナリしてるけど、学校ではいじめられてました」


「とにかくな、今は帰る事よりも死なねえことを第一に考えるんだ。連中におだてられて、危険を冒すんじゃねえ。安全第一だ。もし隙があったら逃げるってのも手かもしれねえ。お尋ね者になるかもしれないが、魔王よりもこの城の連中の方が弱そうだからな」


「なるほど、やっぱり亀倉さんに相談してみて良かったっす。少し気持ちが楽になったって言うか……」


ケンジは少しはにかんだような顔で下を向いた。

自分の会社の若い作業員と一緒で、派手な茶髪と外見だけで、案外、中身は普通なんだなと亀倉は思った。


「……なあ、ケンジ。昼のお披露目の聴衆の中に、追放されたもう一人の召還者がいたの、気が付いてたか?」


「ああ、あのなよっとした感じの高校生っすか? いや、緊張していて、まったく気が付いてなかったです」


「元気そうだったぜ。やけに目立つ、エロい身体からだした女と一緒だった。水着みたいな鎧って言うのかな。あんなのちゃんと防具として役に立つんだろうかっていう見た目で、アスリート体型っていうのかな?筋肉質でガタイがよかったが、えらい別嬪さんだったぞ」


「マジすか。案外、王様に選ばれたオレたちよりもそいつの方がラッキーだったってこと、あるかもしれないですね。なにせ、恐ろしい魔王と戦わなくて済むんだから」


ああ、俺もそう思ったよ。


口には出さなかったが亀倉は内心でそう呟き、酒の残りを一気に口に運んだ。

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