第17話 九人の異世界勇者

午後は冒険に必要な保存食や道具などを購入するため、アレサンドラと買い出しに出た。

調理器具や野営の道具などはアレサンドラがすでに持っていて、冒険者ギルドの預り所という場所で保管してもらっているということなので、出費は最小限で済んだのだが、全部おんぶにだっこで良いのかという罪悪感を少し感じてしまった。


購入したものを手にアレサンドラと二人で大通りを歩いていると、なにやら騒がしく、城門前の広場に大勢の人だかりができていた。


俺はその場から離れたかったのだが、アレサンドラに半ば強引に引っ張っていかれ、その群衆の中に加わることになった。



「我が王国の民たちよ、聞け! 先日行った勇者召喚の儀は無事成功し、我が国に九人の頼もしき勇者を迎え入れることができた。まずは身内の者を供物として捧げ、愛国の心を我に示してくれた王国中の者たちに広く、感謝と哀悼の意を伝えたい。古の伝承によれば、これでわが王国は北の魔王と対等に渡り合う戦力を手に入れたことになるが、まずは皆に、我が王国の希望となる者たちを紹介したいと思う。ここで見聞きしたことを魔王に抗い奮戦する各地に伝え、士気の高揚に資してほしい。勇者はこの地に降り立った。希望の光は女神によりもたらされたのだと!」


広場に設置された大掛かりな舞台上で、高い場所から演説をぶっているのはゼーフェルト王国国王パウル四世だった。


俺を無理矢理、この世界に召喚し、城外に追放した張本人。

淀んだ目、血色の悪い土気色の肌、癖の強い口髭。

そして相変わらずの悪人面である。


パウル四世に促され、階段を上って壇上にずらりと九人が並ぶ。

そしてその九人が最初に待機していた辺りには、ギルド長グラッドの姿が、ただ者ではなさそうな雰囲気を纏った一団と共にあった。


九人の勇者たちは、各々、豪華な防具を身に纏い、武器も所持しているが、その顔をみれば全員日本人。

俺と一緒に転移されてきた人たちだった。


俺もまともなスキルと能力値だったなら、あそこに並んでいたのか……。


「紹介しよう。まずは、異世界勇者軍の筆頭リーダーにして、最強の男。ヒデオ・カメクラだ」


そう呼ばれて前に出たのは緊張した面持ちの中年男性だった。

ここに来たばかりの時は、金時計や金のネックレスなどが目立つ成金風のファッションだったが、今も恰幅の良い体型に黄金色の鎧を身に着け、まるでカナブンなどの甲虫のような見た目になっていた。


「見ろよ。あれはたしか王家に古くから伝わる黄金獅子の鎧だぜ。かっこいいなあ」


どこがかっこいいのか謎だったが、アレサンドラは目をキラキラ輝かせている。

どうみても黄金獅子というより黄金虫こがねむしなんだが……。


「あ~、おほん! 俺が≪魔戦士≫ヒデオだ。ゼーフェルト王国の皆さん、俺たちがこの異世界に来たいきさつは色々と聞いている。俺たちを呼ぶために多くの代償をはらったらしいな。だが、もう安心してほしい。魔王は俺たちが必ずや倒し、平和な世界を取り戻して見せる」


堂々とした≪魔戦士≫ヒデオの挨拶に群衆から喝采の声が上がる。


≪魔戦士≫ヒデオが恭しく礼をして下がると次々、他のメンバーが同様の自己紹介をしていく。


香水臭かった派手な女性は≪聖女≫サユリ・イチジョウ。

眼鏡をかけた大学生風の人は≪大魔道士≫コウイチ・オノ。

七三分けのサラリーマンだった人は≪大剣豪≫イチロウ・タナカ。

確か通学電車の斜め前の優先席に座っていたお婆さんが≪神弓≫セツコ・ツヤマ。

う~ん、あとはちょっとわからないな。

残りは見た目から、茶髪で眼つきが悪い≪大盗賊≫ケンジ・オオシロ、挙動不審で不安げな≪聖騎士≫ミノル・サクマ、朝の太極拳体操が得意そうなご老人が≪格闘王≫カツゾウ・アオヤマ、俺と同じくらいの歳の女の子は≪精霊使い≫ヒマリ・アイハラ。


ヒマリちゃんって言うのか、すごいかわいいな。

神秘的な服装も似合ってるし、なんかアイドルみたいだ。


「いてっ」


「鼻の下、伸びてるよ!」


ぼーっとヒマリを眺めていたら、頭から湯気を出したアレサンドラにほっぺを抓られた。



「諸君、異世界から来た九人の勇者は優れた戦力ではあるが、万全を期すためそこにいるそれぞれの分野の達人たちの指導を受けている。もうじきこの世界のことを知るための講義や訓練が終わり、さらに五日後には魔物相手の実戦訓練をすべく、この王都を出立する予定だ。もう一度この場を借りて、皆の激励をこの勇者たちに与えてほしい」


パウル四世の言葉に広場は、魔王打倒を願う民衆の願いと異世界勇者に対する応援の声で溢れかえった。

それは耳を塞ぎたくなるほどの大声援で、アレサンドラも真剣な顔で大きな声を出している。


魔王の脅威というものをまったく知らない俺にはわからない何かが、この異世界の人々の心の中にはきっとあるのだろうと周りの人々の熱狂する姿を見て思った。


俺の目から見ると違和感だらけの九人の勇者だが、この異世界で平和を望む人たちにとっては、紛れもなく希望の光のように映っているようだった。


女神に選ばれし九人の勇者。


同じように異世界に召喚されたのに、無能と見なされ城から追い出された俺とは違う。

壇上の、輝かしい晴れ姿がそこにはあった。



人々の期待を一身に受け、喝采を受けるのは少し羨ましい気がしないでもないが、俺は俺の道を行こうと改めて思った。


あのメンバーに加わっていないということは、元の世界に戻る望みが最初から断たれているということだが、俺はあの王様の言葉を信じていない。

俺たちを異世界に連れて来た身勝手さと、俺を追放した時の、まるでゴミでも見るかのようなあの冷酷な眼差し。


それに魔王を倒すことができたら、元の世界に戻すと約束していたが、その目的を果たすまでに一体どれだけの年月が必要なのだろうか。

十年? 二十年? ……それとも、もっとか。


そんなにかかってしまったら、元の世界に帰れたとして、今まで通りの生活に果たしてうまく戻れるのだろうか。

歳をとった変わり果てた姿で、変わり果てた家族や周囲の環境に馴染めるのかな。


学校は? 就職は?結婚は?


俺の人生をそこから立て直せるのか。


家族の元には帰りたいが、俺ももう十八だ。

いい加減に親離れしなきゃいけない年頃である。


不確かで、朧げな希望的未来にすがるより、目の前の生活と人生をより良くする方向で努力するのが正解ではないだろうか。


俺にはもうアレサンドラもいるし、何より魔王という恐ろし気な存在と戦うことに明け暮れるなどまっぴら御免だ。


そうだ。

俺は世界の平和を守らなくても良い。


自分と自分の愛する人の幸せのために頑張るのだ。


あの同郷の勇者たちや悪人面の王様はもちろんのこと、魔王にも関わらない。


彼らの華々しい英雄譚とは真逆の、「何も起こらない物語じんせい」を俺は望む。

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