第11話 アレサンドラ

ゴブリンの討伐依頼に失敗した俺であったが、その心は満たされていた。


最初は為す術も無く敗れた相手に、それも仲間連れの五対一の状況でリベンジを果たすことができたのである。


討伐依頼はその性質上、期限がおそろしく長い。

あんな街道のど真ん中ですぐ出会えるくらいだからそのうち達成できるだろう。



俺は冒険者ギルドに戻り、併設の酒場兼食堂で夕食を取ることにした。

激闘を繰り広げたためか、とても空腹で、宿の食堂まで待てなかったのだ。


酒場は一仕事終えた冒険者たちで混んでいて、とても盛り上がっていた。


「あの、何か適当におすすめの料理と飲み物を。あっ、安めのやつで」


俺は、忙しそうにしている給仕にそう注文し、ようやく見つけた隅っこのテーブルの空席に腰を降ろした。


そのテーブルは二人掛けの小さなもので、もう一人座れる。


料理についてはどんなものがあるかわからなかったし、好き嫌いも特になかったので、不当にぼったくられなければそれでいい。


料理が来るのを待つ間、俺は盛り上がっている店内の喧騒を聞きながら、周囲の様子をそれとなく窺っていた。

どの顔を見ても、皆、自分より強そうで、なんとなく場違いだったかなと萎縮してしまう。

強敵ゴブリンに打ち勝ち、ようやく少し自信がついた気がしたのだが、そんなものはどこかに消えてしまったようである。


「ここに置くぞ」


ようやく注文した料理が来たようである。


何かの肉が程よい大きさにカットされ香ばしく焼き上げられたものに野菜などが添えられたワンディッシュに、薄く泡が載った琥珀色の飲み物が目の前に置かれた。


その匂いは香ばしく、空腹の胃を大いに刺激してきて、俺はたまらずその肉を口いっぱいに頬張ってみる。


「あちっ、熱い。はふはふ」


こんがりとした皮の部分と味から想像するに、おそらく鶏の仲間じゃないかな。

香草で臭みを取っているのか、純粋な肉のうまみが口いっぱいに広がる。


口の中を一旦冷やそうと、その琥珀色の飲み物を口に含んでみたが、俺は思わず吹き出しそうになった。


これ、ビールじゃねえか。

いいのか、俺、未成年だぞ。


周囲を見渡すと俺ぐらいの歳のやつも酒を飲んでいた。


そうか、ここは日本じゃないから、オーケーなのか。


とはいえ、苦みがきつく、決しておいしいとは思えない。

料理と合わせて銅貨二十枚も払っているから、残すのももったいないし、仕方なく飲むことにした。


すきっ腹にアルコールが効いてきたのか、先程の戦闘の緊張感がようやくほどけてきたような気がする。


「ここ、空いてる?」


その声の主を見てみると、奔放な赤い髪をした強そうな女性が立っていた。

その鍛えられた身体はとても筋肉質で背には、俺の力ではとても振り回せそうに見えない大きな剣を背負っていた。


動きやすさを最優先にしているのか、露出が多い金属鎧を身に着けていて、目のやり場には少し困る。


歳は、俺の母親より一回り若いくらいで、三十前半から二十代の終わりの方くらいだと思った。


「あっ、空いてます」


見るからに女戦士という風貌のその女性は、背にした大剣をすぐ傍らの壁の隅に預けると、自身は俺の真向かいの席に腰を降ろした。


その様子を見た近くの男達はなぜか下卑たような視線をこちらに向けてきた。


「お前、名前は?」


「あっ、ユウヤです。まだ駆け出しで冒険者になったばかりです」


「それは見ればわかるよ。ユウヤか。私はアレサンドラ。同じ冒険者だし、まあ、よろしくな」


アレサンドラは少し不機嫌な様子で椅子の背もたれに寄りかかり、料理を待っている。


アレサンドラの視線というか、存在感が気になってしょうがない俺は、急いで食事を終わらせて、席を立とうと考えた。


皿の上の肉を急いで口に詰め込もうとして、それを喉に詰まらせて咽てしまう。

何とかビールで流し込もうとするも慌ててそれをこぼしてしまう。


「おいおい、何をやってるんだ。大丈夫か」


見かねたアレサンドラが背をさすり、テーブルの上の布で服にこぼしたビールなどを拭いてくれた。


アレサンドラの大きく露わになった豊かな谷間が目の前にあることに気が付き、思わず赤面してしまう。


「あ、ああ、大丈夫です。自分でやれます」


「そうか、気をつけろよ」


そうこうしている間に、アレサンドラの頼んだ料理が来たようだ。


アレサンドラは薄く切ったパンに野菜と一枚肉を挟んだものを豪快にかぶりつき、口の端に着いたソースを舐めた。


よく見ると、白人の女性というだけでもどこか緊張してしまうのに、アレサンドラはけっこう美人だった。

少し日焼けして、野趣あふれる感じの健康美。


思わずドキドキしてしまう自分に気が付く。


女の子とは付き合ったことも無いし、こんなに間近で向かい合って、母親以外の女性が食事をするところを見るのはそう無いことだった。


「なんだ? 何をじろじろ見ている」


アレサンドラがじろりとこっちを見た。


「あっ、いえ。すいません。つい……」


「……お前、連れはいないのか?」


「あっ、彼女ですか? いません。女の子の手を握ったことも無いです」


「そうじゃない。パーティは組んでいないのかって聞いているんだ」


アレサンドラは呆れたような顔で、蒸留酒を果汁で割ったものを飲んだ。


「パーティですか。いや、この街にというか、この世界に知り合いはいないというか。とにかく独りぼっちの状況なんで……」


「それは奇遇だな。聞かせてみろよ。おい、給仕! これと同じ飲み物をふたつ!」


アレサンドラは、この喧騒の中でもよく通る大声で追加注文をした。


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