第8話 何かが欠けている

翌朝、目が覚めると全身筋肉痛だった。


あのハゲのしごきと便所掃除に、俺の帰宅部ボディは耐えられなかったようで、寝台から体を起こそうとすると筋肉という筋肉が全て悲鳴を上げ、着替えをするのも一苦労だった。

手のひらはマメだらけだし、身体は痣だらけで、最悪の目覚めだ。


グラッドは基本動作を教えてくれた後、いきなり実戦訓練だなどと言い出し、手にしたスタッフの先で何度も俺を突いたり、叩いたりした。

「体で覚えろ!」と一昔前のスパルタ式で時代錯誤も甚だしい。



「≪ぼうけんのしょ≫を使用したい」


俺は昨日の過酷な一日をもう二度と体験したくなかったので、現時点の状況を「ぼうけんのしょの一番」に保存すべく、あの謎の部屋を訪れた。


「セーブポインターよ。よくぞ参った。吾輩は、記帳所セーブポイントの妖精、名前は、……まだない」


はい、はい。

それはもう知ってます。


相変わらずの狭い和室に、≪ぼうけんのしょ≫が載ったちゃぶ台と妖精の爺さんがぽつんと佇んでいた。


だがふと天井に目をやると飾りっ気のない裸電球の照明がひとつぶら下がっていた。

これは前回訪れた時には無かったもので、すぐに目についた。


「爺さん、これ、どうしたの?」


「知らん。気が付いたらそこにあった。吾輩が欲したものではない」


あいかわらず素っ気ない爺である。

表情も乏しく、会話がちっとも弾まない。


仕方がないのでセーブを済ませ、さっさと帰ろうとすると、今度は妖精の爺さんの方から話しかけてきた。


「おい、適当にセーブしておるようだが、そんなことをしているとすぐに詰むぞ」


「えっ、どういうこと?」


「セーブは一日一回。もうお前はすでに一番から三番まで冒険の記録で埋め尽くしている。今のように、何となくの場所になんとなくの直近の記録を残していくと、本当に困った事態に陥った時に戻れるポイントが無くなってしまう」


「……何を言っているのか、わからないですね」


「つまりだ。≪ぼうけんのしょ≫の一番から三番まで毎日順番に書き換えていくと最高でも三日前までしか戻ることができなくなる。これはわかるな?」


「どうしたの、急にまともになって。わかってるよ。だから最初のセーブは三番にしたんだもん。俺のプランでは、三番はずっと残しておくつもりだし、二番はこれ以上ないくらいにうまく事が運んだとき用、一番は直近用に分けて使うつもりだったよ」


「そうか、案外馬鹿でもないのだな。わかっているならば善い。もう行け」


こいつ、相当、俺が頭が悪いと思っているな。

ようやくテンプレ以外のことをしゃべったと思ったら、当たり前のことをくどくどと。


俺は時間切れになる前に、背後の引き戸から現世に戻った。




俺は宿の一階にある食堂で腹ごしらえを済ませ、今日も冒険者ギルドに足を運んだ。

体中痛いが、部屋でじっとしていても暇なので仕方がない。


ハゲに見つかるとまた面倒なことになりそうだと思いつつも、それを期待している自分がいることに気が付いた。


この見ず知らずの異世界にやって来て、ようやくできた人とのつながりに俺はどこか安心感を抱いてしまっていたのだ。

その証拠に、受付のメリルからグラッドの不在を聞かされると急に心細さが戻って来た。


グラッドは城に呼ばれ、しばらくは戻らないらしい。


また今日もこき使われたり、しごかれたりするんだろうなと覚悟してきたから、少しがっかりした。


「昨日、ハ、じゃなかったグラッドさんにしごかれて体中痛いんですけど、この状態でもできそうなおすすめの仕事ないですかね」


「うーん、体調がすぐれないなら今日は休息日に充てるというのはどうかしら。それかせっかく冒険者になったんだから、装備品を買い揃えるなんてのも良いんじゃないかしら。興味あるなら、ギルドおすすめの店を紹介するわよ」


そうか、装備品か。


他の冒険者たちを見ていて、自分には何かが欠けていると思ったが、それだ!


「メリル姐さん、それお願いします。店、教えてください」


「何が姐さんよ。私はまだ二十歳過ぎたばっかりなのよ」


メリルはそう苦笑しながらも、まんざらではない様子で、簡単な手書きの地図を俺にくれた。




メリルの地図はわかりやすく、俺はほとんど迷うことなく武具店に辿り着くことができた。


「何かお探しで?」


入り口の辺りで品物を見ていたら声をかけられた。


見たところ、他に客の姿は無く、暇なのだろうか。

昔からそうなのだが、店の人に声をかけられるのはどうにも苦手だ。

何か買わなきゃいけない気分になってしまう。


「あの……駆け出しの冒険者なんですが、スタッフ探してまして」


「ほう、スタッフか。若いのに渋い得物を選んだな」


ごついラガーマンのような体格の店主に 観察するような視線を向けられた。


「どれ、良いのを見繕ってやるから、ステータス見せてみな」


俺はまた馬鹿にされるのではないかと心配になったが、使えもしない武器を買ってもしかたないので、駆け出しらしく店主の指示に従う。



「ステータス、オープン」


名前:雨之原うのはら優弥ゆうや

職業:セーブポインター

レベル:3

HP18/18

MP7/7

能力:ちから4、たいりょく4、すばやさ3、まりょく3、きようさ4、うんのよさ3

スキル:セーブポイント

≪効果≫「ぼうけんのしょ」を使用することができる。使用時は「ぼうけんのしょ」を使うという明確な意思を持つことで効果を発揮することができる。



レベルが上がってる!


昨日のハゲ、いやグラッド師匠との特訓が効いたのだろうか。


三日前までオール1だった能力値が軒並み上がっている。

ちから、たいりょく、きようさの数値などは四倍、他の数値は三倍だ。


三日で能力が三倍って、我ながらすごすぎないか?


「うーん、何ともコメントし難いステータスだな。お前、こんなんで冒険者やってくつもりなのか」


はあ、やっぱり俺のステータスって弱いのか。

能力値が三倍以上になってぬか喜びしてしまった。


「難しいですかね?」


「まあ、まだ若いし、成長限界はかなり先だろうから努力次第ではあると思うがな。とりあえず今のお前は、通りを歩いているその辺の通行人にも負けるぞ」


そんな感じなのか。

それじゃあ、勇者失格で追放なのも頷けてきた。


異世界に来たばかりの段階で、俺はモブではなく、モブ以下だった。


言葉を失い、立ち尽くす俺に店主らしき男は、一本の棒を差し出してきた。


ホコリまみれになっており、慌ててそれを布で拭っている。


それは訓練室にあったものよりもやや長く、俺の身長ほどの長さだった。

手触り滑らかな白木で、非常に軽く、そしてとても丈夫そうだった。


「それはクォータースタッフと呼ばれる代物だ。材質は白堅ザイツ樫、制作者は不明だが良い物だぞ」


「いくらするんですか」


「金貨1枚」


「いや、無理っす。俺の予算は銀貨10枚くらいなんで」


「ギルドに所属してるんだろ。ツケでもいいぞ」


「いや、借金とか絶対にしちゃだめって、小さい時から母に厳しく言われてたんで……」


「いやいや、お前、その歳で母親に何言われてようが関係ないだろ。こっちは親切にツケで良いって言ってるんだぜ。それに戦闘用のスタッフはそれしか置いてねえんだよ」


「えっ、そうなんですか。じゃあ、他の店探してみます」


「お、おい、待て。よく聞くんだ。他の店を回ってもそうそう戦闘用スタッフなんて置いてねえぞ」


「そうなんですか?」


「ああ、はっきり言って戦闘用スタッフなんて人気ないからな。みんな、見栄えする剣だとか、破壊力ある戦槌を選ぶ。魔法使いなら魔法用の杖を選ぶだろうし、同じ長柄の武器なら槍の方が売れるんだ。お前みたいな変わった奴は少ないんだよ」


確かに杖って、魔法使いとか老人が持つイメージあるし、それで殴りかかっている姿は決して格好の良いものではなさそうだな。


なんか昨日頑張って練習したのが馬鹿臭くなってきた。


しかもその見栄えしない武器に金貨一枚。


よし帰ろう。


衝動買いは良くない。


俺は踵を返し、出口に向かおうとする。


「待て!わかった。銀貨20枚でどうだ。」


「いや、無理ですね。冒険者なりたてで銀貨10枚しか払えないっす」


店内にしばし静寂が訪れ、帰ろうとする俺とそれを引き留めようとする店主の視線が交錯した。


「……わかったよ!お前さんには負けた。銀貨10枚でいいよ。このまま、店に置いておいても一向に売れる気配も無いしな。だいぶ前過ぎて記憶にないが、何か惹かれるものがあって、仕入れたはずだったんだが……。まあいい、その代わりに防具もウチで買っていけ。そのステータスだと防具充実させないと死ぬぞ」


結局、俺は持ち金の半分ほどを使って、ザイツ樫の長杖クオータースタッフとあまり重量の無い革防具、下げ鞄、背負い袋、マントなど、冒険者に必要であるらしい装備品一式を店主の助言のもとに購入した。

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