第7話 ギルドマスター

召喚されてこの異世界にやってきた他の人たちは今頃何をしているのだろう。


あの国王に命じられるまま、魔王を討伐すべく旅立ったのだろうか。

それとも、まだその準備中で、訓練したり、作戦を練ったりしているのかな。

あのまま城で豪遊しているなんてことは無いよな。



城から追放され、やむなく冒険者という得体のしれないものになった俺はと言うと、こびりついた糞尿と格闘していた。


あのハゲ……、じゃなかったギルドマスターのグラッドが俺に与えた仕事は冒険者ギルド内部にある便所の掃除だった。


依頼書に書かれていた依頼人の名はグラッド本人。

かなり前からあの場所に張り出されていたのに誰も受注してくれなかったらしい。


便所の掃除と言ってもこれだけの人数の冒険者たちが用を足すトイレである。

それなりの個数あるし、広さもそこそこある。


男性用と女性用。


その両方のトイレの床と便器の掃除を銅貨二十枚で請け負わされた形だ。

普段からあまり掃除されていなかったのか特に男子便所は最悪だった。


こびりついたこのウンコはきっと魔王よりも手強いに違いない。

黒くなって石のように固くなっていた。



午前中一杯かかって、便所掃除を終えた俺は、グラッドに連れられ建物奥の訓練室に連れていかれた。


ここはギルドに所属する者であればだれでも利用できるらしい。

体を鍛えるための原始的な器具や模擬戦用の武具などが置いてある。


今の俺は頑固な汚れとの戦いを終えて、全身が疲労でプルプルしており、トレーニングなどしたい気分ではない。


「今度はここの掃除ですか?」


「いや、掃除しに来たんじゃない。俺も暇だし、お前の適性をちょっと見てやろうと思ってな。そこに並んでる武器の中から好きなものを選んでみろ」


「はあ、武器ですか」


「そうだ。さっきのステータス見たところ、お前、魔法は使えないみたいだし、そうなると何らかの自衛の手段を身につけなければならんだろう。冒険者で飯を食っていくなら尚のことだ」


まあ、そうだよな。

魔物を討伐するのにも必要だろうし、何より誰かに襲われた時にも自分の身は守れるようになりたい。

身包みぐるみはがされた時なんかは本当に惨めだった。


人前でフルチンにされたんだもん。


「どれにすっかなー」


戦斧を持とうとしたが重くて無理だった。

長剣も便所掃除のせいで手がだるく、振り回すのは辛そうだ。


となると、この長い木の棒か、短剣になるかな。


短剣は血とかブシャーッとしそうだし、サスペンスドラマみたいにもみ合いになって自分の腹とかに刺さったら痛そうだからやめておこう。


「ほう、スタッフか。悪くない選択だ。貧弱なお前にはぴったりだと思うぞ。疲れたら、文字通り杖代わりにもなるしな。お前に便所掃除をやらせたのは、ギルド貢献点を付与してやりたかったこともあるが、自分の非力さを理解させるためだったのだ。疲れた状態でも扱えなきゃ、実戦では役に立たんからな。どれ、そいつの基本的な使い方を教えてやるから、こっち来い」


便所掃除の下りは絶対に嘘だと思う。


「グラッドさん、武器の扱い詳しいんですか?」


「俺も元冒険者だ。それに俺の職業クラスはバトルマスター。あらゆる武器はもちろんのこと格闘だってお手の物だ。無職ノークラスのお前と一緒にするなよ」


グラッドはそう言うと自慢げに高笑いした。


他の人の目に見えないだけで、無職じゃないと反論したかったが、証明する方法も無いし、諦めた。


俺は素直に頭を下げ、グラッドさんの手ほどきを受けることにした。


スタッフというらしい、自分の背丈ほどのこの棒が今後、俺の生命線になるのだと思うと自然と身が引き締まった。





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