第4話 リトライ、リトライ……

空腹に耐えながらあてもなく街を彷徨い続け、気が付くと俺は路地裏に積まれた木箱の影で、全裸になり、震えて動けなくなっていた。


「お母さん、お父さん……帰りたいよう……」


堪えようとしても目の端から涙が零れる。


城から追放されてはや十日。


俺は人間の心の残酷さというものを身にしみて感じていた。


空腹に耐えかねて入った食堂では無銭飲食を咎めだてされて、危うく衛兵に突き出されそうになったし、学生服などの衣類は人相の悪い連中に路地裏に引き込まれ、その際に下着諸共、奪われてしまった。


彼らにしてみれば極上の布地であったらしく、売れば高値になると喜んでいた。


ラノベやゲームなどであれば、このような時に不自然なほど親切なキャラや住人が現われて優しく手を差し伸べてくれるのだろうが、実際は違っていた。


この異世界の住人からすれば、自分は奇妙な恰好をした不審者に過ぎず、人種なども異なることからあまり関わり合いになりたくない存在なのであろう。


俺を見る人の目は、どれも冷たく、差別や嘲笑に満ちていた。


だが、このような事態に陥ったのは俺にも非があった。


どうやら言葉などは通じるし、看板などの文字も理解できるのであるが、まったく異なる文明の、しかも外国人にしか見えない風貌の人々に対して物怖じして上手く話しかけられなかったのだ。


白人コンプレックスというやつかもしれない。

冷静になってみると、実際はそうでもないのに皆が背が高くて、美男美女が多いように感じるし、なにより目の前に立つと萎縮してしまう。


さらに運の無いことに空腹を紛らわすために飲んだ桶に溜まった雨水で腹を下し、下痢と嘔吐でいっそう体力を消耗してしまった。


食事を何日もとっていないせいだろうか。

体が冷えて、仕方がない。

そして、もう食欲も無い。


「ああ、フリスク……もう一度食べたかったな」


それが力尽きる前に発した最後の言葉だった。




「おお、ユウヤよ!死んでしまうとは情けない!」


……以下略。


気が付くと俺は再び城門前で追放されるシーンに舞い戻った。


衛兵たちを怒らせぬようにその場を去ると、今度は前回の反省を生かして、自分から積極的に行動してゆくことにした。


ここは現代日本じゃない。

控えめで、目立たないようにしていると、何にもできない間にひっそりと死ぬ。


そして、さらに無礼討ちや転落死、窒息死など、息絶えること七回。


合計九回も死んだら、さすがに悟ってきた。


謙虚、慎ましやかさ、無口。


日本人の美徳はこの異世界ではマイナスにしかならない。


俺、俺、俺!

俺を前面に押し出していくぞと。


「そこの高貴な御方! そう、そこの立派で素敵なあなたですよ。にじみ出るそのオーラはただ者ではないですよね。その服装のセンスと佇まいに品格がにじみ出ています!」


ガウン姿の貴族らしい男性に声をかけ、学生服の押し売りを試み、これに成功したのだ。


そのガウンを着た男は紛れもなく貴族で、学生服に並々ならぬ関心を寄せ、自邸に俺を招き入れると、下男たちが着ているものと同じ服を代わりにくれたばかりか、銀貨三十枚と交換してくれたのだ。


この異世界にはない極上の生地だとその貴族は喜んでいたので、さらに増額を希望したところひどい目に遭わされたので、もう一度、リトライさせられる破目にはなったが。


押しの強さは必須でも、過ぎたるは及ばざるが如しらしい。




この異世界の住民に不審がられない普通の衣服と幾ばくかの路銀を手に入れて、ようやくスタート地点に立てた感じである。


この銀貨三十枚の価値がいかほどかはわからないが、文字通り九回も死ぬ破目になった。


あとちなみに、あの妖精の爺、語彙が少ないのか「おお、ユウヤよ!死んでしまうとは情けない!」と「おお、ユウヤよ!死んでしまうとは何事だ!」の二つのパターンしかない。




もう野宿はしたくなかったので、まずは宿を探そう。


何十日分も彷徨っていたため、この街の地理も少しずつわかってきた。


俺はこの街の物価がどうなっているのかわからなかったため、城から遠い立地の、地味な安宿を今日の寝床に決めた。


朝夕の食事が付いて銀貨1枚。十日分宿を取れば、すこし安くしてくれるという話だったが、泊まって見ないことにはリピートしたくなるかわからなかったので、それは断った。


とりあえず今の手持ちで三十日近くは野宿しないで済むことがわかり、少し気持ちが楽になった。


宿の主人によれば、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚らしい。


もっと詳しく聞きたかったが、逆にあれこれ詮索されるのは嫌だったのでそれで話を打ち切り、自分の部屋に向かう。


部屋は割と綺麗だったが、倒れ込んだ寝台はどこか臭かった。


「なんか、凄く疲れたな……」


それが何の匂いであるか想像すると眠れなくなりそうだったので、我慢して目をつぶった。

屋根の下で眠れるだけ有難い。


そのまましばらくそうしていると、次第に体が温まってきて、まどろみの中に引き込まれてしまった。


少し仮眠を取ったら夕食を食べに行こう……。

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