第3話 あれが死か

「おお、ユウヤよ!死んでしまうとは情けない!」


ふと気が付くと俺は先ほどの謎の四畳半の部屋に戻ってきていた。

そして、妖精を自称する謎の老人にそう一喝された。


「はあ、はあ……」


俺は、酷く動揺していて、しばらく四つん這いになったまま、立ち上がることができなかった。


生まれて初めて体験した死の生々しい感覚や苦痛が脳裏に未だ残っていたからだ。


「落ち着け。呼吸を整えるのだ。傷はもう無い。お前はまだ死んでなどいないのだ」


老人の言葉に励まされるように、俺は深呼吸をして、全身に焼き付いた先ほどの死の感覚を消し去ろうと努力した。


指の先から、自分が自分でなくなってゆくようなあの感覚。


あれが死か……。

おそろしい目にあった。


最初はそうでもなかったけど次第に傷口が痛んできて、呼吸もままならなくなった。

眩暈や吐き気、倦怠感が酷くて、絶望が心の中を満たしていた。


「まったく、吾輩の説明を何も聞いておらんかったようだな。なぜ、『≪ぼうけんのしょ≫の三番をロードする』と念じなかったのだ。そうすれば無駄に死なずに済んだものを……」


「……どういうこと?」


「うむ、吾輩にもわからんが、困ったらとりあえず≪ロード≫すれば何とかなるようだということだけはわかる。次、もし、このようなひどい目に遭いたくなかったら試してみることだな。おっ、時間が来た。次は健闘を祈るぞ」




再び城門の手前辺りの景色に戻った。


「この無能め!もうこの城に近づくんじゃないぞ。王はお前を目障りだと仰せられた。次に見かけた時はどういう処分が下るかわからんぞ」


乱暴に放り出されたが、今度は両腕を胸の前に引き寄せ身を丸めて、地面に肩から落ちた。


手のひらは擦り剥かなかったが、やはり転べば痛い。


ここで口答えするとどうやら兵士の逆鱗に触れてしまうようなので、何も言わず頭をちょこんと下げて、その場を去った。



たしか、ゼーフェルト王国だったか。


ここが城の近くということもあって立派な建物が多く、ここから遠ざかるにつれて背の低い木造の家屋が目立ってきた。


もうあの兵士たちの姿は見えないが、二度と城周辺には近づかないことにしよう。


傷はすっかり消えて、無いが、腹部を刺された感触が生々しく今も残っている気がした。

無論、それは気のせいの類なのだが、それほどに俺の精神に与えた影響が大きいということなのだろう。


「さて、これからどうしたらいいんだろう」


見渡すと西洋の中世風の景色が広がっているが、実際にその時代の景色を見たことがないので何とも言えない。


少なくとも電気はなさそうだし、舗装も石を敷き並べた古めかしいものだ。


ふと視線に気が付いて周囲を見渡すと、やはりこの学生服が目立つのか、人々が遠巻きにこちらを見ている。


彼らの衣装は、現代人のものと異なり、やはり美術の教科書の絵画などで見るような海外の伝統的な服装に似ていた。


男の人はズボンにチュニック、それにマントといった服装が多い。

女の人はワンピースや飾り気ないスカートなどで、あの遠くに見えるガウン姿の男性は貴族だろうか。


俺は、ここが日本ではないのだという事実に打ちのめされていた。


無一文の上、スマホなど様々な物が入っていた通学鞄もどこかに消えた。


右も左も分からず、知り合いなどいるわけもない。


「ああ、詰んだわ……俺」




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