第4話 肩を揉むより胸を揉ませてよ

 翌朝。今日は火曜日。下駄箱にラブレターが入っている日だ。

 結局、高二の間一年間続いたこの手紙も差出人が不明なまま結構な量が溜まってきた。内容自体は愛が綴られているだけ。正直悪い気はしない。けれど、決まって添えられる最後の一文『お体をお大事に。いつも陰ながら見守っています』が妙な不安を煽るのだ。


(昨日から新学期。ってことは、この手紙もあと一年続くのか……)


 誕生日の週にはプレゼントが付いていたり、バレンタインにはチョコレートが添えられていたりするのが面白くて、結局一年放置してしまった。ストーカーちゃん、誰なんだろう? できれば卒業までに会って話してみたい。

 もしくは、もうとっくに出会っていて日常的に話しているのかもしれないけどね。


 せっちゃんにだけは相談しようかなとも思ったんだけど、もし万一犯人がせっちゃんだったら嫌だなぁなんて予感がよぎって言えてない。筆跡的に、多分、違うとは思っているんだけれどね……私って案外ビビリなのかな?


 革靴を上履きに履き替えていると、隣に凛とした面差しの金髪美人がやってくる。

 クラスメイトの加藤かとう理奈りなだ。

 名前の通り、ウチの学校――聖カトリーナ女学院の理事長の娘。裏でのあだ名はカトリーナ。いつもバニラの甘い香水を香らせているお嬢様だ。


「あ。委員長、おはよう」


「おはようございます、桜庭さん。あら、髪染めた?」


「お、わかる? 茶髪も飽きたし、今回はちょっとピンクベージュっぽくしてみたんだ。春は桜の季節だし」


「名前も庭さんですしね。いいと思います。我が校は校則にそこまでうるさくありませんし、学業さえ疎かにしなければ……あれ? そういえば、桜庭さん、期末の数学の補習――」


「やべっ」


「サボリな上に課題未提出のまま進級したんですの!? ありえない!」


「その日は部活があったんだよぉ!! 仕方ないでしょ!」


「部活は補習のあとに行きなさいな! もう、明日の放課後までに提出しなかったら学年主任にチクりますからね!? まったく、氷室先生はその辺が甘すぎて、というか看過しすぎで困ります……! あの方、仮にも担任でしょう!?」


「ん? 兄貴がどーかした?」


「あ。せっちゃん、いいところに! 逃げろ逃げろ~!」


「うわ、手! 引っ張んなって~!!」


 ◇


 今年も同じクラスな委員長を撒いて、私たちは教室を目指した。

 周囲の女子は今日から始まる男子との授業にそわそわとしているみたいだけれど、私にはあまり関係がない。だって、友達とこうして喋ってはしゃいで、たまに怒られている方が楽しいから。


「せっちゃん、数学得意でしょ? お願い! 課題手伝って!」


 手を合わせて懇願すると、せっちゃんは耳元にリップの鮮やかな唇を寄せて囁く。


「今度ヤラせてくれたら、いーよ……♡」


「うわ。極悪人」


「あはは! 冗談。別に課題くらいいつでも付き合うって。今度部活ないの何曜? ウチでしよ。わかんなかったら兄貴にやらせりゃいいし。あいつ、大体定時であがるから早けりゃ五時半には家にいるし。教頭には白い目で見られるらしいけどね、ワークライフバランスと秤に賭けりゃあそんなのどうでもいいんだって」


「ありがとう! 兄妹そろって神~!!」


 まぁ、課題を担任にさせるのってどうかと思ったりもするけど、親友特権ってことで何卒。

 とかなんとか、脳内で氷室兄妹のことを拝んでいると、せっちゃんは急に不機嫌そうに顔をぐっと覗き込んできた。


「つか、カトリーナと何話してたの?」


「え? 委員長と? だからこの、補習課題の話だよ」


「ほんとにそれだけ?」


 せっちゃんが、「ん~?」と嫉妬まじりに顔を近づけるのには意味がある。

 せっちゃんは、私のファーストキスが委員長だったことを未だに根に持っているのだ。


「アレは完全な事故だって。今じゃあ委員長となんにもないよ。それにアレ、中二の頃の話じゃん」


「でもさぁ~」


「本当に何もないよ! 今朝だって課題の話以外してない……あ。髪染めた話はしたわ」


「ほらぁ!」


「それの何が悪いのさ!? 中二のときのは完全に事故! プリント運んでた委員長に声かけようとしたらよろけちゃってさ、受け止めようとした委員長と一緒になって転んじゃっただけだよ! 言うなりゃただのラッキースケベだよ!?」


「でも! 巳散のファーストキスだったわけじゃん!? なんか悔しいよ~!! それからどんどん巳散はキスに耐性ついていくしさ、誰とでもキスするしさぁ!」


「さすがに誰とでもはしない!!(笑)」


「じゃあなんでこないだもえとしたの!?」


「部活終わりに金管だけで居残りしてて、気づいたら誰もいなかったから、なんとなく誘われて……?」


「なんて誘われたらそうなるんだよ……」


「『巳散の唇柔らかそう。そのトランペットが羨ましい』って……」


もえ!! 許すまじくそビッチ!! あいつのホルンで撲殺してやろうか!?」


「そういうせっちゃんは私の何なのさ……いやまぁ、親友なのは認めるけどさぁ」


「なにって……恋人第一候補だろ!! あとあたし、巳散しか友達いないの! 他の子と仲良くしてると妬けちゃうの!!」


「なにそれめんどくさ~。私はせっちゃんと違って友達多いし、皆と仲良くしたいんですぅ。博愛主義なんですぅ~」


「ひっどい!! あ~、もう! 課題とかマジで手伝ってやんないし!」


「あっ。待ってぇ。撤回します、私にはせっちゃんしかいませんよぉ~!! なんなら肩でもお揉みしますよ、瀬那せな様~!」


「肩なんて揉まなくていいからとりま胸を揉ませてよ」


「はいはい。わかったよ、今度ね」


 と。いつものように軽口を叩き合っていたら、背後の席から「ぶふぉ!」と誰かが盛大に吹き出した。

 昨日から来た編入生――『メガネ』くんだ。そういえば私の後ろの席だったな……

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