第3話 女子校に男子がやってきた

 春休みなんてあっという間で。四月になれば学校は『段階的共学化』の話で持ち切りだった。HRでお知らせが配られたときのどよめきようときたら。しかも、春休みに彼氏と別れたばかりの絵里なんてこれ見よがしにうずうずしてたし。まぁ、一言で言えば阿鼻叫喚だ。


 で。男子が編入してくる当日。

 教壇で『フツーっぽい男子』ふたりを紹介しながら、せっちゃんのお兄ちゃん――担任の氷室先生は爽やかな白い歯を見せる。


忍野おしのまもるくんと、あおいはるかくんです。編入する男子は計五名いるんだけど、クラスは四つしかないからね、ウチのA組にはふたり来ました。歓迎してあげてください。あはは! 先生はね、今、ピラニアの生け簀に餌を撒いた気分ですよ! 皆、仲良くしてね!」


(あ。せっちゃん兄、ほんのり本性が出てる……きっと愉快でたまらないんだろうなぁ)


 その紹介に、当の男子を含むクラスの全員が固まる。


(フツーだ……! なんか、とんでもなくフツーのがふたり来たぞ!)


 正直、コメントに困るくらいにそのふたりはフツーだった。


 忍野の方は、ド陰キャ丸だしの目隠れ系男子。

 葵の方は忍野と比べるとまだコミュ力ありそうな茶髪男子だけれど、女子に慣れていないのか視線をどこにやればいいのか困った様子だし、緊張し過ぎてて、見ていて可哀想になる。


 ふたりの様子に、後方座席の絵里なんかは足を組んだミニスカからパンツ丸見えなまま、「ねーわ」と、露骨なため息を吐いた。


 で。新学期のオリエンテーションが終わって、速攻でついたふたりのあだ名は『メガネ』と『ラブコメ要員』だった。


 忍野が『メガネ』なのはわかる。だって超分厚いのび太君みたいな眼鏡をかけてるから。でも、葵が『ラブコメ要員』なのはなんで?


 隣の席の七海ななみちゃん――誰にでも優しくておっとりしたいい子だから、その分情報通なんだ。に聞いてみると、『あのね、話しかけたりすれ違ったりするたびに顔赤くしてるから、なんか可愛いねって皆言ってたよ』だってさ。


「中学の頃から陸上部だったらしくてね、運動得意なんだって。体育祭とか、ちょっと楽しみになっちゃうね!」


 にこ!と屈託なく笑う七海ちゃんは今日も聖女可愛いな。

 楽しそうに肩を跳ねさせて笑うたびに推定Gはあるおっぱいが揺れて尚良し。

 彼女は、同じ女子として、誰もが愛でたくなるタイプの女子だ。


「へ~。運動が得意、ねぇ……」


 たしかに、よくよく見れば葵の見てくれは悪くない。気を遣っているのか、運動部という割には清潔感もあるし、時間が経てばモテなくもない、かも……?

 だから『ラブコメ要員』としての素質アリってわけね。


「ちなみに、B組の清泉きよいずみくんは『竿さお?』で、C組の高田たかだくんは『ガリベン』。D組の真淵まぶちくんは『チンピラ』だって!」


 にこ!とこれまた屈託なく笑う七海ちゃんは、絶対『竿』の意味わかってないんだろうな……しかもそのあだ名、絵里が付けたっていうんだからウケる。


 で。当の絵里はというと、ベージュのボブカットを揺らしながら『竿』の清泉の周囲に数人の女子と共に侍っていた。絵里はビッチで有名だけど、あの行動力と度胸だけは恐れ入るわ。その辺は個人の自由だし、好きにすればいいと思う。

 にしてもヤリチンの清泉か……たしかに見た目は銀髪のイケメンだけど、同じ銀髪だったらせっちゃんのが美形だと思うのに、どうして皆、男ってだけでちやほやするんだろう?


 同じことを考えていたのか、初日からハーレム状態の清泉に舌打ちするせっちゃんと目が合った。


「はは! せっちゃん、今日一緒に帰ろ! オリエン初日だから部活もないんだ」


「うん。あたしも今日はなんだか巳散と帰りたい気分だった。また同じクラスになれて嬉しい」


 いつも通り、手を繋いで帰ろうとすると、背後から誰かに呼び止められる。


「あの……!」


 振り返ると、そこに立っていたのは黒髪を肩くらいまでさっぱりとおろした三春ちゃんが立っていた。

 思わず、「わぁ……!」と感嘆の声がでる。


「前髪切ったんだ! 似合う! 超似合う! 新鮮なあどけなさが前面に出てる! すごくいいと思う!」


 手をぎゅっと握って飛び跳ねると、三春ちゃんは照れくさそうに「へへ」と笑った。


「前髪切ってから、視界が開けたっていうか、前向きになれたっていうか。周りとか家族からの評判も良くて。桜庭さんには、お礼言いたくて……」


「お礼なんていいよ! また同じクラスだね、よろしく三春ちゃん!」


「うん、よろしく……あ。でさ、こないだオススメした本、どうだった?」


「ああ、あの本ね? 私にはちょーっと刺激が強かったけど、濡れ場の多い同性ラブコメだと思えば。内容はなんとも言えずやきもきしたというか、『早く告っちまえよ』ってずっと言いたかったっていうか……!」


「そうそう、そのもどかしさがたまらないの! 同性だからこそ友情を壊してまで一線を越えたくないというあの葛藤……!」


(あ~……なんか前に、菜々子ちゃんにも同じような恋愛相談された気が……)


 あのふたり、結局どうなったんだろう?

 同性同士の友情って、一線を超える越えないくらいで壊れてしまうものなのかな?

 そこまで気にする必要ないんじゃないか、って、私は思っちゃうんだけど。


(だったらなんで、私はせっちゃんと一線を越えないでいるんだろう……)


 私が三春ちゃんに返そうと思っていた本をひったくって読んでいたせっちゃんは「うわ、エロ!」とか楽しそうに笑っている。


 友達としては好き。じゃあ、恋人としては……?


 私は、せっちゃんのことどういう風に『好き』なんだろう?


 なんて、らしくもなくセンチメンタルなことを考えていたのに。

 三春ちゃんが唐突に「ねぇ。忍野と葵ならどっちが攻めだと思う?」とか真顔で聞くから。色々考えるのがバカらしくなって、一緒になって笑ってしまったよ。





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