第4話 照れくさい
2009.4
いつものラーメン屋。
いつもの席で、
いつものラーメン。
「大将に挨拶しなきゃなあ」
引っ越しをする前日、父親に連れられてラーメン屋に来た。
「らっしゃい」
「大将ー!お待たせしました」
「おぉー来たな。
史ちゃん。今日もメンマ食うか?」
無言でうなずく俺をみて爺さんはニカっと笑った。
いつも通りの席に通された。
「中華そばとお子様中華そば。両方メンマ多め!」
「あいよ。いつものね」
「史斗。大将のラーメンしばらく食えなくなるぞ。
腹いっぱい食えよ!」
「うん。」
「それから…」
父親は続けた。
・・ ・・
「いつも通り、アレだぞ、アレ!」
「分かったよ。」
そんな会話をしているうちにラーメンが来た。
気のせいか、いつもより大盛りだ。
食べようとしたとき、俺は箸を落とした。
「あっ。」
見事に飛んで行った箸は隣の席の人の足元に滑って行った。
未使用だったとはいえ、少し靴に当たる。
「すーいません…」
父親が謝りながら手を伸ばす。
「ごめんなさい」
俺も続けた。
母親と、俺と同じくらいの女の子が座っていた。
箸は、母親の足元にあった。
「あー!いえいえ!全然大丈夫ですよ!
もう一膳頂かないと!」
「いやーすみません、失礼しました
大将ー!ごめん史斗が箸落とした!」
「あいよー今持ってくねー」
子供用の箸は卓上にはなかった。
女の子が俺を見てくる。
「…メンマ…」
俺を見ていたのではなく、俺のたっぷりメンマが乗ったラーメンを見ていたのだ。
「ちょっと、柚南(ゆな)!
すみません、この子もメンマが好きなんです(笑)
大盛りにされたんですか?」
「はい。恥ずかしながら父親の私もメンマが大好きで、
ついついこの子の分も多めに頼んでしまうんです(笑)」
「そうだったんですね!
次からそう頼もうよ、柚南!」
女の子は嬉しそうに笑った。
「はいよーお箸お待たせ。
あと、ほいよ。」
大将は、女の子に別皿に盛られたメンマを差し出した。
「サービス。お嬢ちゃんもメンマ好きなんか。
いつも来てくれてありがとうね」
「…わぁ!ありがとうおじさん!」
「まぁ…すみません…!お代は払わせてください!」
「いやぁいいんだよ。この坊やもね、うちのメンマが好きって言ってくれてね。
いつも大盛りにするんだよ。
うちのラーメンは、麺よりメンマのほうが子供に評判いいな。はっはっは。」
「大将、やりますなぁ」
父親が笑う。
「ゆっくりしてってや。」
「ありがとー!」
女の子に視線を移すと、嬉しそうにメンマをほお張っていた。
「なんかすみませんでした、ありがとうございます」
「いいえ、僕は何も。
史、お前いいことしたな」
偶然が重なり、
女の子が食べたいものがサービスされたなら箸を落としてよかったのかと思ったが
俺はなんだかこっぱずかしく、黙ってうなずいた。
「うちの子と、同じくらいですかね。お子さん。
この春で3年生になるんです。」
「お!偶然ですね。うちも一緒です!」
「まぁ!もしかして同じ小学校なのかしら?」
「いまは古西小ですが、明日地方に引っ越すんです。」
「お隣の小学校でしたね。せっかく仲良くなれるかと思ったけど
残念だったわね柚南。」
女の子は不思議そうに俺を見た。
「…またね。」
と女の子は言った。
その言葉に両親たちは少しびっくりした顔をしていたが、
ははは、と笑いあいそれぞれの食事に戻った。
しばらくして、隣の親子は軽く会釈して店を出て行った。
帰り際、柚南と呼ばれたその子は俺に手を振った。
俺も、少し戸惑いながら振り返した。
父親も、その子の母もそれには気付いていなかった。
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