第3話 知りたかったこと

1998.10

俺は東京で生まれた。

椚木 史斗(くぬぎ あやと)。

小3の頃長野に引っ越したが、大学で東京に戻り

今は、前に住んでいた家の近くでのアパートで一人暮らしをしている。

椚家は、父親と母親と俺の3人。兄弟はいない。


父と母は、同じ会社で出会った。


母の葉(よう)は、絵にかいたような仕事人で若い時からバリバリ働くキャリアウーマンだったと父が教えてくれた。俺が生まれてからもすぐに仕事に復帰した。

人一倍気が強く、子供相手の俺に容赦なく難しい言葉を並べて会話するような、

少し変わった母だった。


そんな母を射止めた父はいたって適当な人間だった。

何かしては、母にあぁでもない、こうでもないと言われてそのたび

「葉ちゃん、ごめんねぇ。」と謝る姿が昔から定番だった。

母は言い方が強い分、当時の同僚にも距離を置かれていたそうだ。

人間関係がうまくいかなくても、仕事だけは自分を認めてくれた、と。

そんな母の懐に、ずけずけと入り込んだのが能天気な父だった。


母のいる部署に、後から入り初日は頭にはちまきをまいて出社したそうだ。

「なんではちまき?」

とあきれる母に、

「気合をいれています!」

と何とも馬鹿らしい返事をしたのが父だった。


それが2人の出会い。


そして、俺は知りたかったことを知る日が来る。




2009.1


小2の冬、学校から帰ったら母は真剣な顔をしていた。

珍しく、俺の前に正座をして


「史、ちょっといいかな」


と言った。

幼いながら、何か大事なことを言われると察し、俺はランドセルを置き

母の前に正座をした。


「史、ごめんね。

 3年生になるこの4月に、引っ越しする。

 学校、変わるの。ごめんね。」


「…いいよ。」

よくわからなかったが、

とりあえずした返事だった。


俺を見て、母は続けた。


「お母さんね、お母さんのお母さんと喧嘩しちゃっていたでしょ。

お父さんとも。もうこの先ずっと仲直りできなさそうなの。

史のおばあちゃんとおじいちゃんのこと、

今まではなさなくてごめんね。」


「もう近くにいたくないの。史にも会わせられなくて、…

 お母さん自分勝手なこと言って、本当にごめんね。」


「お母さん。」


涙を流していた。

母の涙を見たのは初めてだった。


「いいよ、お母さん。」


そのあと母が話してくれたこと。

母は、ずっと両親と将来のことで揉めていた。

バリバリ働ける社会で生きていくことを目指していた母に、

家業を継いでくれという、ありきたりな話だった。

実家が何の店なのか、母はそれだけは話したがらなかった。


だから俺は母方のお爺さん、お婆さんに会った記憶がない。

22年経った今も。この先会うことはないだろう。

ずっと知りたかった。なぜ会わないのか、なぜ会えないのか。

母の口からそれを聞いた時、小学2年生の自分には思っていたよりピンと来なくて

大きな喧嘩をしてしまったんだな、くらいに思った。

でも、強気な母の少し弱った一面を見て、もうこの話題はやめようと思った。


この日以来、母とは一切この話題を口にしていない。


父方の祖母、祖父には遊んでもらっていたからか、

寂しいという思いは不思議となかった。


こうして俺は、生まれ育った東京を離れ

父親の地元である長野へと引っ越すことになる。







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