第26話 不器用男子の生態
次の日、国王陛下やベルンハルトやレオンハルトと一緒に、俺もアルタイル国の客人の見送りに同席した。またしても『またね、ルーク』とシーナ嬢に頬にキスをされた。
俺は笑顔で見送るとレオンハルトと共に今日の仕事をするために、執務室に戻ることになった。
カツカツ。
周囲に俺たちの靴の音が響いていた。
レオンハルトと一緒に、執務室に戻っているはずなのに、なんだか道が違う気がした。
「あの……この道で合っていますか?」
お城の中は、迷路のようなので迷ってしまったのかもしれない。
そう思ってレオンハルトに尋ねると、レオンハルトは俺の手を取りながら俺の顔を見ようともせずに答えた。
「合っている」
「そう……ですか」
レオンハルトが合っているというのなら、合っているのだろう。そう思ってついて行っていたのだが、やはりこの方向ではないように思う。
ここは、城の外れの方だ。
「レオンハルト殿下。やっぱり、こっちじゃないですよ」
「……」
レオンハルトは、何も言わない。
近道ということなのだろうか?
すると、明らかに人の住む場所ではない。石で囲まれた建物が見えた。
「着いた」
そう言ってレオンハルトは、俺の手を離した。
「え?」
俺は思わず建物を見上げた。レオンハルトが兵士を見ると、兵士はガチャガチャとカギを開け、ギギギと重厚な木の扉を開けた。
「どうぞ」
「ああ」
ここは、ヤバい。
絶対に近づいてはいけない。
直感でそう思った。
だが、レオンハルトは、どんどん中に入って行く。
「レオンハルト殿下?」
俺が入口から名前を呼ぶとレオンハルトが声を上げた。
「早く来い」
「え?」
レオンハルトの切なそうな苦しそうな声に俺まで胸が苦しくなる。気が付くと俺もレオンハルトを追って、その建物の中に入ることにした。
「あの……扉はこのまま開けておいてください」
「かしこまりました」
俺は、扉の前の兵士にそう言付けると建物内に入った。
入ってすぐに石でできた長い階段があり、俺はレオンハルトを追うようにゆっくりと下って行った。
「ここは……」
俺はこの場所を見た途端に凍りついた。
理由……俺はこの場所を知っていたからだ。
そう――ここは高位貴族専用の独房。
随分と昔のことなのですっかり忘れていたが、ここは昔読んだ漫画でルークがレオンハルトに毒杯を飲まされた場所だ。
俺は兄の邪魔をして令嬢に不埒なことを働いてもいない。善良に過ごしていたはずだ。
それなのに……!!
なぜ、俺はレオンハルトに牢に連れて来られたのか、全く身に覚えがない。
いくら考えても俺が牢に連れて来られた理由がわからなかった。
「……っ……どうして?」
思わず呟くとレオンハルトが、苦しそうに牢の柵に手を触れながら言った。
「ルークを捕らえたい」
「……は?」
俺はその場から一歩、後退った。
え?
何言ってるの??
俺は意味がわからなくて、レオンハルトを見つめた。
「ルークをずっと私の元に、捕らえることができるのなら……」
これは……ヤバい!!
俺は次の瞬間、その場から全力で逃げ出した。
レオンハルトの方は振り向かずに一心不乱に逃げた。牢の階段を全力で一気に登ると出口が見えた。
俺はそこから外に飛び出した。
「はぁ、はぁ、はぁ」
階段を全力で登ったのでかなり息が苦しい。
「待て~~~ルーク!!」
するとレオンハルトが必死に追いかけて来た。
「ひぇ~~~レオンハルトでんかぁ~~~落ち着いて下さい~~~牢はイヤです~~~そもそも監禁とかお断りです~~~~」
俺はレオンハルトを見るなり、全力で逃げながら叫んでいた。すると後ろからレオンハルトの必死な声が聞こえた。
「ルークを……逃がしたくないのだ!!」
俺はそれを聞いて、必死で叫んでいた。
「そんなことしなくても、逃げませんよ~~~~~~とにかく、止まってぇ~~~~」
俺は必死に走りながら逃げた。
「逃げるに決まってる!!」
レオンハルトも鬼のような形相で俺を追いかけて来た。
怖い!!
怖い!!!
怖~~~い!!!
「逃げないって、言ってるでしょ~~~~、も~~~止まってぇ~~」
必死に叫ぶとレオンハルトも大きな声で叫んでいた。
「現に逃げているだろう!!」
「そりゃ逃げますってぇ~~~牢はイヤに決まってるでしょ~~~~~とにかく、止まってぇ~~~~」
こうしてすでに国での成人を迎え、18歳の立派な大人になった俺とレオンハルトの本気の鬼ごっこが幕を開けたのだった。
俺は久しぶりに何も考えずにひたすらレオンハルトから逃げたのだった。
◆
「捕ま……えた!!」
「うわぁ~~~」
とうとうレオンハルトに背中から抱き込まれてしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
「はぁ、はぁ、はぁ」
レオンハルトの息が耳にかかる。
汗で濡れたレオンハルトの体温がいつもより高い。
これだけ本気で走ったのはいつぶりだろうか?
久しぶりに全力で走ったので、なかなか息が戻らない。
耳元で「はぁ、はぁ」というレオンハルトの声と息を感じていつもより早い心臓の音をダイレクトに感じて、レオンハルトの熱を感じているとレオンハルトが息を整えながら言った。
「はぁ、これほど……本気で走ったのは、久しぶりだ。……ふふふ、やはりいいな、走った後のお前を抱きしめるのは……だが、まさかこの歳になって、おまえと鬼ごっこをすることになるとは思わなかったぞ」
俺も息を整えながら言った。
「レオンハルト殿下が、牢なんかに入れようと……はぁ、はぁ……するからでしょ?」
そう言うとレオンハルトが耳元でつらそうに言った。
「アルタイル国の令嬢と楽し気に話すのを見て……。ルークを……どうしても、離したくないと思ったんだ」
レオンハルトに苦しいくらいに抱きしめられながらそう言われて言葉を失った。
俺を離したくない?
これまで俺と婚約破棄をするために、側にいてくれたのではないのか?
もしかして、最近の俺の側近としての働きが惜しくなったのだろうか?
そうだ……。
そうとしか思えない……。
「側近としてずっと側にいろということですか?」
目の裏側が痛い。
涙が流れそうだ。
俺のことを、どんな手を使っても、手放すと言ったくせに。
側近として、使えそうだからって、近くで便利な駒のようにしたいということなのか?
「……側にいろ」
レオンハルトが低い声で呟いた。
「くっ!!」
勝手に涙が流れた。
俺の気も知らないで!!
レオンハルトが、可愛い令嬢と幸せになれるようにって何も考えないように努力してきたのに!!
ギリッと奥歯を噛んだ瞬間、レオンハルトが泣いているかのような声で言った。
「一生私の側にいろ!! 他国の令嬢になど渡せるか!!」
そう言うと、レオンハルトは、俺の首筋に顔を埋めた。
「レオンハルト……殿下?!」
レオンハルトは、俺を抱きしめながら叫んだ。
「私が牢に閉じ込めてでも失いたくないと思うのはお前だけだ!! 触れたいと思うのも、キスがしたいと思うのも……お前だけだ……なぜ、そんなことを聞くのだ?! なぜ、伝わらない!! もう、何年も前から私はルークと離れたくないと思っている!!」
「はぁ~~~?」
俺はそう声を上げると、急いでレオンハルトの方を見て、レオンハルトの頬を両手ではさみながら叫んでいた。
「そんなこと、初めて聞きましたけど?!」
レオンハルトは、涙目で俺を睨みながら言った。
「言わなくても、態度でわかるだろう?!」
レオンハルトも負けずと、俺の頬を両手ではさみながら言った。
「そんなの言わなきゃわかんないですよ?! いつもと全く変わらない様子だったじゃないですか?」
「いつも好きだと態度に出していただろう?!」
え?
そんなの、全然……。
「そんなの……わかりませんよ……」
俺が目を逸らすと、レオンハルトに切々とした声で名前を呼ばれた。
「ルーク」
「……レオンハルト……殿下?」
レオンハルトは俺を真剣な顔で見つめながら言った。
「側にいろ。他国になど行くな。ルーク――私の側にいてくれ……」
そんなの……。
俺に側にいろって……。
そんなことになったら……。
「そんな……それじゃあ、レオンハルト殿下、一生女の子とイチャイチャできませんよ」
「いい」
「女の子の柔らかい胸とか触れないし、今後一生女の子とできないってことですよ?!」
「いい」
「俺――男ですよ?」
「いいと言っている!! 側にいろ、一生。私から離れるな!!」
紫色の瞳が美しく輝いていて、吸い込まれそうだった。――もう、俺の答えなど、とっくの昔に決まっている。俺は、この美しくて寂しげな瞳に捕まってしまった。
レオンハルトをじっと見つめると自然と口角が上がっていた。
「はい、側にいます」
返事をした途端、レオンハルトに頬を引き寄せられた。
俺はレオンハルトの頬に当てていた手を、レオンハルトの頬から首に回した。
レオンハルトの柔らかな唇が俺の唇に触れた。
唇と唇が溶けあい感覚に、身体も心も鷲掴みされたような感覚に落ちていく。心から満たされるれて、俺はただレオンハルトの柔らかな唇の感触に溺れた。
なんだ――俺、とっくに捕まってレオンハルトの腕の中に居たんだ……。
一度、唇を離すと、俺はレオンハルトを見ながら「くすくす」と笑った。
「なぜ、笑っている?」
レオンハルトは幸せそうに目を細めながら尋ねた。
「いえ、どうして気づかなかったのかな、って。……確かにレオンハルト殿下、俺のこと――離す気なさそう……ですよね」
レオンハルトは何も言わずに目を細めると、また俺に唇をつけた後に呟いた。
「そうだ――絶対に逃げられると思うなよ? ――逃げたとしても捕まえる」
物騒なセリフと優し気で甘やかな表情がまるで合ってない。
さらにレオンハルトから与えられるキスも優しい。
――逃げませんよ……。
キスに溶けてその言葉は口に出来なかった。
俺は柔らかくて、あたたかいレオンハルトの唇を夢中で感じたのだった。
【完】
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