第25話 いよいよ巡ってきたチャンス!
各国へのあいさつ回りが終わると、俺たちは17歳になっており、18歳が近づいていた。
初めての顔合わせが終われば、後は書類でのやり取りだったり、必要な時に出向いたり、迎えたりするだけなので少しだけ落ち落ち着き、卒業課題の最後の調整を終え、俺たちは18歳になった。
完全なる根回しをして綿密に作られた俺たちの卒業課題は無事に議会を通過し、ヴェステンエッケ地区改善計画が動き出すことになった。
「これで、ようやく子供たちを助けられますね」
書類を見ながらレオンハルトを見ると、レオンハルトが綺麗な顔で笑った。
「そうだな……よかった」
それから俺たちはヴェステンエッケ地区改善のために公式に動けることになったのだった。
◆
レオンハルトの外交の手腕の評判もよく、今日はこの国に外国の要人を招いての夜会が行われていた。
「我が国は、皆様を歓迎致します。どうぞ、ゆっくりとお楽しみ下さい」
今回はアルタイル国の国王陛下直々の訪問なので、外交担当のレオンハルトがメイン対応ではなく、国王陛下や王太子のベルンハルトがメインとなる。レオンハルトや俺も外交担当なので、当然出席している。今日はレオンハルトは、国王陛下の隣について、交渉補佐兼、通訳をすることになっている。
俺もアルタイル国の言葉が話せるので、来賓の対応を任されていた。
王太子のベルンハルトのあいさつが終わると夜会が始まった。外交補佐のフロード公爵である俺の父や、フロード公爵代理である兄のイザークもこの会に出席していた。
友好国となったばかりのアルタイル国の国王陛下の歓迎する夜会とあって、この国の侯爵クラス以上の貴族は全て呼ばれたようだった。
アルタイル国も、公爵家と侯爵2家が同行してのかなり大掛かりな訪問だ。
アルタイル国の言葉が話せる俺はフロード公爵つまり父と、あちらのアルタイル国の公爵の話の通訳をしたり、王太子ベルンハルトとアルタイル国の公爵との通訳をしたりと大忙しだ。
一応通訳も数名いるはずなので、俺は困っていそうな場所にヘルプに入るというまさに都合のいい男。痒いところに手が届く、模範的なモブキャラ男子としての役目を全力で担っていた。
「ふぅ~」
『ご苦労様』
一通り通訳も終わって飲み物でも口にしようと思っていると、アルタイル国の言葉で話しかけられた。
振り向くと、そこにはアルタイル国の公爵令嬢のシーナ嬢が優雅に立っていた。
『これは、シーナ様。お声がけくださり光栄です』
俺はアルタイル国のマナーを思い出して、ゆっくりと頭を下げながらシーナ嬢にあいさつをした。アルタイル国は、あまり初対面の男女の接触を好まないので手を取ってのキスやハグや頬のキスは絶対に避けなければならない。
『あなた言葉だけではなく、文化も知っているの?』
『基本的なことだけです』
『それで、十分よ。さっきから、手にキスをされたり、ハグされたり、不快極まりないわ』
この国では令嬢にあいさつをするときは、手にキスをしたりハグをしたり頬にキスをするのは普通のことなのだ。
『それは、大変申し訳ございません』
『ふふふ、あなたが悪いわけじゃないでしょ? それなのに随分と謙虚なのね、とても好感がもてるわ』
俺は元日本人なので、どちらかというとアルタイル国のように初対面の人とは頭を下げてあいさつをするほうがしっくりくるし、初対面でキスやハグをされるのは抵抗があるので気持ちがよくわかる。
シーナ嬢が、すっと手を差し出した。これはダンスのお誘いだ。すぐに受ける必要がある。俺は、シーナ嬢の手を取った。
『私がお相手でよろしいのですか?』
念のために確認するとシーナ嬢が柔らかく微笑みながら言った。
『あなたがいいのよ』
『光栄です』
俺にとっては初めてのレオンハルトとダンスの先生以外の相手とダンスだった。それなのに……。流れてきた音楽に俺は思わずシーナ嬢を見た。
『あら? この曲……あなた踊れるの?』
この国の夜会のダンスというのはずっと同じ曲が流れているわけではなく、初心者やダンスが苦手な人でもダンスを楽しめる曲や男女が仲を深めるための曲や、少しステップの難しいダンスを皆に披露するという曲など参加者のレベルに合わせて楽しめるようになっている。
そして、よりにもよって俺とシーナ嬢が踊ることになったのは、難易度の高い曲だった。
『はい。恐らく……次の曲にしましょうか?』
ゲストのシーナ嬢に恥をかかせるのは問題なので俺が恐る恐る尋ねるとシーナ嬢は、ニヤリと笑った。
『ふふふ、最高だわ。私の国じゃ難しいステップの曲を夜会で流すなんてことはないの。簡単なダンスだけ。悪いけど踊れるのなら相手をして? 私、ダンス得意なの』
俺は困ったように笑いながら答えた。
『では……よろしくお願い致します』
こうして俺はみんなに注目されるなか、シーナ嬢を引き立てるために、真剣にダンスをしたのだった。
◆
ダンスが終わった後、俺はシーナ嬢に手を引かれて2人でテラスに出た。夜風が心地いいし、今日は星もキレイに見える。
『はぁ~~、最高だったわ。あなた、名前は?』
シーナ嬢が色気のある瞳で尋ねてきた。
『ルーク・フロードと申します』
『そう、ルーク。今日は楽しかったわ。こんなに夜会が楽しいと思ったのは初めてよ』
『光栄です』
俺が微笑むと、シーナ嬢が「ふふふ」と笑いながら言った。
『本当に紳士的なのね、ルーク。あなたと一緒にいるのは心地いいわ』
え?
シーナ嬢が、俺の腕に腕をからめてきた。
しかも、頭を俺の肩にくっつけてきているのですが?
どうしよう!!
こんな時どうすればいいの?
これって、浮気?
俺、婚約者いる!!
まずいよね?!
浮気だよね?!
そう思ってレオンハルトの顔を思い浮かべた途端に心が軋んだ。
レオンハルトは、本心では俺がシーナ嬢と仲良くなることを望んでいるのだ。シーナ嬢は、アルタイル国の公爵令嬢だ。まさに理想の結婚相手だ。
俺は所詮レオンハルトにとっては、自分が令嬢と結婚するために一緒にいるにすぎない存在だ。
俺がシーナ嬢と浮気をしたところで喜ぶことはあっても、怒ったり、悲しむことなんてない……。
なぜだろう、そう思うと胸が痛んだ。
『こちらにおいででしたか……そろそろ夜会がおわります。公爵がお探しです』
良く知っている声が聞こえて振り向くとレオンハルトが立っていた。レオンハルトが登場したのなら、シーナ嬢だってレオンハルトに夢中になるはずだ。これまで、ずっとそうだった。
モブキャラの俺が、レオンハルトの登場で、女性の視界に入ることなどない。
でも――なぜだろう?
いつもは少し悲しいはずなのに、今日はシーナ嬢がレオンハルトに夢中になってくれることにほっとしていた。
シーナ嬢は「そう」と答えると俺の腕から離れた。
よかった。やっぱりレオンハルトを見て俺に興味を持つはずなんてな……。
チュッ。
頬に柔らかいものが触れた。
え?
どうやら俺は頬にキスをされたようだった。驚いてキスをされた方の頬を押さえながらシーナ嬢を見ると、シーナ嬢は目を細めて笑った。
『ふふふ、ルークって、本当に可愛いわ。ありがとう、今日は楽しかったわ。あなたにはまた会いたいわ。アルタイル国に来ることがあったら、私を訪ねていらっしゃい』
『……光栄です』
俺が頭を下げると、シーナ嬢は片目を閉じて会場の中に戻って行った。レオンハルトは何も言わずに、じっと俺を見ていた。
紫の瞳がゆらゆらと揺れていた。
怒っている?
悲しんでいる?
それとも――喜んでいる?
俺には瞳だけではレオンハルトの気持ちはわからなかった。レオンハルトはじっと見つめた後、何も言わずに背を向けて会場に戻って行った。
その日は、レオンハルトと一度も話をすることもなく兄と一緒に、屋敷に戻ったのだった。
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