第23話 デストピア改善計画


 驚いた俺を見ながらレオンハルトは、ゆっくりと口を開いた。


「私が初めて視察に行った時、一番大きな組織のリーダーを捕らえた。それがミルカだった」

「え? 捕らえた?!」


 俺が驚いて大きな声を出すと、ミルカが珍しく声を出して笑った。


「ふふふ。はい。捕らえられました。私も当時は、腕に覚えがあったのですがお城の騎士、数十人相手では全く歯が立ちませんでした」


「騎士が数十人……それは……うん。無理だね。え~それから、どうなったの?」

「ミルカを、私の元で働かせることにした」

「はい………え?」


 なんの脈絡もなくない??

 何がどうなったら、捕らえた相手を雇うことになるのかなぁ~?


 俺が首をひねっているとミルカが口を開いた。


「あの頃の私は、レオンハルト殿下の深遠な意図が少しも理解できませんでしたが、今にして思えば、レオンハルト様の御慧眼に感謝しかありません」


 なんだろう……言葉の裏に『腹黒王子のせいで苦労した』という意図が、隠されている気がするのは俺の邪推だろうか?


「へ……へぇ、そうなんだ……」


 俺ミルカの隠された意図には、気付かなかったことにして話を整理してみた。

 親に捨てられた幼い子供は、一人では生きて行けずに組織を作った。そしてレオンハルトが、初めて視察に訪れた時、その中で一番大きな組織を率いていたのがミルカとシバだったらしい。


 そして、そのリーダーを捕らえ、自分の手元に置いた??

 ちょっと……レオンハルトさん……怖いもの知らず過ぎない??

 

 俺がハラハラしながらレオンハルトを見ているとミルカが口を開いた。


「レオンハルト殿下のおかげで私たちの仲間は犯罪から抜け出せましたが、あの地区に住む者全てという訳にはいきません……」


「そうだな……」


 ミルカの言葉にレオンハルトも頷きながら言った。元々は、子供たちが生きるために作り上げた犯罪組織。そして、その組織のリーダーであるミルカは、レオンハルトの元に働きに出ることで給与を得ている。それでかつての仲間を養い、仲間の命を救い、犯罪からも足を洗わせたと。

 なんだか……考えてみると――すげぇ、システムだな!!

 全ては、レオンハルトの手の中?


「つまりレオンハルト殿下が、ミルカを雇うことでミルカの仲間は、犯罪に手を染めることなく暮らしているわけですね」

「そうですね。全てはレオンハルト殿下のおかげです」


 ミルカが頷きながら言った。


「子供を捨てないように見張ることもできないし。それに私に何かこれ以上、できるわけでもない。これが私の限界だと感じている……がな」


 確かに第二王子であるレオンハルトができることは少ないだろう。だが、それは俺も同じだ。それが今の俺たち第二王子と、公爵家の次男という立場だ。


 ガタン!!

 ヒヒヒ~~~ン!!


「わぁ!!」


 突然、馬車が大きく揺れたかと思うとガタンと傾いた。どうやら、前方左の車輪がぬかるみにハマったようだ。少し驚いたがここに来る途中に何度もぬかるみにハマったのでもう慣れた。


「レオンハルト殿下、ルーク様、少々お待ちください」


 騎士が外から声をかけてくれた。どうやら、タイヤをぬかるみから引き抜く作業をしてくれているようだ。


「大変ですね」

「ああ」


 レオンハルトの声を聞いて、突然、兄との会話が浮かんできた。


『――というわけだ! ベルンハルト殿下は画期的なことをお考えだろう?』

『へぇ~~そうなのですね。私は、外に出たことがないので、よくわかりませんが』

『ああ、では、ルーク。今度、兄様と一緒に町に行こう!!』

『はい』


 俺は、ふと先日した兄との会話を思い出した。

 あの時は王都の路面状況を知らなかったのでなんとも思わなかったが、自分で体験してみると兄があれほど感動していた意味がわかる気がする。


 さすが次期国王のベルンハルトの……。


「ああああ~~~!!」


 俺はいいことを思いついて声を上げた。


「ルーク! なんだ。突然、大声を上げるな。また尻でも打ったのか? 見せてみろ」


 レオンハルトが、俺の腰に添えた手をお尻に滑らせたので、俺は慌ててレオンハルトの手を止めながら言った。


「……ひゃっ……違いますよ!! お尻は無事です。そうじゃなくて、俺、いいこと思いつきました」

「いいこと? 私の膝に座るとでも言い出すのか? 構わないぞ、来いルーク」


 レオンハルトが、自分の膝をポンポンと叩きながら言った。


「違・い・ま・す!! レオンハルト殿下。確か、貴族学院に在学している間は『学生特別措置』に守られますよね? 学生が自由な発想で、この国の問題と向き合い解決することが認められる……『貴族学院卒業課題』……あれ使えませんか?」


 『学生特別措置』とは、力を持たない若者の意見を上が潰してしまわないように保護して、常に国に新しい考えや、技術をもたらすための仕組みだ。そして『貴族学院卒業課題』とは、この国を良くするために学生自らが問題を提起し、解決策を講じ実行する。そしてこれらは内容によっては議会を通す必要もあるので、爵位によって実行できることが変わってくるのだ。この『貴族学院卒業課題』には、かなりの予算が取ってあるらしい。


「……ルーク。お前、何を考えている?」


 レオンハルトが眉を寄せながら言った。


「ですからレオンハルト殿下と俺の共同研究課題、このヴェステンエッケ地区の荒廃を改善にしましょうよ」

「な!! 規模が大きすぎる! いくら王家の私と公爵家のルークと言えども学生の私たちに許可など……」

「ふふふ。だから、お兄様と、ベルンハルト殿下にも協力してもらいましょうよ。実は、お兄様の卒業課題のテーマが『貴族の慈善事業の見直し』でベルンハルト殿下のテーマが『王都の道路整備』なのです。さらにお兄様の課題の問題点が、慈善事業を促す事業の提案を何にするか。そしてベルンハルト殿下の問題点が労働力の不足」

「ルーク……お前、兄上たちの卒業課題の研究テーマを知っているのか?」

「はい。俺は、お兄様と毎日のように情報交換をしていますから。お兄様のテーマ『貴族の慈善事業の見直し』の事業の中に、親を無くしたこどもたちへの継続的な支援を入れてもらいます。そして、ベルンハルト殿下のテーマ『王都の道路整備』の 労働力の不足を解消するために、ヴェステンエッケ地区にいる働ける年齢の人を雇ってもらう」


 俺がじっとレオンハルトを見つめると、レオンハルトも真剣な顔で呟くように言った。


「……続けろ」

「はい。そしてレオンハルト殿下と、俺のテーマが『こどもたちのための施設開設』!! 捨てられた子供たちを大切に育てて、この国の発展に貢献してくれる大人に育てる。良い考えでしょう? 俺、お兄様を説得してみます。そしてベルンハルト殿下にも協力をお願いできるように口添えしてもらえるように頼んでみます!!次期国王と、次期フロード公爵が絡んだ事業にも繋がり、しかも『学生特別措置』で守られた『貴族学院卒業課題』をそう簡単に潰せますか?」


 俺が説明を終えると、レオンハルトが大きく目をあけて驚いた後に呟くように言った。


「ルーク……お前の柔軟な思考と、謎の行動力には頭が下がる……」

「ありがとうございます……って、褒められてますよね?」


 俺が尋ねると、レオンハルトがニヤリと笑った。


「さなぁな、だが……それなら卒業課題としては申し分ないし、何より兄上と、フロード公爵家のイサークが絡むのなら確かに潰せる者はいないな……ふふふ」


 レオンハルトも卒業課題のテーマが決まって上機嫌のようだった。屋敷に戻ったら、早速お兄様に相談しようと思っていると、レオンハルトが俺を横抱きにして、膝に乗せてギュッと抱きしめた。


 は?

 俺、レオンハルトより小さいけど、同じ歳なんだけど?!

 膝抱っこは……ない!!


「ちょっと、レオンハルト殿下!! おろして下さいって!!」

「うるさい……大人しく、抱かせろ」


 大人しく、抱かせろって……。付き合いの長い俺だから、誤解しないからいいものの……。貴族令嬢などにうっかり言ってしまったら、大問題だ。それでなくとも、もうすぐ貴族学院に入学して毎日のように多くのご令嬢に会うというのに……。


 ん?

 貴族学院に入ったら、他の令嬢にレオンハルトが『大人しく、抱かせろ』と言う……?


 なんだろう?

 レオンハルトが他の令嬢に、先ほどのセリフを言っているところを想像するとモヤモヤする。

 意味がわからないが、落ち着かない気持ちになる。

 これは、あれだ。

 きっとレオンハルトが令嬢に失礼なことをしないか、友人として心配しているからモヤモヤしてしまったのだろう。


「レオンハルト殿下……それ、俺以外に言うと色々問題になりますよ? 他の……特にご令嬢には、言わないで下さいね」


 俺が忠告すると、レオンハルトが俺の顔を見てニヤリと笑った。


「なんだ? 妬いているのか? 安心しろ、お前にしか言うつもりはない。そんなことうより、私の首に手を回せ」


 ――妬いて?

 え……妬く?

 誰が?

 もしかして、俺?


「なっ!! 妬く?!」


 自分でもおかしなほどに動揺していると、レオンハルトが俺の頭に頬をピッタリとくっつけながら言った。レオンハルトの熱を身体中に感じて、顔に熱が集まる感覚がある。


「ほら、ルーク。捕まれ、落ちるぞ?」


 至近距離で聞こえたレオンハルトの声が、先程より甘さと色気を含んでいて、俺はまるで操られているようにレオンハルトの首に腕を回した。そして、顔のすぐ近くにレオンハルトの耳が見えてなんとなくレオンハルトの耳に頬をスリスリとすりよせた。 


「ふっ。始めから、そう素直に従っていればいいものを」


 レオンハルトがお返しのように、今度は自分の頬を俺の頭にスリスリとすりよせた。


 ああ、もう!!

 さっきからレオンハルトの言っているセリフは、最低なのにどうして従っちゃうんだ?!


 本当に意味がわからない!!


 しかも一番意味がわからないのが――この状況が心地良いと思っている自分だった。


 つい先ほどまでは道はガタガタなので、馬車は揺れるし、乗り心地が悪いので早く帰りたい、と思っていたのに……。今は、レオンハルトの膝の上に乗せられて、ぬいぐるみのように抱きしめられ、慈しむように背中を優しく撫でられていると、このまま屋敷に着かないでほしいとさえ思える。

 結局、俺はその日、レオンハルトに抱きしめられながら屋敷に戻ったのだった。

 こうして俺たちは無事にヴェステンエッケ地区の視察を終わらせて、さらには卒業課題まで決まったのだった。

 貴族学院の入学式も迫っている、そんな日の出来事だった。

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