最終章 愛され男子と腹黒王子

第21話 見捨てられた地区(1)



 ガタンッ!! ガタンッ!!

 

 馬車が、ヴェステンエッケ地区と呼ばれる地域に入った途端、想像以上に揺れる! 城から公爵家までも『結構揺れるな~~』とは思っていたが、この辺りはその比ではなかった。揺れるというより馬車が跳ねる。


「うっわ~~かなり揺れますね~~~痛っ」


 馬車の揺れで、うっかりお尻を打ち付けてしまった。


「大丈夫か? 世話が焼けるな」

 

 レオンハルトが馬車の席を俺の前から、隣に移動して俺の腰を抱き寄せピッタリと密着させた。申し訳ないとは思うが、かなり揺れから解放された。


「ありがとうございます」 

「はじめてだからな、仕方ない」


 完全に足手まといなので、レオンハルトは怒っているかと思ったが、特に気にした様子はなかった。

 俺は少しほっとして、窓から地面を見た。地面は土がむき出しになっていた。先程までは石畳だったがこの辺りはそうではないようだった。

 たまに馬車の車輪が穴に入り、動かなくなるので馬車での移動は効率が悪そうだが、俺たちはそんな中を護衛騎士数十人を連れて、レオンハルトの担当地区であるヴェステンエッケ地区に向かっていたのだった。しかも今日は俺もレオンハルトも、ミルカでさえも帯刀している。ちなみに俺の剣の腕は、現役騎士の師範によると『普通』だそうだ。


 師範はもっと上達するために『ルーク様、騎士団に来て、一緒に乗馬や剣の訓練しましょう』と誘ってくれるのだが、レオンハルトが『ルークは、学院の剣術や馬術の試験に合格する程度の腕前があれば十分だ』と言って断っている。俺は、ほぼレオンハルトと一緒にいるので、俺だけが剣を習う時間はないのだ。


「ルーク。先程から、随分と剣を気にしているようだな?」


 レオンハルトに耳元で話しかけられ、俺は一瞬驚いた後に言った。


「はい。稽古以外で剣を持つのは、初めてですので」

「まぁ、ルークが剣を抜くのは最悪の事態だ。あまり気にするな」


「……はい」


 それって、他の人は抜くってことですか?!

 そう思ったが、口には出さなかった。俺は斜め前に座っているミルカを見ながら言った。

 

「ミルカも剣が使えるんだな」


 最近俺はフロード公爵家の執事たちと『モテる男になろうの会』略して『モテ男会』のことでよく話をする。その中の雑談で、執事志望の者は乗馬を習う者はいるが、剣はほとんど習わないという話を聞いたのだ。だから剣まで習っているミルカは、さすがだと思った。

 俺の言葉に、ルカは平然と答えた。


「はい。レオンハルト殿下の執事になるまでは、剣だけで生きていましたので」

「剣だけ? あ、もしかして騎士家系の出身なのか?」


 俺の問いかけにミルカが少し困ったように答えた。


「いえ、私の出身はこれから行くヴェステンエッケ地区です。私は7年前まで、そこで暮らしていました」

「え?! そうなの? 俺、てっきりミルカはどこかの貴族かと思った!!」


 他の貴族の家の執事は平民出身の者も多いらしいが、フロード公爵家の執事はほとんどが貴族出身だ。なんでも高位貴族の家の執事は、貴族の出身も多いのだとか。だから、王族であるレオンハルトの執事のミルカはてっきり貴族出身だと思っていたのだ。それにミルカはどこか品格あり、レオンハルトの専属執事として相応しいと常々思っていたので、貴族出身でないというのは意外だった。


「貴族どころか……親には捨てられ、生きていることが奇跡だと思えるほどの酷い生活をしていましたよ」


 え? じゃあ、どうしてレオンハルト殿下の執事になったんだ?

 こんなことを言っては問題かもしれないが、執事というのはある程度コネも大切らしい。

 レオンハルトの執事など、かなりのコネがなければ出来ないのではないだろうか?


 そう思ったが、それを口に出して聞いてもいいものか、迷ってしまった。俺が、チラリとレオンハルトを見ると、レオンハルトが盛大に溜息をついた。


「なんだ? 聞きたいことがあるのなら聞けばいいだろう? ミルカとてルークに話をするのは、不快だ、というわけでもないだろう。今更、そんな意味のない遠慮をするな」


 俺がミルカの方を見ると、ミルカが困ったように作り笑いをしながら口を開いた。


「レオンハルト殿下が初めてヴェステンエッケ地区に、視察いらした時に……脅し……ゴホン。交換条件……ゴホン。レオンハルト殿下のご厚意で、働かせてもらえることになったのです」


 今、『脅し』とか、『交換条件』を『ご厚意』に言い換えたよね? 

 何があったの??

 知りたいけど、怖いんですけど!!


 ミルカはまだ聞いてもいないのに、俺の聞きたかった質問に的確に答えてくれた。


「なんか、ごめん……ミルカ。でも、どうして俺の質問がわかったんだ??」

「むしろ、わからないと思えるのが不思議だ……」


 レオンハルトが、呆れたように声を上げた。俺は心が読まれて、戸惑いながらもミルカに向かって言った。


「でもそうか……突然働くことになったんだな……じゃあ、随分と大変だったんじゃないか? マナーとか、所作とか他にもたくさん学ぶこと多いだろ?」

「そうですね……たくさん学ばせて頂きました」


 ミルカはなんでもないように笑っているが、執事になるための勉強は大変だと聞いたことがある。幼い頃からマナーを教わっていた貴族出身の執事が、大変だったというのだ。平民だったミルカが、全てを覚えるは大変だったのだろう。

 だが……いきなり、ミルカを雇うレオンハルトもかなり勇気がいるのではないだろうか?

 

「でも……よく認めてもらえましね~~」


 俺がしみじみと言うと、ミルカは苦笑いをしてレオンハルトはニヤリと笑った。


「まぁ……な」


 なんだ、それ?!

 何があったんだ?!

 怖い、怖すぎる!!

 さすが腹黒王子だ。これは、聞かない方がいいやつだな。

 でも、気になる~~~!!

 

 俺は聞きたい気持ちと、聞くのが怖い気持ちのせめぎ合いを体験することになったのだった。






「そろそろヴェステンエッケ地区に入るぞ、ルーク」


 しばらくしてレオンハルトが、少し緊張した様子で話しかけてきた。


「わかりました」


 俺はレオンハルトを見て頷くと窓の外を見た。街並みが、先程と全く変わっていた。経済の先生に、ヴェステンエッケ地区は荒んでいると、説明を受けたが想像以上だった。

 路上に子供や人が座っている。

 壁に板を立てかけて、屋根のようにして、雨や風を凌いでいるようだった。家というには、粗末すぎる。

 ――これは……酷いな。


「酷いものだろう?」


 俺が心の中で思ったことと同じことを、レオンハルトが無表情に言った。

 

「そうですね……」


 そして俺たちは寂れた教会に着いた。


 すると馬車の回りからたくさんの人の声が聞こえた。見ると馬車が取り囲まれていた。こんなに囲まれてしまっては、馬車から出れない。困った……そう思っているとミルカが俺たちに向かって言った。


「レオンハルト殿下、ルーク様、少々お待ち下さい」


 ミルカは、ゆっくりと扉を開けて、馬車を出た。


「ミルカ、大丈夫でしょうか?」

「ああ、問題ない。待っていろ」


 レオンハルトはこう言うが、随分と人が多いようだったので、不安しかない。すると、すぐに外から割れんばかりの大声が聞こえた。


「おかえり!! ミルカ!!」

「レオンハルト様ようこそ!!」


 そう言えば、ミルカはここの出身だと言っていた。なるほど、この辺りの人は知り合いだったのか……。しかも、レオンハルトもみんなに知られているようだ。

  俺たちがこの辺りの人々に、敵視されているわけではないことにほっとしていると、馬車の扉が開いた。


「レオンハルト殿下、ルーク様。もう心配いりません。知らない顔は、いないようなので襲われる心配はありませんのでどうぞ」

「ああ。では、ルーク行くぞ」

「はい」


 こうして、俺たちは無事にヴェステンエッケ地区内の教会の中に入ったのだった。

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