第20話 第二王子に与えられた仕事
お互い「おやすみ」と言い合って、ロウソクの灯りを消してベッドに入ると、部屋の中には月明かりだけになった。青白い光が白壁に反射して、室内が明るく感じる。
レオンハルトの部屋は広いのでどこか寒々しいが、今は背中に感じるレオンハルトの体温であたたかい。
「ルーク……寝たのか?」
ふと背中を向けているレオンハルトから声が聞こえた。
「いえ……」
控え目に返事をすると、レオンハルトが小さく呟くように言った。
「……ルークと過ごす時間は……嫌いではない」
「俺も……です」
そう答えるとレオンハルトの背中が離れたと思うと、今度は俺を抱き枕にするように背中を覆いながら抱きしめられた。
「そうか……」
「はい」
レオンハルトの心臓が少し早い気がする。そう思っていると、レオンハルトが小さく笑った。
「ルーク。どうした? 心臓が早いぞ?」
俺は笑いながら言った。
「それはレオンハルト殿下もでしょ?」
どうやら心臓が早くなっていたのは、俺も同じだったようだ。
「そうか、同じか……」
レオンハルトの心臓の音をもっと聞きたくて、目を閉じた。トクン、トクンと心地よい心臓の音が聞こえる。
気が付くと、俺は眠りに落ちていたのだった。
「寝たのか……私は、いつか……ルークを――手放すのだろうか……」
夢の中でレオンハルトにきつく抱きしめられて、何かを言われた気がしたが、眠りに落ちた俺には聞こえなかったのだった。
◆
スリスリ。
俺はあたたかさを感じて無意識に頭を擦りつけた。
「ふふふ、起きているのか? ルーク」
レオンハルトの声が聞こえて目を開けると、俺はレオンハルトに抱きついて寝ていた。足をレオンハルトの身体に絡ませて、手は胸の辺りを握り、さらにはレオンハルトの首に頭をスリスリとすり寄せていた。
「っわぁ~~~!! すみません!!」
「あ、おい」
俺が飛び起きようとすると、レオンハルトが咄嗟に俺の腰に腕を回した。
「あ、ごめんなさい」
どうやら俺がベッドから落ちないように支えてくれたようだ。
「ルーク~~今更、私に抱きついたり、擦り寄ったくらいで驚くな。いつものことだろう?」
抱きついたり、擦り寄ったりするのがいつものこと?
なんだか凄い問題発言を聞いたような気がするのだが……気のせいだろうか?
「レオンハルト殿下! 俺がいつもレオンハルト殿下に抱きついてるみたいな、誤解を受けるようなこと言わないで下さい」
「ここには私たちしかいない。第一ルークは私が撫でるといつも身体をすり寄せて来るのだから誤解というわけでもないだろう?」
なでなで。
スリスリ。
レオンハルトが俺の髪を撫でたり、頬を手の甲で感触を確かめるように動かしていた。
「気持ちいい~~レオンハルト殿下が……そんなことするから、条件反射みたいになるんじゃないですか……」
俺が苦言を呈すと、レオンハルトが楽しそうに目を細めた。
「なるほど、条件反射か……それはいいな……では私を見たら、擦り寄りたくなるようにするか……」
「あはは、また、冗談を……。――冗談ですよね?」
レオンハルトはニヤリと笑い、さらに俺の髪や頬や耳を撫でてきた。
ヤバい!
気持ちいい!!
気持ち良すぎる!!
「ここが気持ちいいのだろう? ふふふ、条件反射になるほど、撫でてやろう」
これ……なるかも……条件反射!!
ヤバい!!
相変わらずレオンハルトは、俺を撫でる手を止めようとはしない。
「冗談ですよね? 冗談って言って下さ~~い!! ふぁ~~気持ちいい」
それから数分後、ミルカに「レオンハルト殿下、ルーク様。遊んでいないで起きて下さい!!」と、いつか聞いたことのある言葉で起こされるまで、レオンハルトは俺を抱きしめながら、撫で続けたのだった。
◆
コンコン、コンコン。
その日の勉強が終わりソファーでお茶を飲んでいると、またしても誰かが尋ねて来た。ミルカが対応すると、今度は文官が尋ねて来た。
「レオンハルト殿下、ルーク・フロード様失礼致します」
文官はレオンハルトの前に行くと、書状を差し出した。
「国王陛下からの書簡になります。この場で返事を頂戴したく存じます」
レオンハルトは文官から書簡を受けると、中身を見てチラリと俺の方を見た。そして、文官を見ながら言った。
「拝命した、と伝えてくれ」
「賜りました。失礼致します」
文官はすぐに執務室を出て行った。レオンハルトは溜息をつくと、俺を見ながら言った。
「ルーク。明日は休みにする。私は、視察に行くことになった」
「視察? 遠いのですか?」
「いや、王都内だ」
先程までのレオンハルトと違ってどこか険しい表情だった。それに王都内の視察は、次期国王になるベルンハルトの仕事のはずだ。なぜレオンハルトに、そんな仕事が回って来るのだろうか?
「え? 王都内の視察ですか? レオンハルト殿下単独で……ですか?」
「ああ。そうだな。この場所だけは、私の担当だ」
この場所だけは?
レオンハルト引っかかる言い方に俺はさらに言葉を続けた。
「へぇ~~。王都内にレオンハルト殿下の担当地区があったんですね~~」
「……まぁな……」
レオンハルトがチラリとミルカの方を見ると、ミルカはその視線に気づいて頷いた。
「ミルカ、同行を。あと準備を頼む」
「かしこまりました」
ミルカはレオンハルトに同行するらしい。通常買い物やお茶会など、個人の用事であるのならば、執事も同行する。だが、視察などの公務に執事が同行することは、禁止されている訳ではないが非常に珍しいことだ。
さらに不思議なのはこの国では、王太子ではない王子は、人心掌握を防ぐために国外の外交担当で、国内の人間とは極力関わりを持たないという暗黙の了解がある。
それなのに、王都内にレオンハルトの担当地区があるというのはどういうことなのだろうか?
文官が話を持ってきたのなら秘密裏というわけではなく、大臣をはじめ皆が納得している公務の一環ということだ。レオンハルトが今後、外交を行うための練習ということなのだろうか?
ん~~いくら考えても、わからない。
でもミルカが同行できるのなら、側近候補の俺も同行できるのではないだろうか?
確か『側近、及びそれに準ずる者は、付き従う王族の許可がある場合に限り、公務への同行が可能』という規定があったはずだ。だからこそ俺もレオンハルトの外国での公務に同行するために、側近試験を受けるのだ。ちなみに俺は、側近候補なので『それに準ずる者』に該当する。
さらに俺はこちらの世界に来てから、公爵家と城の往復で町の様子を見たことがない。貴族学院に入学したらますます忙しくなると聞いたし、入学前に一度町を見ておきたい。
これは、もう、行くしかない!!
「レオンハルト殿下、俺も一緒に行きたいです」
「ダメだ!!」
てっきり『ああ』という緩い感じの許可が貰えると思っていたので、レオンハルトの強い否定に、驚きと同時に不安が襲ってきた。
「――なぜ、です?」
俺はレオンハルトをじっと見ながらほとんど無意識に尋ねていた。答えてくれない可能性も考えたが、レオンハルトは眉を寄せて何かを考えた後に困ったように口を開いた。
「……お前は、無駄に行動力があるからな……隠したり、誤魔化したりすると、ますます面倒なことになる気がするので説明する。ルーク……私が行くのは――ヴェステンエッケ地区なのだ」
レオンハルトが溜息を付きながら言った。
――ヴェステンエッケ地区。
確か王都の治安の悪化が問題になっていてその中心地が、王都の外れにあるヴェステンエッケ地区だったはずだ。
「え?! 危ないですよ。どうしてレオンハルト殿下が、そのような危険な場所へ?!」
犯罪率が非常に高くヴェステンエッケ地区の荒廃が原因で王都の治安が急激に悪くなっていると学んだ。
なぜ12歳の王族であるレオンハルトに、そんな危険な役目が回ってくるのかが理解できなかった。
するとレオンハルトは、さらに理解し難いことを言い放った。
「危険だから、スペアである私が行くのだ」
「……え?」
危険な場所だから、レオンハルトが行く?
「何度か行ったことはある。心配するな」
なんだよ、それ……。
危険な場所だから、レオンハルトが行くって……。
「どうしてもレオンハルト殿下が、行かなければならないのですか?」
俺は自分でも気づかないうちに席を立って、レオンハルトの執務机に両手をつきながら声を上げていた。
「ああ。王族の義務だ。国王である父上、次期国王である兄上。そして公爵家出身の母に何かあっては大問題だ。王族である誰かが行かなければならないのなら、それはスペアである私の仕事だ」
レオンハルトもまっすぐに俺を見ながら答えた。
悔しくて、泣きたくて、怒りが湧いてくる。
レオンハルトだって、王族だ。
危険だとわかっている場所に行かせることはない。
「レオンハルト殿下だって、王族でしょう? 絶対に失うわけにはいかないじゃないですか!!」
レオンハルトが無表情で俺の方に手を伸ばしたかと思ったら、俺の頬に人差し指を滑らせた。
「泣くな、ルーク」
「え?」
レオンハルトに言われるまで、俺は自分が泣いていることに気づけなかった。
俺は悔しさで顔を下げたまま言った。
「レオンハルト殿下。俺も行きます」
「だから危ないと言っているだろう?! ダメだ許可出来ない……ルークに何かあったら、私は自分を許せない」
レオンハルトの言葉を聞いて、俺も大声を上げていた。
「俺だって、レオンハルト殿下に何かあったら自分を許せません!! お願いします。盾になると、それほど大それたことは言えませんが、せめて警報機くらいの働きはしますので!!」
レオンハルトが、酷く困った顔で俺を見ていた。
「本気なのか?」
「はい」
レオンハルトの鋭い視線に負けないように、俺もレオンハルトを見つめた。
俺も行きたい。
危険な場所であるなら、レオンハルトを一人にはしたくない。
これは、絶対だ。
「レオンハルト殿下。俺、あなたの側近候補でしょ? どんな時でもあなたの側にいさせて下さい……」
レオンハルトが、目を大きく開けた後に眉を寄せて俺を見た。
「わかった……だが、絶対に私から離れるなよ。ルーク」
「はい!!」
こうして俺はレオンハルトと共に、ヴェステンエッケ地区に行くことになったのだった。
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