第17話 王族の特性
しばらくすると『女優か?!』と思うほど洗練された美しさを身にまとった女官が姿を見せた。さすが、王妃様専属の女官だ。美しいし、上品で知的だ。キリリとした出来る雰囲気が、かなりいい。
「レオンハルト殿下。ルーク・フロード様、お初にお目にかかります。おくつろぎのところ申し訳ございませんが、レオンハルト殿下、王妃様がお呼びです。ロッシュ公爵がお会いしたいとのことです」
「お祖父様が……わかったすぐに行く」
お祖父様……?
そう言えば王妃様は、ロッシュ公爵家の出身だったことを思い出した。きっとロッシュ公爵は、娘である王妃様に会いに来て孫のレオンハルトにも会いたい、と思ったのだろう。これまで、家族との交流の話を聞いたことなかったレオンハルトに、家族からの接触があったことが、俺は自分のことのように嬉しかった。
だが、レオンハルトを見ると無表情だった。この表情では、レオンハルトが戸惑っているのか、照れているのかわからない。
じっと観察していると、レオンハルトは席を立ちながら俺を見て言った。
「ルーク。悪いが先に貴賓室へ向かって、授業を始めてもらってくれ。ミルカ、頼む」
「かしこまりました」
俺は部屋から出て行こうとするレオンハルトを見ながら言った。
「あの……ミルカがいないと、レオンハルト殿下が困りますよね? 俺は大丈夫です」
レオンハルトのことを把握している執事は、ミルカしかいない。だから何かあった時にミルカの代役を務めた者が、ミルカに内容を聞きに来るので二度手間になるのだ。
「では、代わりの者を……」
レオンハルトの提案を俺は笑顔で断った。
「大丈夫ですよ。貴賓室なら何度も行っているので一人で行けます」
俺も7歳からここに通い始めてもう今年で6年目だ。馬車乗り場や執務室、訓練場など、1人で移動することもあるのだ。貴賓室だって何度も行っているので大丈夫だ。自信満々で答えると、レオンハルトが不機嫌そうに眉を寄せながら、俺に近寄って来て小声で言った。
「まさか……ルーク。お前、あの女官にいい顔しようとして、そんな提案をしたのではないよな?」
俺が女官に見とれていたのはレオンハルトにバレていたようだ。
なんで? 俺、そんなに顔に出るタイプ?! ――じゃなくて!!
確かに王妃様の専属の女官は、かなりキレイな女性だが、俺が案内を辞退したのは彼女とは全く関係がなかった。
「違いますよ!! いつもミルカがいないと、何かあった時に困るでしょ? 俺は一人でも問題ないから、大丈夫って言ったんですよ」
レオンハルトは不審そうな目で俺を見た後に大きく息を吐いた。
「そうか……疑って悪かったな、ルーク。では、行って来る」
不安そうなレオンハルトの隣で、先ほどの女官と目が合い美しく微笑まれた。
うっわ~笑顔最高。切れ長美人の笑顔の破壊力、すげぇ。
俺が真っ赤になっていると、レオンハルトにまるで凍てつくような視線を向けられた。
「本当に大丈夫なのか?! ルーク?!」
「は、はい!! 大丈夫です!!」
そう言って、レオンハルトとミルカを見送ったのがもう随分と前のこと……。
「ここ、どこだよ~~~~~~!!」
俺は王宮の庭園内のどこかで、声を上げてしまった。
そう……俺は、次の授業がある貴賓室に行こうとしたのだが……レオンハルトの懸念通り――すっかり迷っていた。
忘れていた。王宮は迷路だったのだ。執務室や、訓練場は毎日に行くのでさすがに迷うことはないが、あまり行かない貴賓室は難易度が高かった。
まさか、この年で迷子とは……やっぱり誰かに案内をお願いすればよかったかもしれない。
実はレオンハルトの所に来る執事や侍女は、ベルンハルトや王妃様、ゆくゆくは国王陛下に仕えるための研修の場になっているので新人が多く、入れ替わりも激しいのだ。ここに配属される人たちは、みんな緊張していたり、城のことが分からずに戸惑っていたりするので、失敗をして叱られるのが気の毒で頼みづらいのだ。
少しくらい迷っても外に出ればよく鬼ごっこをしているので、わかるかもしれない。そう思って渡り廊下から外に出て、いつも遊んでいる庭を目指していたが、城は甘くはなかった。
「完全に迷ったな……」
俺が途方に暮れていると、聞いたことのある声が聞こえた。
「あ~~~肩凝る……」
ゴキゴキ。
どれだけ凝っているのだろう、かなりボキボキ、バキバキと肩が鳴っている。一体誰だろうと、覗き込んだ俺は思わず声を上げた。
「ベルンハルト殿下?!」
「あ……見つかった」
俺は運が良いのか悪いのかよくわからないが、茂みに隠れたガゼボのような所でレオンハルトの兄のベルンハルトと出会ったのだった。
ベルンハルトはきっちりとした服を緩めて、気だるげに何かを咥えながら、肩をゴキゴキ鳴らしていた。その姿はとても以前見た完璧な王子様のようなベルンハルトとは、全く別人のとても怠そうで砕けた様子だったのだった。
◆
「ほら、おいで」
ベルンハルトは、手招きをしながら俺を自分の隣に座るよう促した。
「では、失礼いたします」
俺はベルンハルトの隣に座ると、ベルンハルトはポケットから某付きのアメを出しながら言った。
「辛いアメ、いる?」
「辛いアメ? いります。ありがとうございます」
どうやら、ベルンハルトが口に入れていたのは、某付きのアメだったようだ。辛いアメというのが珍しくて、何も考えずに口に入れた。すると――口の中に辛口の日本酒を飲んだ時のような焼けるような辛さが広がった。甘くなく、辛いアメというのは斬新だが、これはこれでとても美味しいと思えた。
「どう、辛くない?」
「確かに辛いですけど、美味しいです」
「美味しい?! ははは。面白いな、みんな食べられないんだ。これ」
確かに、辛口の日本酒の味を好む子供はあまりいないだろう。俺は20歳を経験しているので日本酒も飲んだことがあるし、好きだった。そもそも子供はお酒は飲めないのだが……いいのか……これ? 俺は少し不安になりながら、レオンハルトに尋ねた。
「食べた後にこんなことを言うのもなんですが……。これ、なんですか?」
「あはは!! 本当に今更だ。それは……私たちの年代に必要な栄養素を、味を完全に無視して、全部入れて作った栄養補助食品だそうだ。もちろん子供が食べても問題ない」
「味を完全に無視……それは随分と……潔い食べ物ですね……」
「ふははは、潔い?! まぁ、間違いなく子供受けはよくない味だよな~~辛いし……毎日食べてるけど」
ベルンハルトが冗談を言うように笑いながら言った。そういえば徳田が『理想の身体と、経済面を天秤にかけた結果、めっちゃマズイプロテインを毎日欠かさず飲んでいる』と言っていたがあの感覚だろうか?
確かに少しクセのある味なので、こちらの世界の甘いアメしか知らないと苦手かもしれない。俺が不思議なアメを舐めながら、さきイカが食べたいと思っているとベルンハルトの視線を感じた。
「あの、何か?」
「お前、ルークだろ?」
「は、はい。お茶会以来ですね。ベルンハルト殿下」
そう言えば、自己紹介をしていなかったことを思い出して急いで頭を下げた。
「お茶会? ああ、そうか。ルークのことは毎日、イザークから聞いていたから、なんだか久しぶりって感じがしないな」
毎日俺のことを聞いている?! もしかして、兄はベルンハルトのスパイのようなことをしているのだろうか?!
「ええ? お兄様が俺のことを?!」
「そうだな。毎日毎日……大体『可愛い』『心配だ』『もっと頼って欲しい』この3つをローテーションで使ってるな。愛されてるな~~ルーク……(正直、あいつ重くない?)」
違った……ただの恥ずかしいやつだこれ。兄バカだとは思っていたが、まさかベルンハルトに言うまでとは!! 俺は少し俯きながら答えた。
「お恥ずかしい限りです(重いというほどでは)」
ベルンハルトにまで重いと思われる兄……。これは、絶対に兄に嫌われるって選択肢に持っていくのは、やめた方がいいと思えた。俺が、げんなりとしながら肩を落とすとベルンハルトが、アメの棒をガゼボ内のごみ箱に捨てニヤニヤしながら肩を叩いた。
「あはは、イザークが溺愛するわけだ!! ん~~確かに可愛いわ~~」
なんかベルンハルトが段々、酔っ払い親父に見えてきたのだが?!
ボキボキ、バキバキ。ベルンハルトは、相変わらず凄い音で肩を鳴らしている。
「あ~~肩痛ぇ~~~」
確かベルンハルトは14歳ではなかっただろうか?
そんなに肩が凝るものなのか?
見ていて気の毒になってきた俺は舐め終わったアメの棒を、ゴミ箱に捨てるとベルンハルトを見ながら言った。
「あの……肩、凝ってるみたいですね……ストレッチ、手伝いましょうか?」
「……ストレッチ? それ何?」
「え?」
どうやらこの世界にはストレッチという文化は無いらしい。余計なことを言ってしまったと反省していると、ベルンハルトが笑いながら言った。
「それ、やってくれない?」
「はい……」
俺はとりあえずベルンハルトの手を取って、肩甲骨を動かすためのストレッチをした。
「うっわぁ~~~なんだこれ、ちょっと痛いけど、気持ちいい~~~」
「あ、そうですか? よかった」
俺はボキボキ、バキバキと凄まじい音を立てているベルンハルトのストレッチを手伝った。
「ああ~~いい。もっとして、ルーク~~」
「はい」
ベルンハルトってこんな人だったんだ。完璧な王子様のイメージは木っ端微塵に砕け散ったが、俺はこのベルンハルトの方が好感が持てた。
「うわ~~これ、最高……気持ちいい……。あ~~そこ~~~いい~~~ルーク~~もっと~~」
「は~~い」
俺はふと気持ちいいことに忠実なレオンハルトを思い出した。ここに来る前も俺はレオンハルトに髪などを撫でられていたのだ。
「ルーク、それ、それ、いい!!」
こういう気持ちいいことに忠実なところは、この2人『兄弟だな~』と思ったのだった。
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