第三章 優等生男子、無自覚期

第15話 王家の次男



 それから勉強や剣術やマナーなど、側近候補試験に必要な内容を学び、勉強漬けの毎日を過ごし、俺は9歳になった。


「ルーク。城から側近候補の試験に受かったと連絡があった」


 珍しく父であるフロード公爵の執務室に呼ばれたと思ったら、先日受けた側近候補の試験結果を告げられた。


「左様ですか。それでは失礼します」


 俺はこちらに来て2年で、公爵という生き物との関わり方を学んだ。この人を親だと思うから、『親なのに……』といらぬ期待をしてつらいのだ。この人は公爵という生き物で、自分に衣食住を提供してくれているだけの人だと思うことにした。そうすれば心は少し楽になったし、必要最低限の会話をすればいいのだから、楽なものだと思い至ったのだ。


 俺は一言、返事をすると、さっさと公爵の執務室を出た。そう、これで問題ないのだ。そして、そのまま兄の部屋に向かった。


「お兄様。俺、受かりました」

「本当かい?! ルークは、とても頑張っていたからな!! よかった」


 兄は俺をぎゅっと抱きしめながら喜んでくれた。


「色々と教えてくれたお兄様のおかげです」


 兄は普段は城でベルンハルトの側近候補として勉強しているが、休みの時や屋敷にいる時は、ほぼ俺に付きっきりで勉強を見てくれたのだ。これで俺たちは兄弟揃って、側近候補になったのだ。兄は、俺を見ながら優しく言った。


「ルーク、これからも勉学に励むのだよ」

「はい」


 先日の側近候補の試験では二十人近くが会場にいた。そのうち合格するのはたった5人なのだそうだ。それでも、俺の他に4人は側近候補の仲間ができる。

 今、俺は、レオンハルトと2人で勉強をしている。2人で勉強するよりも、仲間が多い方が楽しそうだ。そうと思うと、一緒に勉強する仲間ができるのは、単純に嬉しかった。

 

 王子の側近候補は、王子と前後3歳までの年齢違いの貴族の子息が試験で選ばれる。この試験は、貴族であれば爵位の低い高い関係なく試験を受けることが出来る。


 ちなみにややこしいが、王子の結婚相手は前後5歳までの侯爵家以上の高位貴族しかなれない。


 13歳からは王立貴族学院に貴族の子息は入学するので、側近候補試験を受けれられるのは11歳までの貴族子息だ。だから今回試験を受けたのは9歳から11歳までの貴族の子息だった。


 どんな人と一緒に勉強することになるのだろうか?

 兄の話では側近候補試験に受かった同期生とは、かなり仲良くなれるらしいので楽しみだ。

 俺は新たにできる勉強仲間に心を躍らせたのだった。





「レオンハルト殿下。俺、無事に受かりました」


 いつものように城に行き、俺はレオンハルトの顔を見るなり開口一番にそう言った。


「ああ、聞いた。ご苦労だったな」


 レオンハルトは、あっさりと言った。側近候補試験を受けるのは、自分が将来可愛い女の子と結婚するためではあるのだが……。もう少し、何か試験に受かったことに対するリアクションが欲しいと思ってしまった。


「それだけですか? 俺、かなり頑張りましたよね?」


 レオンハルトの机に手をついて身を乗り出しながら言うと、レオンハルトが顔を上げて俺を見ながらニヤリと笑った。


「なんだ? 褒美が欲しいとでもいうのか?」

「いや……そこまでは……ただ、もっと、喜んで欲しかったというか……もう、いいです。なんでもありません。来年からも、よろしくお願いします!!」


 なんだか自分で言って恥ずかしくなってきた。9歳のレオンハルトに俺は一体何を求めていたというのだろうか?

 自分の机に座ろうとすると、レオンハルトがニヤリと笑いながら言った。


「久しぶりに倒れるまで、鬼ごっこでもするか?」


 最近は剣の稽古や、乗馬の練習も始まり体力を使うことが増え、試験のための勉強も追い込みだったためにずっと鬼ごっこをしていなかった。一時期は毎日のようにしていたのに……。


「いやいや、いいですよ」


 俺もさすがにそこまで子供ではない。今更、鬼ごっこをしたいとは思わなかったので、レオンハルトの誘いを丁寧に断った。


「遠慮するな。今日のやるべきことが終わったら、久しぶりに鬼ごっこをするぞ。全力で逃げろ!!」


 レオンハルトが目を細めながら、決め顔でいうのがおかしくて俺も思わず笑顔で頷いた。


「はい。じゃあ、久しぶりにやりましょうか……鬼ごっこ」


 そして、その日も全力で鬼ごっこをした。少し体力がついたのか、全力で鬼ごっこをしても家に帰れるほどに体力がついていた。


「では、レオンハルト殿下、また明日」


 そう言って、帰ろうとした俺をレオンハルトが少しだけ寂しそうに「ああ」と言ってそっぽを向いてしまったことに胸が痛んだのだった。






 それから俺は10歳になった。今日から側近候補として城に通うことになる。これまでも俺は、毎日城に通いながらレオンハルトと勉強していたので、勉強環境は変わらないのだが、今日からは俺の他にも4人は側近候補がいるはずだ。不安半分、楽しみ半分で、俺はいつもレオンハルトと一緒に勉強していた部屋に向かったのだった。


「レオンハルト殿下、おはようございます!!」

「ああ。おはよう、ルーク」


 どうやら、まだ部屋には誰も来ていないようだった。


「何している、早く座れ」

「え? はい」


 いつものように自分の机に座った。そわそわしながら、他の側近候補の到着を待っているといつもの歴史の先生が入って来た。


「さぁ、レオンハルト殿下、ルーク様。先日の続きから始めましょう」

「よろしく頼む」


 歴史の先生はいつものように授業を始めて、レオンハルトもいつものように勉強していた。そして、結局その日はいつもと変わない一日が過ぎたのだった。


「レオンハルト殿下、ルーク様、お疲れ様でした。お茶の用意を致します」


 ミルカがいつものようにお茶を用意してくれて、レオンハルトと、俺はいつものようにソファーに座った。

 今日は、新しい側近候補が来るはずだ。それなのにどうして、いつもと変わらないのだろう?


 俺は不思議に思って、レオンハルトに尋ねた。


「レオンハルト殿下……今日から新しい側近候補の人が来るのではないのですか?」


 レオンハルトは、お茶を飲みながら優雅に答えた。


「ああ、そうだな」


 俺はその答えに眉を寄せた。今日から側近候補の人が来るのなら、なぜ、俺たちはいつものように2人なのだろうか?


「あの……なぜ、誰も来ないのでしょうか?」


 俺の言葉にレオンハルトは、呆れたように言った。


「当たり前だろ? 皆、時期国王である兄、ベルンハルトの側近候補になりたくて、試験を受けるのだ。大変な思いをして、私のようなスペアの側近候補になりたいなどいうもの好きなどいない」

「……え?」


 俺は思わず、息を飲んだ。

 側近候補の試験資格は、王子と前後3歳違いまで。ベルンハルトは、現在12歳。レオンハルトは、10歳。つまり、今年の試験は、時期国王になるベルンハルトの側近候補にもなれる試験だったのだ。

 もしかして、あの時……試験会場にいたのは、みんなベルンハルトの側近候補希望者?!


 そんな……!!

 それって――残酷じゃないか?


 同じ王子なのに。

 同じ両親から生まれたのに……。

 ただ生まれた順番が違うだけで、そこまで周りの反応が変わるなんて……。

 レオンハルトを思うと、切なくて、泣きそうになっていると、レオンハルトが無表情に言った。


「……お前も……兄上の側近候補になりたかったのか? 今なら、まだ間に合うぞ?」


 俺はソファーから立ち上がると、レオンハルトの隣に座って、レオンハルトの顔を見ながら言った。


「俺は、レオンハルト殿下の側近になります!! そして他国の令嬢と結婚します!!」


 俺は真剣に言ったのに、レオンハルトは俺を見てなぜか無表情になった。


「……そうか」


 そして、その表情のまま俺の頭を撫でまわした。最近気づいたことだが、レオンハルトが無表情になるのはどう、感情を表現すればいいのかわからない時だということに気づいた。

 

 レオンハルトは、王族故に誰にも自分のことを言えないようだ。

 俺には兄が側にいてくれて、なんでも相談できるが、レオンハルトはいつも一人だった。

 家族と顔を合わせるのは、月に一度の会食の時だけらしく、普段はレオンハルトは1人で食事をしているらしい。兄のベルンハルトも忙しいらしく、式典や家族での会食の時にしか顔を合わせないと言っていた。

 腹黒王子の孤独が少し見えた気がした。


「これでも俺……レオンハルト殿下には、可愛い子と結婚して、幸せになってほしいって思ってるんですよ……」

「ルーク……」


 レオンハルトの瞳が少しだけ揺れた気がした。きっとレオンハルトも自分で自分の感情がわからないのだろう。だから、俺がレオンハルトの代わりに笑顔で言った。


「だから、レオンハルト殿下が、可愛い子と幸せな家庭を持てるように、俺も頑張って他国の令嬢に結婚相手として選んでもらえるように頑張りますからね!!」

「そう……だな。期待している」

「はい」


 俺は相変わらず無表情なレオンハルトに向かって、精一杯の笑顔を見せたのだった。

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