第14話 孤独を知ったのは腹黒王子のせい
今日も王宮のあたたかいベッドの中で目覚めた。隣には寝顔は最高に可愛いレオンハルトが、俺を抱き枕にしながら寝ていた。
「スー、スー、スー」
本当に可愛い……寝顔は……。
レオンハルトの寝顔を見ていたら俺まで眠くなってきたが、2度寝するわけにはいかない。2度寝すると、起きるのがつらいのだ。俺がレオンハルトの腕から抜け出そうともがいていると、レオンハルトが目を開けた。
「なんだ。動くな。寒いだろ?」
「もう朝ですよ。俺は起きるので、とりあえず離して下さい」
レオンハルトの腕を押しのけようとすると、さらにぎゅっと力を入れられた。
「イヤだ」
「イヤだ……じゃないですよ」
呆れたように言うと、レオンハルトが拗ねたように言った。
「うるさい」
レオンハルトの言葉が冗談だとわかっているので、俺は大袈裟に親しみを込めて言った。
「ひどっ!! レオンハルト殿下~~離して下さい~~普段のクールで、かっこいいレオンハルト殿下は、どこに行ったんです?」
俺はレオンハルトのサラサラとキレイな髪を撫でながら言った。レオンハルトは、気持ちよさそうに目を細めながら言った。
「……かっこいい……?」
「はい、普段はかっこいいですよ」
「……もう少し、頭を撫でろ。そうしたら、私も起きる」
レオンハルトの頭を撫でていると、レオンハルトが俺の手首を掴んでふざけるように俺の上に体重をかけないように身体ごと乗り上げて来て、今度はレオンハルトが俺の頭を撫で始めた。
「俺はいいですよ?」
レオンハルトが楽しそうに笑いながら言った。
「そうか? 気持ちよさそうだが?」
耳元で話すのは、くすぐったいので止めてほしい。
「~~~~~そろそろ、起きます」
正直に言うと、レオンハルトに頭を撫でられるのはかなり気持ちがいい。だが気持ちが良いからと言って流されてしまうと、食事の時間が無くなったり、授業が長引いたり、後が大変になるので、心を鬼にしてこの気持ちがいい布団の誘惑をかわさなければならない。起きるか、もう少しベッドの中に留まるかと葛藤している俺を見ながら、レオンハルトが笑いながら言った。
「気持ちがいいんだろ? もう少し寝れていればいいだろう?」
「ん~~~気持ちはいいです……でも……もう起きます」
「まだ、いんじゃないか?」
レオンハルトがわざと俺の耳元で言った。俺は耳を押さえながら、ジロリとレオンハルトを見た。
「……そう言って、いつもギリギリじゃないですか!」
「いいだろう、ギリギリでも間に合っているのだから」
レオンハルトが、さらに優しく俺の髪を撫でながら言った。
あ~~もう、気持ちがいい……。
身体がレオンハルトに乗っ取られたかのように制御不能になっている。仕方なく、声だけで抵抗することにした。
「えー遅れますよー」
「もう少し、もう少し」
「もー知りませんよー」
「ふふふ、もう少しだけ」
そんな不毛な争いをすること数分。
コンコンコンコン!!
ドアがノックされたと同時に、ミルカの声が聞こえた。
「レオンハルト殿下! ルーク様! 朝ですよ!! いつまでも遊んでないで、いい加減に起きて下さい!!」
どうやらミルカには、俺たちがだらだらしていてベッドから出て来なかったことがお見通しだったようだ。
「はぁ、仕方ないな」
ようやくレオンハルトが俺を離してくれて、ベッドから身体を起こしながら伸びをした。
「ふぁ~~~、おはよう、ルーク」
「……おはようございます」
俺も起き上がると、レオンハルトに向かって言った。
「レオンハルト殿下。さすがに今日は、自分の家に戻ります。父から手紙も来ましたし……」
俺は気が付くと十日連続でお城に泊まることになってしまった。
レオンハルトと一緒のベッドで寝て起きて、勉強して、体力の限界まで鬼ごっこをして、汚れて、風呂に入って、食事しながら寝落ち。そして気が付いたら朝という一日の流れが出来てしまったのだ。
そんな毎日を過ごしていた俺に、昨日、領地に行って俺を放置している父親から手紙が届いた。手紙には『王子にあまり迷惑をかけるな、家に戻れ』というような趣旨のことが書かれていた。ちなみに、俺を気遣う言葉は一切なしだ。
この手紙を受け取った時、鬼ごっこが終わって風呂から上がった後だったので、昨日はもう遅いから泊まることになったが、さすがに今日は帰る必要がある。きっと俺が城に泊まり続けていることは、父の耳に入っているのだろう。
「そうか……」
手紙のことを知っているレオンハルトは、無表情に答えた。何を考えているのかわからなかったが、レオンハルトの横顔が少し寂しそうに見えたのは、気のせいだろうか。
そしてその日は鬼ごっこを2回で止めて、俺は久しぶりに公爵家に戻ったのだった。
◆
「お帰りなさいませ!! お坊ちゃま!!」
公爵家に戻るとマリーをはじめ、屋敷の人たちは笑顔で迎えてくれた。
「ただいま!!」
部屋に荷物を置くと、俺の寝支度をしてくれているマリーに尋ねた。
「なぁ、マリー。やっぱり……俺と一緒に夕食って無理?」
するとマリーは酷く困った顔で言った。
「大変申し訳ございません……旦那様は……そのようなことは決して許しません」
この屋敷のことは、父には筒抜けのようだ。マリーに無理させるわけにはいかない。
「そう……だよな。ごめん、忘れて」
「坊ちゃま……」
結局、その日。俺は、食堂にある広いテーブルで、一人ぼっちでポツンと食事をした。料理はとても美味しそうなのに、味がしなかった。それから、俺は食事を終えると、一人で、部屋の隣にある風呂に入った。湯舟に浸かる前に、髪を洗う。
『ルーク!! 早く、洗わせろ!!』
ふと、ここにいないはずのレオンハルトの声が聞こえた気がした。
最近では俺が先にレオンハルトの髪を洗っていると、レオンハルトが急かすように声を上げる。そして俺はいつも大急ぎで、レオンハルトの髪や背中を洗いながら答えるのだ。
『ちょっと待って下さいって。レオンハルト殿下って、人を洗うの好きですよね?』
『そう言われてみると、そうかもしれないな……ルークしか洗ったことはないけどな』
最近では侍女たちは断って、レオンハルトと2人で風呂に入っていた。俺がレオンハルトの髪と背中を洗い、俺もレオンハルトに髪や背中を洗われていた。二人でふざけながら身体を洗って、湯舟に浸かりながら他愛もない話をして食事をして眠った。
「懐かしいな」
昨日のことなのに、懐かしく感じた。それから俺は、風呂から上がるとすぐにベッドに入った。ベッドの中はとてもひんやりとして冷たい。
とても――寂しいと思った。
大学の時だって1人暮らしだったし、最近まではずっと1人だった。それがたった数日、レオンハルトと一緒にいただけで、1人になるのが寂しいと感じた。
もし、レオンハルトと一緒にいなければ、そんなことを感じることもなかったのに……。
俺は、布団を被って、目を閉じた。
早く寝てしまおう。
明日になれば、また城に行って、1人ではなくなる。
眠れ、眠れ、眠れ、眠れ。
そう言い聞かせながら、俺は目を閉じたのだった。
◆
それから月日が流れた。俺が、レオンハルトと一緒に勉強を始めて半年が経った頃。ようやく父と兄が王都に戻るという知らせがあった。兄が十歳になると、ベルンハルトと一緒に側近候補としての勉強が始まるので、それに合わせて戻ってきたようだ。
半年だ……。
半年も幼い子を1人屋敷に残し、戻って来た父の第一声。
「陛下から話は聞いた。いいか、くれぐれも公爵家に泥を塗るようなことはするな」
……だった。
『ただいま』というあいさつもなく『久しぶり、元気だったか?』など俺を気遣う言葉もない。半年も7歳の子を1人で屋敷に放置したのにだ。
せめて、『ただいま』くらいは言え!! こっちは『おかえり』って言っただろ?! 無視すんな!! 子供一人を半年放置して、あいさつ無視して……公爵がどれだけ偉いんだよ!!
俺……グレてもいいかな?
ヤバい。俺、この人と縁を切りたいがために、悪役令息になるかもしれない。そんな不穏なことを思いながら俺の父親だという人間の背中をじっと眺めていると、馬車から少し遅れて兄が降りて来た。
「ルーク~~~~!!! 元気だったかい? 食事はしていたかい? 寂しかっただろ? 何か困ったことはなかったかい?」
兄は俺を見るなり、抱きしめてくれた。俺は先程の冷たい父の態度に傷ついたこともあって、兄に思い切り抱きついた。
「おかえりなさい!! お兄様!」
「はぅ! 可愛い~~~ただいま、ルーク!! ああ、兄様はずっと会いたかったよ!! お土産をいっぱい買ってきたらね。後でゆっくり開けようね」
「ありがとうございます」
さっきまで悪役令息になってやると思っていた俺は、相当単純なのか、兄に甘やかされると『やっぱり、兄とは仲良くしたい』と思ってしまった。ということで、やはり俺はレオンハルトの側近になって、他国の高位貴族の令嬢に、気に入ってもらえるように頑張ろうと思ったのだった。
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