第11話 レオンハルトの策略(2)




 ――もう知っているのだろうが……。


 え?

 なんだって?


 ――現在、私の結婚相手は、お前だと決まっている。


 知らない、知らない、知らないよ!!

 どういうこと?


 自分がレオンハルトの結婚相手だと、衝撃的なことを言われて、訳がわからずに混乱していると、レオンハルトがゆっくりと口を開いた。


「元々、国王の血を受け継ぎ、大公の爵位を賜る男児は、子を残さぬように異性の配偶者を持つことが、できないしきたりがある」

「……?」


 レオンハルトにはベルンハルトという兄がいるので、現国王陛下の血を受け継ぐ2番目の王子ということになる。


 それにしても、異性の配偶者が持てないとはどういうことだろうか?

 そもそも、この国は同性婚が認められているのだろうか?

 でもそうだとしても、どうして、その相手が俺?!

 もっと相性の良さそうなヤツいるでしょ?!


 疑問と驚きでますます混乱していると、レオンハルトが口を開いた。


「現国王の2番目の子供である私は、将来、大公の位に付くことが決まっている」


 大公……最近その言葉をどこかで聞いたことが……ある。

 どこだったか……。


 ――ああ、そうだ、思い出した。


 そう言えばお茶会の時に、兄と爵位の話になった。その時に、確か兄が大公とは、王家に次ぐ爵位だと言っていた。さらに現在は空位だとも言っていた。なるほど、大公家とは元々、王家の第二子が次ぐための地位だったのか。


 俺がそのことを思い出していると、レオンハルトはさらに話を続けた。


「私は、将来、同性の伴侶を得て、大公になることが決められている」


 俺は思わず同情の眼差しをレオンハルトに向けてしまった。こんな小さな頃から、同性が結婚相手だと、決まってしまっているなんて……。

 レオンハルトが同性愛者だというのなら、俺だってなんとも思わない。だが、そうでないのなら……。


 ――気の毒過ぎる。


 男同士の結婚ならきっと白い結婚と呼ばれるものだろう。 

 つまりそれは……一生童貞が確定しているということだ。こんなに美形なのに、一生童貞だなんて、気の毒以外の何ものでもない。

 俺が深く同情していると、レオンハルトが不機嫌そうに言った。


「だが……これにも条件があって、私は前後歳の差5歳まで、かつ侯爵より高位の家からしか伴侶は迎えられない。現在公爵3家、侯爵家6家のうち、家督を継ぐ予定のない、私と同世代の男児は……ルーク――お前しかいない。他は皆、女子だ」


…………。

…………。

 

「……えええぇ?!」


 俺は、思わず大きな声を上げた。


 嘘だろ?!

 そうなの? 俺しか相手いないの?

 それじゃあ、必然的に俺って、レオンハルトの伴侶?

 つまり俺も一生童貞?!

 俺って7歳にして、もう――童貞の未来が決定してるの?!

 そんなの絶対嫌だ!! お断りだ!! 


 貧血でもないのに、目の前が真っ暗になった。


「あの……レオンハルト殿下、それって、どうにかできないんですか?!」


 一生童貞なんてイヤ過ぎる!!

 俺は必死になって、レオンハルトに尋ねていた。

 レオンハルトが、小さく息を吐きながら言いにくそうに言った。


「まぁ、この決まりは、避妊方法が全くなかった時代に作られた古いしきたりだ。今の時代は、子供さえ残さなければ、相手は異性でもいいのだ。現に……お前が、私の伴侶候補から外れれば、私は、他の公爵家か侯爵家の女子と結婚できると言われている」


 俺が、レオンハルトの婚約者候補から外れればいいだけ?

 なんだ、結構簡単なことだったんだ。

 

「じゃあ、俺、レオンハルト殿下の婚約者候補、降ります!! そうすれば、レオンハルト殿下は、女の子と結婚できるんですよね?!」

「そうだ。俺も身体を重ねる相手は、女子がいいからな。そうしてくれると助かるが……」


 レオンハルトはなぜか、言葉を濁した。


「うん、うん。わかります。よ~~くわかります。それにその話、俺にとっても他人事じゃないですからね!! 俺も結婚するなら、女の子がいいです。それで、俺はどうしたらいいですか?」


 俺が全力で頷くと、レオンハルトが鋭い視線を向けながら言った。


「そうか、それならば、話は早い。では、ルーク。――お前に、選ばせてやる」


 レオンハルトの瞳がまるで俺を試すようにユラリと揺れた。


「……?」


 俺が眉を寄せながらレオンハルトの言葉を待っていると、レオンハルトがゆっくりと口を開いた。


「まず一つ目の方法だ。お前は今後、兄であるイサークに嫌がらせをして、徹底的に嫌われろ!! そして、フロード公爵の不興を買い、公爵家から絶縁されろ」

「え……?」


 俺はようやく漫画の中でルークが、執拗に兄と仲良くなる女の子に手を出していたのかを理解した。

 俺が『公爵家』の人間だから、レオンハルトの婚約者になるのだ。だからこそ、レオンハルトは必死で俺をそそのかして、悪事を働かせて、俺を公爵家から追い出そうとしたのだ。つまり、レオンハルトも俺を悪役に仕立て上げるために必死だったというわけだ。


 あ~~~。


 まさか、漫画の中の腹黒王子である悪の親玉レオンハルトに、そんなに切羽詰まった事情があったとは……。


 複雑だ。――非常に複雑だ。


 正直、この年齢で一生童貞確定は、男としてかなり同情せざるを得ない。

 自分がそれでもいい、と決めているのならともかく、誰かに強制されてそれを選ばなければならないのは……つらい。

 でも、俺だって悪役令息になって、兄と仲良くなる女性に悪事を働くのもつらい。

 さらに、その未来の先には、俺の知っている牢に入れられて、レオンハルトに毒杯を飲まされる未来も待っている。――それは、本当に無理だ……。 


 俺、どうする?

 どうやって公爵家を出る?


 俺は恥辱を受けるのは、絶対に嫌だが貴族にはなんの未練もない。だから平民になっても問題ない。

だが、子供が一人で生きて行くには先立つものが必要だ。


「俺……夜逃げします。金銭の援助ってお願いできたりしますか?」


 俺なりに真剣に考えた後に解決策を口にしたが、レオンハルトは、目を大きく見開いた後に唖然としながら言った。


「夜……逃げ……だと?」

「はい。俺、貴族じゃなくなっても問題ないので。積極的に夜逃げします!」


 俺の答えを聞いたレオンハルトは、眉間に皺を寄せて、大きな溜息を付きながら言った。


「風呂に自分で入れると聞いたから、お前は貴族でなくなる覚悟をしているのだろうと思ってはいたが……まさかの解決策が、夜逃げとは……」


 俺は片手で頭を押さえて項垂れてしまったレオンハルトの顔を、覗き込みながら尋ねた。


「あの……ダメですか?」


 俺が尋ねると、レオンハルトが鋭い視線を向けながら言った。


「無駄だ。お前のような者が逃げ切れるほど、王家も公爵家も甘くはない。ただ庭で私が追いかけただけで捕まってしまうのだからな」


 確かに、お茶会で俺の個人情報をすぐに探し当てた人たちが、俺を見つけ出せないはずはない。


「ではどうしたら……」


 俺が頭を悩ませていると、レオンハルトが試すように俺を見ながら言った。


「もう一つ方法がある」


 俺はゴクリと息を飲み、じっとレオンハルトを見ながら言った。


「もう一つ……レオンハルト殿下、それはどんな方法ですか?」


 俺は藁にもすがる思いだった。

 自分の未来の結婚相手が、レオンハルトになるのか、可愛い女の子になるのかが、かかっているのだ。

 身を刺すような緊張した空気の中、レオンハルトは、目を細めて、感情の読めない表情で言い放った。


「……お前が、他国の高位貴族の令嬢を落とし、婿入りするという方法だ」

「――は?」


 俺が、他国の令嬢を落とす??

 そして婿入り???


 ずっとモブキャラ人生を歩み、合コンでもこれまで一度もモテたことのない、この童貞の俺に、他国の高位貴族の令嬢を落とせと?


 レオンハルトが、俺に指し示した道は2つ。



――兄に嫌がらせをして公爵家から縁切りされるか。



 もしくは……。



――他国の高位令嬢と懇意になって結婚するか。


 


 …………この2択。


 どっちもハードル高けぇな~~~!!!!!


 俺はレオンハルトの高すぎる要求に思わず、天を仰いだのだった。

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