第10話 レオンハルトの策略(1)
あたたかい……。
気持ちいい……。
俺はあたたかさと、柔らかを感じて、心地よい何かにピッタリと身体を擦り寄せていた。すると、サラサラと誰かに髪を撫でられる感触があった。
何これ……気持ちいい。
しばらくすると、頭を撫でる手が止まってしまった。俺は止まってしまった誰かの手に、もっと撫でろと無意識にスリスリと頬を擦り付けた。
「ふっ。そのように擦り寄るなど、まるで小動物のようだな。――気持ちいいのか?」
…………?!
俺は自分の近くから聞こえて来た声に驚いて固まった。
――今の声は?
恐る恐る目を開けると、キレイな紫色の瞳が、視界に飛び込んできた。寝起きで少し乱れたキレイな髪が、太陽の光で美しく輝いている。
「レオンハルト殿下?! わぁ~~!!!」
俺が慌てて離れようとすると、レオンハルトに腰を抱き込まれた。
「全く。そう驚くなよ。驚く度に椅子やら窓やら……ベッドから落ちていたら、ケガをするだろう?」
どうやら俺はレオンハルトのおかげで、ベッドから落ちなくて済んだようだった。レオンハルトは、呆れたように溜息を付くと、俺の腰を持ったまま言った。
「何か、私に言うことがあるはずだが?」
「おはよう…ございます?」
俺はとりあえず朝のあいさつをした。
「……ん、おはよう」
どうやら俺の発した言葉は、レオンハルトの求めていた言葉ではなかったらしく、一瞬、微妙な顔をされたが、その後彼は小さく笑うと俺から手を離して、ベッドから上半身だけ起き上がってあくびをした。
「ふぁ~~~」
レオンハルトもあくびをするのかと驚いたが、人間なのであくびくらいするだろうと、思い直した。
俺がぼんやりと、けだるげなレオンハルトを見ていると、レオンハルトが俺を見て、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「昨日、食事の後に『逃げるな』と言ったのに、まさかこんな形で、逃げられるとは思わなかった」
俺はそう言われてハッとした。昨日……お風呂に入って、食事をしたことまでは覚えているが……。それ以降の記憶がないことに気づいた。
もしかして、俺は食事の途中で寝てしまったのだろうか? だとしたら、とんでもない失態だ。どうやら、俺はまだ7歳の身体に、20歳の感覚が全く追いつかないらしい。
「レオンハルト殿下、申し訳ございませんでした。ですが……。故意的に逃げるために、眠ったわけではなく……」
言い訳をしてみたものの、本当に意味のない言い訳になってしまった。『話があるから逃げるな』と言われたのに寝てしまったのだ。逃げたと言われても仕方がない。
そもそも食事しながら寝るとか、子供か!!
いや、身体は子供だけれども……それにしても俺、恥ずかし過ぎるだろ……。
自分の失態に頭を抱えていると、レオンハルトは相変わらず何も言わずに、じっとこちらを見ていた。この眼差しは、まるで神の審判のようだと思った。
後ろ暗いことのある人間にとって、この視線は恐怖を与える。この場合、悪いのは、彼との約束を破った俺だ。
俺は背筋を正して、レオンハルトに向かって頭を下げた。
「いえ、言い訳ですね。途中で寝てしまって申し訳ございませんでした、レオンハルト殿下」
俺が素直にあやまると、レオンハルトはクスクスと笑った。
「まぁ、いい。おかげで、面白い物が見れた」
「面白い物ですか?」
俺が寝ている時に何かあったのだろうか?
不思議に思って眉を寄せていると、レオンハルトが目を細めながらニヤリと笑った。
「ああ、寝ているルークは、まるで小動物のように、私に擦り寄って来て可愛かったぞ」
うっわぁ~~~~。
俺、ルークは7歳にして、すでに黒歴史が出来てしまった。
いや、すでに食事中に寝てしまった時点で十分に黒歴史ではあるのだが……。
「それは……ぜひ、忘れて下さい」
願いを込めて言って見ると、レオンハルトが三日月の目をして笑った。
「無理だな」
どうやら、レオンハルトは、俺の黒歴史を消去してくれる気はないらしい。俺が深い溜息をつくと、レオンハルトが少し真面目な顔をして言った。
「ルーク、支度を済ませて、今度こそ話をしよう。お互いのためにもな」
「はい」
俺は頷きながら返事をしたのだった。
◆
昨日突然泊まることになったというのに、またしても俺にピッタリの服を用意されて、俺は王家の情報網に戦慄しながら着替えや朝食を済ませて、レオンハルトと一緒に昨日通された部屋に連れて行かれた。
明らかに昨日と同じ部屋なのに、窓からの景観に違和感があった。
なんだ?
何が違う?
そう考えて、俺はようやく違和感の正体に気づいた。
昨日、俺が滑り降りた木が無くなっているのだ。いつの間にか木が消えていて、俺は思わず目を擦った。
「あれ? レオンハルト殿下……木が無くなっています」
「ああ、気づいたのか。昨日のうちに別の場所に移植したそうだぞ」
「は……? え……?」
木を移植??
この短期間に??
え?
信じられない気持ちでオロオロしていると、レオンハルトがニヤリと笑いながら言った。
「ここは今後、私と、おまえの執務室になる予定だ。だが、あの木を使ってお前に逃げられるようでは問題だからな。……まさか公爵家の人間が、木を滑り降りる可能性などここにいる誰一人として予想していなかったからな。ははははは」
俺が逃げ出さないため?!
もしかして、俺は昨日、王家の庭師の方々に残業をさせてしまったのだろうか?!
申し訳無さ過ぎる!!
「それは……本当にご迷惑をおかけしました」
深々と頭を下げると、レオンハルトがソファーに座って俺にも座るように手振りで促した。
「その件に関しては済んだことだ。そんな事より、今は、とにかく座れ」
「はい」
俺がソファーに座ると、レオンハルトは執事のミルカだけを残し、人払いをしたので部屋の中には、レオンハルトと俺とミルカの3人になった。
「さぁ、ルーク。寝られても困るからな、早速本題に入ろう」
レオンハルトが冗談っぽく言った。
「う……まだ言いますか……」
「ああ、たぶん、一生言うだろうな」
「それは……長いな」
俺が溜息をつくと、レオンハルトが急に真剣な顔をして、両手を組んで、俺をじっと見つめた。レオンハルトのこの表情を俺は怖いと、そう思った。
だが、今日は――逃げない。
俺も話を聞くために、じっとレオンハルトの紫色のキレイな瞳を見つめた。それを合図にするかのようにレオンハルトが口を開いた。
「ルーク。当初の予定では、私は、お前には何も伝えずにお前のことをただ利用するつもりだった」
利用スル?
俺ニ何モ伝エズニ?
ふと漫画の中のルークがしていた、杜撰な嫌がらせの数々を思い出した。ルークは、毎回レオンハルトにそそのかされて、兄のイサークと仲良くなった女性に悪事を働いていた。だが、ルークの悪事は、絶対にすぐにバレるような子供だましな方法だったのだ。
漫画を読みながら、『これバレるだろう……敵ながら残念過ぎる』と思っていたが、王子がわざとルークの罪を兄に気づかせるように仕組んでいたとしたのなら納得だ。俺はその言葉を聞いてどこか腑に落ちた。
あ……。やっぱり、レオンハルトは、俺をいいように利用するつもりだったんだ――と。
だが、レオンハルトは俺に『当初は』と言った。それならば、漫画とは違う未来も選べるのかもしれない。俺はゴクリと息を飲んで、レオンハルトを見ながら言った。
「では、聞かせて下さい。レオンハルト殿下は、私を使って何を企んでいるのですか?」
レオンハルトは、目を見開いた後に、信じられない言葉を口にした。
「ルークも『心の準備をしたい』などと言ったのだ。もう知っているのだろうが……現在、私の結婚相手は、お前だと決まっている」
「……は?」
今、レオンハルトはなんて言った?
結婚相手?
誰が?
誰の?
俺は、何も考えることが出来ずにその場に固まってしまったのだった。
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