第9話 男子の生態



「レオンハルト殿下、ルーク様。失礼いたします」

「え?」


 お風呂に着くと、俺たちを待ち構えていた侍女に、目にも止まらぬ速さで服を逃がされた。侍女とはいえ、年頃の女の子の前で、全裸……かなり恥ずかしい。

 俺の見た目は7歳だけど、もう20歳を経験してる偽装7歳児なのだ……。

 それから俺は、レオンハルトと一緒に風呂に入れられて、城の可愛い侍女のお姉様たちに身体の隅々まで洗われた。


「あの……そこは自分で……洗います……」


 俺は必死で前を隠そうとしたが、強引に手を取られて洗われてしまった。


「ふふふ。大丈夫ですよ、動かないで下さいね~~すぐにキレイになりますからね~~」

「う、うぅ~~」


 全然大丈夫じゃない!!


 俺はそれから、それはもう丁寧に隅々まで侍女に身体を洗われた。

 公爵家では『1人で入るから手伝いはいらない』と言っているので、俺は誰かに身体を洗ってもらうのは初めてだったのだ。しかも、俺の全身を洗ってくれたのが、10代か、20代くらいの可愛い侍女だったので、7歳じゃなければ、色々とヤバかった。

 

 俺が真っ赤になっていると、レオンハルトが隣で俺と同じように全身を侍女に洗われながら、ニヤリと笑って「随分と子供だな」と言ったが、これはどちらかというと子供じゃないから照れるのだ。


 まぁ、欲を言えば、侍女の皆さんも一緒に服を脱いで入ってくれたら嬉しいというか……。

 いやいや、俺、何考えてるの?


 俺は急いで頭の中の邪な想像を吹き消した。かなり卑猥な想像をしたにも関わらず、俺の身体は特に反応を示さなかった。 


 は~~7歳でよかったぁ~~~。





 チャポーン。


「はぁ~~いいお湯ですねぇ~」


 身体を洗われた俺は、レオンハルトと一緒にお風呂に入った。王宮のお風呂というから、てっきりプールのように大きいのかと思ったが、高級旅館にある少し広めの部屋付き露天風呂くらいの大きさだった。

 公爵家には、たたみ3畳分くらいの風呂があり、それとは別に俺の部屋の隣には、ビジネスホテルにあるような簡単なバスルームが付いている。

 俺は、いつも部屋の風呂で済ませてしまうので、こちらの世界に来て、ゆっくりと広い湯舟につかるのは久しぶりだった。


「先程まで、あれほど恥ずかしがっていたのに、私と一緒に風呂に入るのは平気なのか?」


 レオンハルトに、何気ない様子で尋ねられた。


「はい。男同士ですので! 女性に身体を洗われるのが恥ずかしいんですよ!!」


 レオンハルトが不思議そうに言った。


「そんなものか……? いつもはどうしている? 執事にやらせているのか?」

「いつもは、一人で入っております」

「何?! 一人で入っている……では、自分で身体を洗えるのか?」


 レオンハルトは信じられないという顔をしてたが、確かに王族であるレオンハルトにとって、風呂に一人で入る日など、一生来ないのかもしれない。兄もそうだが、父でさえ未だに侍女を数人連れて、風呂に入っているようだった。


「はい……」


 俺の答えを聞いたレオンハルトは、なぜか顔を曇らせて、俺が聞こえない程の小声で何かを呟いた。


「(ルークはすでに……を決めているのか…)」


 よく聞こえなかったので、俺はレオンハルトに聞き返すことにした。


「レオンハルト殿下、聞こえませんでした。もう一度、言ってくれませんか?」


 するとレオンハルトが困ったような顔をした後に、冗談っぽく言った。


「なんでもない。だが、そうか……では今後、ルークと風呂に入る時は、ルークに身体を洗ってもらうことにしよう」


 レオンハルトの様子がおかしくて気になったが、俺は普段通りに言葉を返した。


「まぁ、別にいいですけど……俺も侍女の皆様がいると緊張しますので、レオンハルト殿下と2人の方がいいです」


「ふっ、そうか。ではこうしよう。私も身体を洗えるようになって、お前を洗うとしよう」


 俺はレオンハルトの言葉に「うんうん」と頷きながら言った。


「ぜひそうして……あの、レオンハルト殿下。俺は自分で洗えますからね? 俺は洗わなくてもいんですからね?!」


 話がおかしな方向に行っている気がしたので急いで修正した。


「はははは」


 レオンハルトは、必死に説明する俺を見て声を上げて笑っていたのだった。





 こうして俺たちは、バスタイムを終えるとまるで俺のために作られたような、サイズがピッタリの、肌ざわりの良い服を着せてもらって食堂に案内された。


「もう遅い。今日はここに泊まると、公爵家には早馬で連絡した」


 レオンハルトが、食堂の椅子に座りながら言った。

 これから馬車に乗って帰るのも地味に遠い。かなり疲れてたので、泊めてもらえるのは有難かったそれにどうせ家に戻っても、俺だけしかいない。父が兄を連れて領地に戻ってしまったので、最近の俺はずっと、だだっ広いテーブルで1人寂しく食事をしていた。


 執事や侍女は、俺と一緒には食事をしてはくれないので、俺は帰ってもあの寂しげな空間で、1人でご飯を食べることになる。だから俺は、レオンハルトが、一緒に食べてくれて心から嬉しいと思った。


「ありがとうございます。1人で食事する予定だったので、レオンハルト殿下と一緒に食べられて嬉しいです」


 俺は素直に、お礼を言った。きっと数時間前までの俺なら、レオンハルトと食事など、恐怖で味もわからなかっただろうが、今のレオンハルトなら平気だった。やはり、身体に心が引っ張られているのか、一緒に走って風呂に入ったせいなのか、俺はすでにレオンハルトと『友達』感覚になっていた。

 そんな俺にレオンハルトは、少し驚いて、顔をそらしながら言った。


「そうか。食べたら話がある。さすがにもう、心の準備とやらはできただろう? 今度こそ逃げるなよ?」

「……もう、逃げませんよ」


 俺はレオンハルトを見ると、真面目に答えた。


「どうだかな」


 「ふん」と不貞腐れたように言ったレオンハルトが可愛く思えて、俺は少し笑うと、運ばれてくる食事を口に運んだ。


「……美味しい」


 とても美味しい。――こちらに来てこんなにも料理が美味しいと感じたのは、初めてだった。


 王宮の料理が美味しいのか。

 たくさん動いた後だからなのか。

 1人の食卓ではないからなのか。

 よくわからないが、その日食べた物は、どれもとても美味しかった。





 食事を終えて「お茶をお持ちします」と言われた途端、身体がフワフワしたようになった。お風呂に入ってさっぱりした上に、お腹も一杯で気持ちがいい。

 だんだん瞼が重くなる。


「おい、ルーク。ルーク」


 レオンハルトの呼ぶ声が聞こえてくる。「なんですか?」そう言おうとしたのに、俺は声に出せなかったのだった。








 レオンハルトと、ルークが食事を終えると、食後のお茶を待っている間に、ルークが船をこぎ出した。コクン、コクンとルークの頭が大きく揺れている。


「おい、ルーク。ルーク」


 レオンハルトが必死に呼びかけたが、時すでに遅し。


「スー。スー。スー」


 ルークは、すでに深い眠りに落ちたようだった。


「話があるから待っていろと言ったのに……。まさかこのような形で逃げられるとは……」


 レオンハルトが困った顔をしながらもどこか楽し気に、眠ったルークを見ながら言った。


「仕方ないですよ。随分と長い間、走っておいででしたから――ですが、レオンハルト様に全力で追いかけられたのに、なかなか捕まらないなんて、ルーク様って見かけによらず足も早いし、体力もありますね。鍛えれば、騎士になれるのではないですか?」


 レオンハルトの執事のミルカが、口角を上げながら言った。


「ふん。騎士などにくれてやるものか。仕方ない。ルークを客間に運んでやれ」


 レオンハルトが不機嫌そうに言った。


「かしこまりました」


 執事のミルカは食堂の椅子に座ったまま寝てしまったルークを抱き上げて、食堂を出ようとした。


「待て、ミルカ」


 食堂を出ようとするミルカに向かって、レオンハルトがニヤリと笑いながら新しい指示を出した。

 ミルカは驚いた顔をした後に、口角を上げて答えた。


「かしこまりました、レオンハルト様」


 そして、レオンハルトも片側だけ口を上げて機嫌が良さそうに笑ったのだった。

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