第8話 男子が2人……?
神様、仏様、お兄様、もう誰でもいいので、助けて下さい!!
――俺、ルーク・フロード、7歳は、かなりピンチなようです!!
超絶美形のレオンハルトが、俺を睨みながらスタスタと長い足で歩いて来ると、俺と机を挟んだ距離まで近づいてきた。
怖い。
怖すぎる。
背中から冷や汗が流れる感覚があった。レオンハルトは、怒りを含んだ静かな声で言った。
「ルークが『心の準備とやらがしたい』と言ったから、そちらから『準備が出来た』と言われるまで待っていたのだが?! 人を散々待たせておいて、私に会いもせずに帰るなど……随分と薄情ではないか?」
ひぇ~~~~~!!
『心の準備をしたい』?
え、え、なんのこと??
俺、そんなこと言った??
全く身に覚えがない。
でも確かに、そう思っていた記憶はある。
もしかして、俺は声に出していたのだろうか?
それにしても、俺待ちなら、一言『俺待ち』って言ってくれよ!!
無言で待たれてもわからねぇって、普通!!
「お仕置きだな……ルーク」
「お仕置き?!」
美形が睨みをきかせて、低い声で言う『お仕置き』というセリフは、もはや兵器だ。
怖いなんてもんじゃない。
その姿。
まるで、――魔王のごとし。
ダメだ!!
本気で怖~~~~い!!
無理!!
その時の俺は――逃げる!! ということしか頭になかった。
俺は、窓枠に足をかけると、庭の木に飛び移った。
「なっ!!!! おいっ!!!」
レオンハルトが真っ青な顔で大きな声を張り上げたが、俺は木の枝から幹に掴まって木からスルスルと降りると、窓からこちらを見ているレオンハルトを地面から見上げながら叫んだ。
「レオンハルト殿下、とにかく、落ち着いて下さい!! 話せばわかります!! お仕置きはやめましょう!!」
俺が1階から、必死にレオンハルトをなだめると、レオンハルトは、ギリッと奥歯を噛んだかと思えば、次の瞬間。俺の目に、レオンハルトの長い足が窓から木の枝に飛び移ったのが見えた。
「は?」
俺が信じられない思いでその光景を見ていると、レオンハルトが木の枝の上から叫んだ。
「待て!! ルーク!!」
「ひぇ~~~~~!!」
スルスルと、木を降りて来るレオンハルトが怖くて、俺は全力で逃げ出した。
げっ!!
追ってきた!!
悪の親玉レオンハルトが俺を追ってきた!!
「待て~~~ルーク!!」
チラリと振り向くと、後ろから鬼のような顔をしたレオンハルトが走って来る。
怖い。
怖い。
怖~~~~い!!!
「レオン……ハルトでんかぁ~~~落ち着いて~~~~!!」
俺は必死に走りながら、声を上げた。
「ルーク~~~~逃げるな~~~」
無理無理無理!!!
そんな顔で追いかけられて、逃げるなっていう方が無理でしょ?!
「ひぇ~~~無理~~~~」
俺はとにかく逃げて、逃げて、全力で逃げまくった。
ドクドクドクドクドクドクドクドク。
まるで全身の血液が入れ替わるように激しく動いてた。
人はこんなにも動けるのか。
20歳を経験した俺は、7歳児の身体の軽さを忘れていた。この身体は、とても軽くて、どこまでも逃げられそうな気がした。
だが、レオンハルトもそれは同じだったようで、彼もまた俺を追いかけることを止めることはなかったのだった。
「待てぇ~~~ルーク~~~~!!」
「嫌です~~~~でんかこそ~~~止まってぇ~~~~~~~!!」
何度も何度も不毛な言葉を交わしながら、そのまま俺はたちは、しばらく本気の鬼ごっこを繰り広げたのだった。
◆
「捕ま……えた!!」
「うわぁ~~~」
ドサッ、ドサッ!!
疲れてきた俺は、とうとう、レオンハルトに腕を掴まれてしまった。その瞬間、俺とレオンハルトは、倒れ込むように地面の上に寝っ転がった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ~~~」
「はぁ、はぁ、はぁ」
2人とも地面の上に寝っ転がったまま、呼吸を整えているが、そんな中でもレオンハルトは決して、俺の手を離さなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ~~、おい、ルーク。なぜ……逃げた?」
レオンハルトが寝転んだまま、息を整えながら尋ねた。
「はぁ、はぁ、それは……はぁ、レオンハルト殿下が……追いかけるからでしょう?」
俺も息を整えながら答えた。
見上げると、空には一番星が輝いていた。もうそろそろ夕日が沈みそうだった。夜の気配がする。
これだけ本気で走ったのはいつぶりだろうか?
そういえば、小学生の低学年の時だった気もする。
「はぁ、これほど……本気で走ったのは、初めてだ」
どうやら同じようなことを考えていたようで、レオンハルトが、俺と同じように空を見上げながら言った。
ふと、レオンハルトの方を見ると、笑っている彼と目が合った。先程まで怖いと思っていたが、その顔は、可愛いと思えた。近くで見ると、レオンハルトの紫色の瞳はとてもキレイで、俺は恐怖などすっかり吹き飛んでしまった。
そうだ。
今の俺は、レオンハルトと同じ7歳なのだ。
レオンハルトと草の上に寝転んでいると、護衛騎士が追いかけて来てきた。
「はぁ、はぁ、はぁ~~~。殿下、やっと終わりましたか?」
それから少しして、執事も追いかけてきた。そして執事が青筋を立てながら、にっこりと笑うと、俺たちを立ち上がらせながら言った。
「まずは、お2人ともお風呂ですね」
よく見れば、草と土の上に寝転んだので、草だらけの泥だらけ。俺にいたっては、木を降りる時に枝に服をひっかけたのか、服は破けて足の部分がスリットのようになったいた。髪はボサボサで、全身から汗が流れて、肌に髪や服が張り付いて気持ちが悪い。
「ふはははは、ヒドイ格好だな、ルーク」
ずっとすました顔で、怖い顔をしていたレオンハルトが俺を見ながら大声で笑ったが、そういうレオンハルトだって、草だらけで、泥だらけ。髪の毛だってボサッとして、服は乱れて、汗が全身から流れ落ちている。とても王子様という姿ではない。
「ははは、そう言うレオンハルト殿下だって、ヒドイ姿ですよ」
俺も思わずレオンハルトの顔を見て笑うと、レオンハルトが子供のように無邪気に笑った。
「ふふふ、はははは」
俺もつられるように、笑った。
「ふっは。あははは」
そんな俺たちを見ていたレオンハルトの執事が、困ったような顔をした後に嬉しそうに笑うと、すぐに表情を戻して大きな声を出した。
「はいはい、2人ともヒドイですから、お風呂に行きましょうね」
こうして、俺はレオンハルトと共に、お風呂に連行されることになったのだった。
レオンハルトは相変わらず、俺の手を離さなかったが、俺はもうそれが嫌だとは思わなかった。
繋いだ手は汗ばんでいるし、とても熱かったが、俺も無意識にレオンハルトの手を握り返してしまうくらいには、心地がいいと思っていたのだった。
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