第二章 転生男子と腹黒王子の始まり
第7話 絶対権力
俺は現代の日本人だ。だから、人というのは平等だと言われて生きてきた。もちろん俺だって、二十年生きているので、世の中が平等と言いながらも平等でないことは知っている。だから、身分制度というのもわかっていたつもりでいた。
でもそれは……あくまで――わかっていたつもりだったんだ。
「ルーク。今後、レオンハルト殿下からの呼び出しがあれば、如何なる場合でも、即、応じろ」
そう……俺は、絶対王制を甘く見ていた。
この世界は絶対王制の世界だ。ここでは身分という物の前では、俺個人の人権など風の前の塵に同じなのだということを、俺は身を持って知ったのだった。
王子主催のお茶会が終わって数日後。
俺は初めて会った『父親だ』という人物の部屋に呼び出されていた。そこで衝撃的なことを聞かされたのだ。
「……『即、応じろ』ですか……?」
初めて会った父親は、俺に冷たい視線を投げかけたまま言い放った。
「そうだ。光栄に思え。よいか、くれぐれも殿下の気分を害するようなことはするな。これは命令だ。話は以上だ」
父はそれだけ言うと、俺の顔から目を離して書類を手にした。
「あの……きっと気分を害してしまうと思いますので、初めからやめておいた方が……」
俺は手に力を入れて、父親に声を掛けた。すると、父親は顔をあげて、ジロリと俺の顔を睨みながら言った。
「お前……王家だけではなく、公爵である私にまでも盾突くつもりか?」
その時、俺は知った。
この人は、俺の父である前に公爵なのだと。だから例え、親と子と言えども、話し合いなどは成されない。――爵位。貴族社会に置いて爵位を持つ者と持たない者とは、親子などの血縁関係よりも、もっと重要視されるものなのだ。
「……いえ、失礼致します」
俺は黙って公爵である父の部屋を出た。公爵だと言う人物の絶対的な権力の前に、自分の意見も言えずに、膝から崩れ落ちるしかなかったのだった。
もう逃げられない。
俺は貴族の頂点に君臨する王族、レオンハルトからは……決して逃げられないのだ。
この時の俺には絶望しかなかったのだった。
――だが、俺の試練はそれだけではなかった。
俺は、すぐに兄からさえも離されることになった。そして、これが恐らく、漫画の中のルークが兄のイザークを深く憎むようになった原因だ。
◆
「領地に視察ですか?」
夜分に兄が俺の部屋を訪ねて来たかと思うと『しばらくの間、父と領地に視察に行くのでこの屋敷を留守にする』ということをつらそうな顔で言ったのだった。
「ああ、ルーク。すまない、幼いルークを一人残したくないと、一応、父には言ってみたのだが……」
俺は、昼間の父の様子を思い出した。きっと兄も、俺を連れて行くことを提案してくれたのだろが、例え嫡男といえども、あの人が他の人間の話に耳を傾けるとは思えなかった。
聞けば、どうやら俺だけを王都に残したまま父と兄は、王都から離れた領地に戻るらしい。
兄は『領地の者たちに顔を見せに行く』という理由で父に同行するらしいが、俺は『公爵家を継ぐ必要がないので不要だ』というようなこと言われたようだった。
兄は優しいので言葉を濁してくれたが、俺は昼間、父に実際に会っているので兄の婉曲した言葉の裏側を読み取れてしまった。
父の差別が酷すぎる。
それともこの世界の常識なのか?
7歳の子供をいくら執事や、侍女がいるからと言って、屋敷に一人置いて行くのも信じられないが、それを俺に伝えないのも問題だ。きっと兄が教えてくれなかったら、俺は何も知らずに、一人、ここに置いて行かれて、執事などから聞かされることになったのだろう。
何考えているんだ? あいつは!!
兄は領地に連れて行くのに、弟は置いて行くとか、そりゃあないだろ?!
そんなの……残された弟は、寂しくて成金趣味にもなるし、悪の親玉の王子にそそのかされて、悪役令息にもなるに決まっている!!
俺はまたしても、漫画の中のルークに同情してしまった。
もし――ルークが父親の愛情を少しでも望んでいたのなら……父の側にずっといることの出来る兄を憎むようになるのも理解できる。
――これが、ルークがイザークと仲違いをした原因か……。
俺の悲しみや怒りを感じ取ったのか、兄が震える声で尋ねた。
「ルーク。すまない……抱きしめてもいいだろうか?」
顔を上げると、兄もとてもつらそうに泣きそうな顔をしていた。
「はい……お兄様。どうか、道中お気を付けて……旅のご無事を祈っています」
「ルーク……すまない、すまない、ルーク!!」
そう言って、兄はずっと抱きしめてくれた。その日、俺は、初めて兄と一緒に眠ったのだった。
◆
兄がいなくなってからの俺は孤独だった。
屋敷は、執事や侍女はいるが、父から不要な接触は禁止されているのか、みんな俺には近づいて来ない。唯一、マリーだけが気さくに話をしてくれるが、もちろん食事は一人だし、日中も一人、特にすることもないので、本を読んだり、庭を散歩して過ごした。
広い屋敷で一人で過ごすのは思ったよりも精神的につらくて『もう、どうにでもなれ』と投げやりな気持ちで過ごしていると、レオンハルトに呼び出しを受けた。
だから俺もどこか、他人事のように感じながら城に向かったのだった。
「お待ちしておりました。ルーク様」
俺は、以前俺を案内してくれた執事に、またしても案内されて、レオンハルトが待つという部屋に向かった。城の中を歩いていると、エントランスの正面に国王陛下の肖像画が見えた。陛下は、レオンハルトとよく似ていた。
その肖像画を見た途端に、漫画の毒杯シーンを思い出した。
怖い。
俺はその時、ずっと忘れていた恐怖を思い出した。
だが、もう逃げることもできない。
「はぁ。せめて、心の準備したかった……」
俺は歩きながら、自分でも無意識に呟いていたのだった。
◆
それから俺は、机が2つとソファーにテーブルという応接セットと本棚がある部屋に通された。
カチカチ。
カチカチ。
高価だと一目でわかるほどの柱時計が秒針を刻んでいた。執事に「こちらでお待ち下さい」と言われて、かれこれ十分は経った。
待たせ過ぎではないだろうか?
それとも普通だろうか?
退屈だった俺は本棚に目を向けた。
「あの……ここの本、読んでもいいですか?」
ダメ元で、控えている執事に尋ねると、執事は「どうぞ」と答えた。
「どうも」
俺はソファーから立ち上がって本棚を見た。
植物の本の隣に、歴史の本があり、さらには哲学の本に、建築の本。子供向けの絵本や物語も、数冊用意されていた。
どれだけ雑食な人の本棚なのだろうか?
まるで統一感がない。
俺は、迷いながらも、この世界の地理が載っていると思われる本を手に取った。地形とか、どんな土地があるのかは、今後のためにも知っておきたい。
カチカチ。
カチカチ。
「ふぅ」
本は読み終わったが、まだレオンハルトの姿は見えない。
「ルーク様、まだ読書をされますか?」
本を閉じたタイミングで、執事が尋ねてきた。
「え? ああ、そうですね……します」
「畏まりました」
俺は次の本を探すために、本棚に向かった。次に俺が選んだのは、道具の本だった。異世界とはどんな物を使って生活しているのかを知りたかったのだ。結局その日は、その後、薬草について書かれた医療関係の本を読んだ。
◆
パタン。
「ふぁ~~あ」
本を閉じると、俺は大きく伸びをした。
外はすでに陽が傾いていた。確か昼過ぎにここに来たはずだった。俺は、ふと、どうしてここにいるのかを考えた。
何にしに来たんだ?
本気で考えて、俺はようやく思いついた。
そうだ!! 呼び出し……。
俺はレオンハルトに呼び出されのだった。だが、これだけ待って来ないのだ。どうやら俺はすっぽかされたようだ。まぁ、悪の親玉のレオンハルトにとって、俺は所詮その程度の人物なのだろう。普通の人間なら、怒るかもしれないが、俺はモブとして生きてきたので、存在を忘れられることには慣れているし、レオンハルトに会わなくていいのなら、それに越したことはない。
「あの……俺、もう帰ってもいいですか?」
俺がソファーから立ち上がると、執事は慌てた様子で声を上げた。
「お待ちください、ルーク様、レオンハルト王子殿下にお会いせずに戻られるのですか?」
「はい。これだけ待って来ないのですから、もう殿下もお忘れですよ。では本日は、これで失礼します。あ……馬車乗り場まで送ってくれます? 迷いそうなので……」
ガチャ。
俺が部屋を出ようと扉を開けると、不機嫌そうに眉を寄せ、腕を組んだレオンハルトが、廊下の壁に背をあずけて、もたれかかるように廊下に立っていた。
ガチャ。
俺は再び、扉を閉めて部屋の中に入った。
今、レオンハルトがいた……よね?
いたよね?
え? 何してるの?
あの人、何してるの??
俺は、思わず扉の前から逃げて窓を開けて、外を見た。
ここは2階で木の枝に飛び乗れば、逃げられないことはなさそうだ。
俺がそんなことを考えていると「ドカッ!!」と大きな音がして、扉が開け放たれた。
すると扉の前には、まさに鬼の形相のレオンハルトが立っていたのだった。
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