第6話 運命のお茶会(3)
俺は執事が入れてくれたお茶を飲んでいた。執事はお茶を入れ終わっても、この場を立ち去ろうとはしなかった。
「あの……もういいですよ。後は1人で。執事さんも忙しいでしょ?」
正直、誰かに見られていると、くつろげないので、1人になりたいのだが……。
遠回しに向こうに行って欲しいと伝えると、執事がにっこりと微笑んだ。
「もし、ルーク様をお1人にして何かあっては大変ですので、こちらにお控えしております。どうぞ私のことはいない者とお考え下さい」
「は……い」
どうやら、こちらも『公爵家の世間知らずな子供を、一人でほっとけるか!!』ということを遠回しに伝えられてしまった。まぁ、あの会場にいるよりはマシなので、執事が監視することぐらいは、譲歩する必要がある。
俺は、お茶を飲みながら、不思議なお菓子を手に取った。クッキーのような見た目だが、かなり薄い。口に入れると、サクッといい音がした。食べてみると、小麦粉でできたポテトチップスとか、薄いクラッカーのような物だと想像してくれたらわかりやすいだろうか?
俺はそれに、陽の光のような鮮やかなゼリーのような物を乗せて、口に入れた。ゼリーは甘いのかと思ったが、サラダのジュレのようなものだった。
「美味しい……」
美味しくて思わず微笑むと、誰かに右の耳元で話かけられた。
「私からすぐに目を逸らしたかと思えば、兄や執事のミルカにまで笑顔を振りまいて……一体、何を考えている? ルーク」
「ギャア~~~~!!」
俺は思わず右耳を押さえながら、座っていた椅子から飛び降りると、地面に尻もちをついた。そして、地面に尻もちを着いたまま、先程の声の主に視線を向けた。
「レオンハルト……殿下」
目の前には悪の親玉。レオンハルトが、俺に氷のような視線を向けていた。俺をそそのかして、散々俺と兄の兄弟仲を悪化させ、挙句の果てに……俺に毒杯を……。
俺は即座に立ち上がると、痛みのあるお尻を押さえたままレオンハルトを見た。
「おい、そこまで過剰反応することか? 尻を打ったのか? 見せてみろ」
レオンハルトは、眉を寄せながら言った。
「いえいえ、滅相もございません!! もしかしてレオンハルト殿下は、こちらで過ごされるのですか? それでは私は退散致します。では!!」
俺は背筋を伸ばすし、その場を離れようとした。だが……時、すでに遅し。俺は悪の親玉レオンハルトに手を握られてしまった。
「待て、尻を打ったのだろう?」
ギャア~~~~~!!
俺は心の中で声にならない叫び声を上げていたが、実際は恐怖で声も出せなかった。スリスリと、レオンハルトに尻を撫でられて、俺は恐怖で今にも魂が抜けだしそうに白目をむいた。
どうしたらいいんだ?!
レオンハルトが俺の腕を掴んだまま、俺のお尻を撫でてくるのだが?!
頭の中に、漫画の中の毒杯シーンが高速で駆け巡った。
怖い、怖い、怖~~い!!
俺は手を掴まれたまま、レオンハルトの方を見て、俺のお尻からレオンハルトの手をやんわりと外した。
「大丈夫です、レオンハルト殿下!!」
きっと今の俺の顔は恐怖で歪んでいただろう。
もう、無理。
怖い、逃げたい。
そんな精神状態が限界な俺に、レオンハルトがニヤリと恐ろしい笑みを浮かべながら言った。
「お前の様子がおかしいので、調べさせてもらった。ルーク……。お前、――記憶がないのだろう?」
「え……?」
思考が止まった。
レオンハルトは、俺の記憶がないこと知っている?!
ひえ~~~~~!!
確か俺がこの人に会ったのは、1時間くらい前の話だったはずだ。
それなのに、こんな短時間で俺の記憶がないということも調べ上げたというのか?!
これって公爵家のセキュリティーが甘いのだろうか??
それとも、王家の情報収集能力が、高すぎるのだろうか?!
どっちだ?!
俺が予想外の展開にパニックになっていると、レオンハルトがさらに距離を詰めて来た。手を握られ、またしても尻に手を当てられて、今度は逃げられないように身体を固定された。
怖ぇ~~~~!!
今、俺は、目の前の悪の親玉の7歳児に本気で恐怖を感じていた。
俺も、今は7歳児だけど……。
それとも、7歳の身体に心が引っ張られるのだろうか?
どちらにしても、この状況は怖すぎる!!
レオンハルトは、俺をじっと見つめながら、口の端だけを上げながら言った。
「ルーク……最近は、随分とイザークにべったりらしいな。言ったはずだ。お前は、あいつを蹴落とさなけば、いずれ公爵家から追い出されると……。だから私が助けてやろう。お前は、私の言うことを聞けばいいのだ」
うわ~~~~そのセリフめちゃくちゃ、悪いヤツが言うセリフだよね?!
7歳児が言うセリフじゃないから~~~!!
でも、そうか……。
どうして、漫画の中のルークが執拗に、イザークと仲良くなった女性に手を出そうとするのか、ずっと、わからなかった。兄の恋路を必死に邪魔しようとする姿を見て、俺は『もしかして、この弟って、兄のこと好きなんじゃね?』と思ったくらいだった。
だがルークはレオンハルトに『このままでは公爵家を追い出される』と、こんなにも幼い頃から刷り込みを受けていたようだ。その結果、ルークは公爵を追われる恐怖で、兄と親しくなる女性に手を出そうとしたのだろう。だがその結果、公爵家からは絶縁され、ずっと信じていたレオンハルトに裏切られることになるなんて、漫画の中のルークはどれほど絶望したのだろう。
俺が、ルークのことを想って心を痛めていると、レオンハルトがさらに俺に顔を近づけながら怪しい笑みを浮かべた。
「安心しろ、ルーク。お前のために――私が手をかしてやる」
――!!
俺は漫画の中のルークの絶望を想像して、力いっぱいレオンハルトの掴んでいた手を振りほどいた。
「俺は、お兄様と……仲良くしたい!! あの人は俺に優しくしてくれた! 俺はお兄様のことが好きだ!! 仲違いなどしたくない!!」
まさか俺に手を振りほどかれると思っていなかったのか、レオンハルトは呆然と俺を見ていた。
俺はそのまま、その場を走って逃げた。
決して振り向かずに、その場から必死で逃げて、逃げて、大勢人がいるお茶会会場に戻ると、皆に囲まれている兄を見つけ周りの目も気にせずに兄の腰に抱きついた。
「ル、ルーク?! どうしたのだ?!」
兄が突然、抱きついて来た俺に驚いてはいたが、邪険にすることもなく私の頭を撫でながら「弟がすみません」と対応してくれていた。
「まぁ、イザーク様に甘えていますのね」
「お気になさらず」
令嬢たちは口ではそんなことを言いながらも、相変わらず『早くどこかに行け』というプレッシャーを与えてくるが、そんなのは関係ない。俺は心から、あのレオンハルトが怖いのだ。
兄の腰に縋りつく情けない弟と不名誉なレッテルを貼られてしまうかもしれないが、それでもいい。
何度だって言うが、俺は、あいつが怖い!!
この場であいつの魔の手から俺を守ってくれそうなのは、もう兄のイザークしかいない。
それに兄も『困った』と言いながら、俺を決して振りほどこうとはしない。それどころか肩を抱き寄せてくれてまんざらでもない様子だ。俺はそれに甘えることにした。
その日は、結局、お茶会が終わるまで、兄にくっついていたのだった。
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