第5話 運命のお茶会(2)
それから、すぐに2人の王子のあいさつが始まった。王子の名前は、それぞれ、ベルンハルトとレオンハルト。兄に確認したところ、ベルンハルトは9歳で、兄と同じ年。レオンハルトは7歳で、俺と同じ年だそうだ。
俺は、レオンハルトが、漫画の中のルーク、つまり俺をそそのかして悪事を働かせたことを思い出して、固まったまま王子のあいさつを聞いていた。
混乱してあいさつなど何に一つ耳に入らない状況で、いつの間にか1人目の王子の話が終わり、2人目のレオンハルトのあいさつになった。
恐怖と緊張でレオンハルトを見つめていると、話の途中で俺はレオンハルトと目が合った。
――ヤバい!!
俺は高速でレオンハルトと目を逸らすと、兄と握っていた手に力を込めて、思わず兄の背に隠れるように兄に身を寄せた。
『裏切り? お前が勝手にしたことだ……』
何度も何度も繰り返すように、漫画の中の毒杯をあおるシーンが浮かんで来て、足の震えが止まらない。
怖い!
怖い!!
怖い!!!
リアルな漫画だと思って好きだったのだが、実際にレオンハルトを目にすると、本当にリアルで、俺は、恐怖で無意識に兄の後ろに隠れ、それからはもうレオンハルトの顔を一度も見れなかったのだった。
◆
王子のあいさつが終わると、あいさつの間、止んでいた音楽が再び流れ始めた。クラシックの生演奏なんて贅沢なのでゆっくりと聞きたいのに、俺はこの場を離れたくて仕方がなかった。
「さぁ、行こうか。あいさつが終わったら自由にお茶を飲んだり、お菓子を食べてもいいからね」
兄が優しく微笑んでくれたのを見て、俺はハッとした。そう言えば俺は将来、この優しい兄と敵対する関係になるのだ。
一体この後、兄と俺との間に何があって、漫画の中のように兄弟仲がこじれたのか見当もつかないが、今の俺は兄との関係を壊したくはなかった。兄の優しい微笑みを見て『兄は一体いつまで、俺に微笑みかけてくれるのだろうか?』と不安になっていた。
漫画では兄のイザークは、常に弟のルークに鋭い眼差しを向けていたはずだ。ここ数日、ずっと一緒に居てくれたので、俺はこの人にすっかり情が湧いていた。だから、この笑顔が消えてしまうが悲しくて泣きそうになった。
「ルーク、どうかしたのかい?」
ずっと兄を見つめて何も返事をしない俺を不審に思ったのか、兄が首を傾けながら口を開いた。
「いえ……あいさつですよね。行きます……」
本当はあいさつなど行きたくはないし、もう屋敷に帰りたいが、主催者である王子へのあいさつは、貴族令息である自分たちの義務だ。これを放棄するわけにはいかない。
俺は返事をすると、きつく手を握った。兄はそれに気づいて微笑むと、ポンポンと優しく頭を撫でてくれたのだった。
「ベルンハルト殿下、レオンハルト殿下。この度は、お招き頂きありがとうございます」
あいさつをする直前に俺と兄は手を離し、王子2人の前に行き、兄の言葉で俺も同時に頭を下げた。
「ああ、イザークに、ルーク。来てくれて感謝する。楽しんで行ってくれ」
「はい。感謝致します」
兄と、ベルンハルトが話をしている横で、レオンハルトが、俺に刺すような視線を向けている。
モブな俺は人の視線にすぐに気づいてしまうのだ。
俺はレオンハルトとは目を合わさず、ひたすらベルンハルトをじっと見つめた。
「どうしたのだ、今日は大人しいな。ルーク。それに、そんなに私を見つめるな。見惚れるほど私はいい男か?」
ベルンハルトが冗談を言うように笑い、この場は穏やかな雰囲気になるが、その言葉で俺へのレオンハルトからの視線には鋭さが増した気がした。
ひぇ~~~早く、早く終わってくれ!!
レオンハルトの顔が恐ろしくて、見れずにベルンハルトをただひたすら見つめていると、不意にベルンハルトに笑いながら話かけられた。
「ふふふ、ルーク。後で私と、個人的に話でもするか?」
「え? あの、そのような恐れ多い……ことは……」
俺がベルンハルトの冗談に混乱しながら答えている間にも、ベルンハルトの隣のレオンハルトから、痛みを感じるほどの鋭い視線を感じる。
痛い。
視線が痛いって、何事だよ?!
怖いよ!!
レオンハルトの視線に恐怖を感じていると、兄が俺の背に手を伸ばし、庇うように言った。
「ベルンハルト殿下、冗談はそこまでにして下さい。それでは、ベルンハルト殿下、レオンハルト殿下。皆が、お2人にあいさつするのを待っておりますので、私たちはこの辺で失礼致します」
「ああ、悪いな。ルーク、珍しい菓子も手に入れたので、ぜひ楽しんで行ってくれ」
ベルンハルトの言葉に俺は小さな声で答えた。
「ありがとうございます」
ようやく、針のムシロのような状況から解放されたが、背中にずっと鋭い視線を感じて、俺は兄に隠れるように2人の王子の前から去ったのだった。
◆
「イサーク様ぁ~~」
「イサーク様、お会いしたかったですわ」
2人の王子とのあいさつが終わり戻ってきた途端、兄はヒラヒラのドレスを来た令嬢たちに囲まれた。
ジリジリと距離を詰めて来る令嬢は怖い。
本当は兄から離れたくはなかったが、女の子たちの『イザール様の隣に行くのは私よ!』という圧に耐えられるはずもなく、俺はその場を離れることにした。
「じゃあ、お兄様。後で」
「ルーク、1人で大丈夫かい?」
「はい」
「そうか、では、後で」
「はい」
俺は令嬢をかき分けるように兄の側を離れると、お菓子や軽食があるテーブルに向かい、何か食べることにした。
並んでいる物は、どれも見るからに甘そうで、胸やけしそうだった。俺は、甘い物が得意ではないのだ。レオンハルトと対峙して疲れていたので、何か食べたかったのだが、甘い物は食べたくない。
こうなったら、自分のカンで選ぼうと思い、お皿に手を伸ばそうとした。
「ルーク様、私がお手伝い致します。何を御所望ですか?」
不意に執事に話かけられて、俺は咄嗟に口を開いていた。
「甘いお菓子が苦手で、甘くない物はありますか?」
俺が尋ねると、執事は一瞬、無表情になった後にすぐににっこりと笑った。
なんだ?
「ええ。お取り致します」
一瞬、違和感を感じたが……気のせいだと思うことにした。
「お願いします」
その時の俺はようやく、蛇に睨まれた蛙のような危機的な状況から脱して気を抜いていた。だから、この執事が他の執事とは違い、やけに自分に絡んで来ることや、自分の名前を知っていたことに気づけなかったのだ。
「よろしければ、席にご案内いたします。どのようなお席がお好みですか?」
席の好み?
まさか、そんなことを聞かれると思わなかったので、戸惑ってしまった。適当に座ろうと思っていたが、案内してくれるというのなら、案内してもらうのもいいかもしれない。城は、複雑な構造をしているので、迷子になっても困る。
「あの……それでは、人のあまり来ない静かな場所はありますか?」
「ございますよ。ご案内いたします」
「お願いします」
執事は、すぐに俺に背を向けて歩きだしたので、その時の俺はこの執事がニヤリと笑ったことに気が付かなかったのだった。
執事に案内されて、ほとんど人のいない背の高い生垣のような植物が、植えてある場所に案内された。
「こちらです」
おお~~本当に誰もいない。
ここは穴場だな!!
これなら、お茶会が終わるまで、のんびりとできるな。
俺は理想的な場所を見つけて嬉しくなった。
内心とても喜んでいると、先ほどの執事がテーブルの上に甘くないお菓子を置いて、美しく微笑んだ。
「ルーク様、お飲み物をお持ち致します」
「お願い致します」
ここはかすかに音楽は聞こえてくるものの、人の声も聞こえずに、人の姿も見えない。かなり快適な場所だった。
あ~いい場所を見つけたな~~。
俺は、誰もいない静かな場所を見つけて、上機嫌だった。
だが、その時の俺はまだ気づいていなかったのだ。
あのレオンハルトのテリトリー内である城で、人目のないところで1人でいることのリスクを……。
それに気づくのはそれからすぐ後のことだった。
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