第4話 運命のお茶会(1)
「城……だ」
俺は馬車の中から城を見ながら呟いた。
目の前には、テーマパークにあるような巨大な建造物がそびえ立っていた。
「ああ、もしかしてルークは、城も覚えていないのかい?」
兄に聞かれて、城から兄に視線を移しながら答えた。
「覚えて……ないですねぇ? ちなみに俺は、ここに来たことがあるんですか?」
「ああ、あるよ。7歳になると、お茶会に参加することになるからね」
兄はニコニコと嬉しそうに答えてくれた。
「前から気になってたんですけど……お茶会に行ったことがあるのに、俺って知り合いが誰もいないんですか?」
俺が記憶喪失になったというのに、兄は『誰にも言わなくても問題ない』と判断した。お茶会に参加しているのなら、親しい人間が、少しはいるのではないかと思ったのだ。
兄は困ったように言った。
「ん~~そうだな~~。みんなルークの可愛さに、遠巻きに見ていたようだったからね」
俺はそれを聞いて全てを悟った。
なるほど……前の俺は、目立つ服装に、さらに宝石を着けまくるヤバいヤツだったんだ。
それで他の貴族は遠巻きにして、近づけなかったんだろう。
何やってんだよ、前の俺!!
初めてやるのに、『難易度Sクラスでニューゲーム』を選ぶくらい、ハードモードなスタートじゃねぇかよ!!
俺は早くも、お茶会を早々に離脱する気満々だったのだった。
◆
馬車が到着すると、兄が俺に手を差し出した。
「ルーク。迷子になるといけないから、私と手を繋いでいよう」
「え? 迷子……?」
迷子になるか!
そう思ったが、兄の圧を感じて俺は手を繋いだ。
だがその数分後。俺は手を繋いでよかったと思うことになる。
城という場所は、本気でややこしいし、しかも高価そうな物が所狭しと並んでいる。
これは……迷子になるし、高価な物にぶつかる!!
一応、案内の執事はいるが、兄と、はぐれたら困ると思い、俺は無意識に兄の手を握る手に力を入れた。
「大丈夫だよ、ルーク」
兄は嬉しそうに笑うと、繋いでいない方の手で頭を撫でてきた。頭を撫でられるのは、恥ずかしい。だが、とても嬉しそうな兄の顔を見てしまうと、何も言えなかった。俺は恥ずかしさに耐え『案内して貰っているのだから普通だ。仕方ない』と思い、兄の気が済むまで頭を撫でられることにしたのだった。
◆
「ああ、イサーク様だわ……今日も麗しいわ」
「本当に、イサーク様は、素敵ねぇ~~」
お茶会の会場に入った途端、俺たちは多くの視線を集めた。特に、女の子の視線を感じる。だが、俺はその感覚に身に覚えがあった。きっと、みんな俺の隣の兄をみているのだろう。
俺がまだ久世奏だった頃、俺が参加する合コンに、必ずといっていいほどいるヤツがいた。
それが徳田だ。徳田は距離感のバグっているヤツだったので、やたらと俺と距離が近かった。俺の耳に口を当ててみたり、背中に手を回してみたり、冗談で俺の尻を撫でまわしてみたりと、とにかく距離が近いヤツだった。徳田がそんな風に俺に近づいてくると、俺はいつも、女の子の視線を感じた。
その視線には、俺に対して『そこに座るのは、私よ』『早くそこをどきなさいよ』と無言の圧が含まれていた。
今回もそれだ。美少年で、貴族の兄を狙って、令嬢たちからは『そこをどきなさいよ』『手を繋ぐのは私よ』という無言の圧を感じる。
俺は、どこに行っても俺は顔のいい男の引き立て役で……本当に嫌になる。
「あの……お兄様。もう迷わないからさ、手離そう?」
俺が女の子の圧に負けて、兄を見上げると、兄が困ったように言った。
「ん~~もうすぐ、王子殿下たちがお見えになるんだ。あいさつをするまで、少し待ってくれるかい? あいさつは、私と一緒に行こう」
「あ……あいさつ」
確かに、あいさつは俺一人で行っても作法がよくわからないので、兄と一緒に行った方がいいだろう。兄は周りを見回しながら言った。
「おそらく、私たちのあいさつは、一番初めだから、すぐに終わるよ。それまで手を繋いでいよう」
「へぇ~~。……え?」
俺は思わず兄の顔を見上げた。
「あの……お兄様はお茶会や夜会の時、あいさつをするのは、爵位の高い順って言ってたよな? ちなみに俺たちって、爵位があるの?」
俺が兄に小声で尋ねると、兄も驚いた顔をした後に、身体を屈めて俺の耳元に口を寄せながら言った。
「ああ、そうか……その辺りも覚えていないのか。すまない。私やルークは爵位は持っていないが、父が公爵という位を賜っているよ」
コウシャク? それってなんだけ?
「それって、偉いの?」
「そうだね……偉いという言い方が正しいのか、どうなのかの判断は難しいが、爵位の中では、王家、大公閣下に続き、3番目になる。だが現在は大公の位は空位なので2番目になるな」
「え?」
俺は目を大きく開けた。屋敷も大きく、働いている従業員も多いので、なんとなく、お金持ちの貴族なのだろうとは思っていた。だが……まさか、そんなに位が上だとは思わなかった。三国志でいうなら丞相くらいの地位の高さだろうか? 日本史でいうと、摂政とか関白になるのか? 詳しくはわからないが、とにかく俺は本気で高貴な家に転生してしまったようだった。
しばらくすると、音楽が流れ始めた。
「ルーク。王子殿下がいらっしゃるようだ。準備はいいかい?」
「……うん」
兄が説明してくれた後に、司会のような人の大きな声が聞こえた。
「ベルンハルト殿下と、レオンハルト殿下のご入場」
レオンハルト……?
俺はその名前を聞いて、またしても既視感を覚えた。どこかで聞いた名前だ。そして、俺はその名前にいい印象を持っていない。
なんだ?
どうした?
モブの俺のカンが『ここにいたらヤバい逃げろ』と言っている。
俺は言いようのない不安を感じながら、王子の姿を見て、思わず固まってしまった。
碧い色を含んだ美しい金髪に、濃厚な紫色の瞳。鼻筋が通り、整い過ぎた顔。そして、なぜが背筋が凍りそうになる笑顔。なにより、目の下に3つの三角を形作るようなほくろ。
え?
レオンハルトって……。まさか!!
そうだ……どうして、今まで気が付かなかった?!
ここは、俺が久世奏として、生きていた時、最後に読んだ成人指定のエロ漫画の世界によく似ている。思い起こせば、俺は漫画の主人公を名前ではなく、兄、弟と思いながら漫画を読んでいたが、兄の名前は、イサークで、弟の名前はルークだった。そして、ルークを自分の取り巻きにして、兄に悪事を働くようにけしかける、腹黒王子は、レオンハルトと言う名前だった。
ラストの弟ルークの毒杯を飲ませるシーン。ルークが『裏切り者!!』だと何度も泣きながら名前を呼んでいた人物。しかも今回の漫画の表紙は、主人公のイザークと大きく胸の開いた服を着た貴族令嬢だったが、扉絵がレオンハルトだったので、俺はカラーでレオンハルトの姿を見たのだ。
目の前に現れた王子と、その扉絵の顔は瓜二つだったのだった。
「ウソ……だろ?」
俺は信じられない光景に、その場で凍り付いたように動けなくなったのだった。
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