第4話 運命のお茶会(1)




「城……だ」


 俺は馬車の中から城を見ながら呟いた。

 目の前には、テーマパークにあるような巨大な建造物がそびえ立っていた。


「ああ、もしかしてルークは、城も覚えていないのかい?」


 兄に聞かれて、城から兄に視線を移しながら答えた。


「覚えて……ないですねぇ? ちなみに俺は、ここに来たことがあるんですか?」

「ああ、あるよ。7歳になると、お茶会に参加することになるからね」


 兄はニコニコと嬉しそうに答えてくれた。


「前から気になってたんですけど……お茶会に行ったことがあるのに、俺って知り合いが誰もいないんですか?」


 俺が記憶喪失になったというのに、兄は『誰にも言わなくても問題ない』と判断した。お茶会に参加しているのなら、親しい人間が、少しはいるのではないかと思ったのだ。

 兄は困ったように言った。


「ん~~そうだな~~。みんなルークの可愛さに、遠巻きに見ていたようだったからね」


 俺はそれを聞いて全てを悟った。


 なるほど……前の俺は、目立つ服装に、さらに宝石を着けまくるヤバいヤツだったんだ。

 それで他の貴族は遠巻きにして、近づけなかったんだろう。


 何やってんだよ、前の俺!!

 初めてやるのに、『難易度Sクラスでニューゲーム』を選ぶくらい、ハードモードなスタートじゃねぇかよ!!

 

 俺は早くも、お茶会を早々に離脱する気満々だったのだった。







 馬車が到着すると、兄が俺に手を差し出した。


「ルーク。迷子になるといけないから、私と手を繋いでいよう」

「え? 迷子……?」


 迷子になるか!


 そう思ったが、兄の圧を感じて俺は手を繋いだ。

 だがその数分後。俺は手を繋いでよかったと思うことになる。

 城という場所は、本気でややこしいし、しかも高価そうな物が所狭しと並んでいる。

 これは……迷子になるし、高価な物にぶつかる!!

 一応、案内の執事はいるが、兄と、はぐれたら困ると思い、俺は無意識に兄の手を握る手に力を入れた。


「大丈夫だよ、ルーク」


 兄は嬉しそうに笑うと、繋いでいない方の手で頭を撫でてきた。頭を撫でられるのは、恥ずかしい。だが、とても嬉しそうな兄の顔を見てしまうと、何も言えなかった。俺は恥ずかしさに耐え『案内して貰っているのだから普通だ。仕方ない』と思い、兄の気が済むまで頭を撫でられることにしたのだった。





「ああ、イサーク様だわ……今日も麗しいわ」

「本当に、イサーク様は、素敵ねぇ~~」


 お茶会の会場に入った途端、俺たちは多くの視線を集めた。特に、女の子の視線を感じる。だが、俺はその感覚に身に覚えがあった。きっと、みんな俺の隣の兄をみているのだろう。


 俺がまだ久世奏だった頃、俺が参加する合コンに、必ずといっていいほどいるヤツがいた。

 それが徳田だ。徳田は距離感のバグっているヤツだったので、やたらと俺と距離が近かった。俺の耳に口を当ててみたり、背中に手を回してみたり、冗談で俺の尻を撫でまわしてみたりと、とにかく距離が近いヤツだった。徳田がそんな風に俺に近づいてくると、俺はいつも、女の子の視線を感じた。

 その視線には、俺に対して『そこに座るのは、私よ』『早くそこをどきなさいよ』と無言の圧が含まれていた。


 今回もそれだ。美少年で、貴族の兄を狙って、令嬢たちからは『そこをどきなさいよ』『手を繋ぐのは私よ』という無言の圧を感じる。

 

 俺は、どこに行っても俺は顔のいい男の引き立て役で……本当に嫌になる。



「あの……お兄様。もう迷わないからさ、手離そう?」


 俺が女の子の圧に負けて、兄を見上げると、兄が困ったように言った。


「ん~~もうすぐ、王子殿下たちがお見えになるんだ。あいさつをするまで、少し待ってくれるかい? あいさつは、私と一緒に行こう」

「あ……あいさつ」


 確かに、あいさつは俺一人で行っても作法がよくわからないので、兄と一緒に行った方がいいだろう。兄は周りを見回しながら言った。


「おそらく、私たちのあいさつは、一番初めだから、すぐに終わるよ。それまで手を繋いでいよう」

「へぇ~~。……え?」


 俺は思わず兄の顔を見上げた。


「あの……お兄様はお茶会や夜会の時、あいさつをするのは、爵位の高い順って言ってたよな? ちなみに俺たちって、爵位があるの?」


 俺が兄に小声で尋ねると、兄も驚いた顔をした後に、身体を屈めて俺の耳元に口を寄せながら言った。


「ああ、そうか……その辺りも覚えていないのか。すまない。私やルークは爵位は持っていないが、父が公爵という位を賜っているよ」


 コウシャク? それってなんだけ?


「それって、偉いの?」

「そうだね……偉いという言い方が正しいのか、どうなのかの判断は難しいが、爵位の中では、王家、大公閣下に続き、3番目になる。だが現在は大公の位は空位なので2番目になるな」

「え?」


 俺は目を大きく開けた。屋敷も大きく、働いている従業員も多いので、なんとなく、お金持ちの貴族なのだろうとは思っていた。だが……まさか、そんなに位が上だとは思わなかった。三国志でいうなら丞相くらいの地位の高さだろうか? 日本史でいうと、摂政とか関白になるのか? 詳しくはわからないが、とにかく俺は本気で高貴な家に転生してしまったようだった。

 しばらくすると、音楽が流れ始めた。


「ルーク。王子殿下がいらっしゃるようだ。準備はいいかい?」

「……うん」


 兄が説明してくれた後に、司会のような人の大きな声が聞こえた。


「ベルンハルト殿下と、レオンハルト殿下のご入場」


 レオンハルト……?


 俺はその名前を聞いて、またしても既視感を覚えた。どこかで聞いた名前だ。そして、俺はその名前にいい印象を持っていない。


 なんだ? 

 どうした?


 モブの俺のカンが『ここにいたらヤバい逃げろ』と言っている。

 俺は言いようのない不安を感じながら、王子の姿を見て、思わず固まってしまった。

 碧い色を含んだ美しい金髪に、濃厚な紫色の瞳。鼻筋が通り、整い過ぎた顔。そして、なぜが背筋が凍りそうになる笑顔。なにより、目の下に3つの三角を形作るようなほくろ。


 え?

 レオンハルトって……。まさか!!


 そうだ……どうして、今まで気が付かなかった?!


 ここは、俺が久世奏として、生きていた時、最後に読んだ成人指定のエロ漫画の世界によく似ている。思い起こせば、俺は漫画の主人公を名前ではなく、兄、弟と思いながら漫画を読んでいたが、兄の名前は、イサークで、弟の名前はルークだった。そして、ルークを自分の取り巻きにして、兄に悪事を働くようにけしかける、腹黒王子は、レオンハルトと言う名前だった。


 ラストの弟ルークの毒杯を飲ませるシーン。ルークが『裏切り者!!』だと何度も泣きながら名前を呼んでいた人物。しかも今回の漫画の表紙は、主人公のイザークと大きく胸の開いた服を着た貴族令嬢だったが、扉絵がレオンハルトだったので、俺はカラーでレオンハルトの姿を見たのだ。

 目の前に現れた王子と、その扉絵の顔は瓜二つだったのだった。


「ウソ……だろ?」


 俺は信じられない光景に、その場で凍り付いたように動けなくなったのだった。


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