第2話 異世界転生?



 なんだ? 身体が熱い……。


 気が付くと、俺はどうしようもない身体の怠さと、頭の痛みを感じた。


 ここは……?


 見たこともない場所に、全く身に覚えのない匂い。ここがどこなのか、全く見当がつかない。


「お坊ちゃま。気が付いたのですか? よかったぁ~~~もう、この年老いたマリーをあまり心配させないで下さい」


 俺の目の前には、明らかに国籍が違うと思われる、見知らぬ女性……。

 聞きたいことはたくさんあるのに、喉が痛くて声が出ない。


「お坊ちゃま、これに懲りたら、イサーク様に、向かっていくのはおやめ下さい。奥様もお亡くなりになり、旦那様もお忙しくて、滅多に戻られない。今、この家には、お坊ちゃまの家族は、イサーク様だけなのですよ? 仲良くして下さい」


 イサーク?


 俺はその名前を、どこかで聞いたことがある気がする。

 おかしい、外国人の友人は、イギリスからの留学生のクリスしか知らないのだが……。


 ダメだ。

 全然わからないし、頭が痛い。


 困惑していると女性は俺のおでこに、手を当てながら言った。


「まだ熱いですねぇ~」


 ああ、俺……。熱があるのか……。


 熱で頭の鈍っていた俺は、その時ようやく、自分が寝込んでいることに気づいたのだった。


「お坊ちゃま、お食事ですよ。起き上がれますか?」


 食事と聞いて、俺は重い身体を起こした。返事をしたいが声が出ない。


「……」


 熱が高いのか身体がふらつく。

 自分の手を見ると、小さい手足に、小さな身体。


 ふと窓を見ると見知らぬ子供が映っていた。白い身体に、緑色の瞳。サラサラの銀髪。

 どこをどう見ても、黒髪、黒目の元の自分ではない。


 え? 何?

 俺、どうなったの?

 もしかして、これって異世界転生?!


 熱と喉の痛みで思考が出来ない。

 その時、ノックの音がして部屋の扉が開いて、窓に映っている自分と同じ銀髪に緑の瞳を持つかなり顔の整った外国人男性が入って来た。


「ルーク……目が覚めたのか……」


 ルーク?

 もしかして、この子の名前か?


 俺は喉が痛くて何も言えない。そんな俺の代わりにマリーが答えたくれた。


「イサーク様。たった今、ルーク様が目を覚まされました。まだ熱は高く、喉も腫れているようなので、お話はできないかもしれません」


 イサークは俺のベッドの前に座ると眉を寄せた。


「そうか……ルーク、栄養を摂ってゆっくりと休め」


 心配そうな顔、穏やかな口調。この人は悪いヤツじゃない。

 直感でそう思った。


 俺は頷くと、食事を済ませて再び眠りについたのだった。

 そして、翌日目覚めて、熱も下がり、声を出るようになった俺は、世話をしてくれたマリーに「ここはどこ? 俺は、誰なの?」と今思えば、おかしなこと尋ねてマリーを絶叫させたのだった。





 マリーに質問攻めにされて全ての質問に「わからない」と答えた後に、「少々失礼いたします」とマリーは慌ただしく部屋を出て言った。

 そしてしばらくして、バタバタと廊下を走る音が聞こえたかと思えば、「バン!!」と大きな音がして、扉が開け放たれた。

 すると、長い銀髪をなびかせ、緑の瞳をしたイサークが入って来て、凄い勢い近付いて至近距離で、尋ねて来た。


「ルーク!! 記憶がないというのは本当か?!」


 少年といえども、どこか圧のある美少年が真顔で近づいてくれば、怖い!!

 俺は怯えながらもとりあえず、聞かれたことに答えることにした。


「え~と、はい」

「私のこともわからないのか?!」


 美少年イサークは、泣きそうな顔をすると、俺に泣きそうな瞳を向けながら言ったので、俺も言葉を詰まらせながら答えた。


「は、はい。家族だとはマリーから聞きました」


 イサークは、等々涙を流しながら声を上げた。


「すまない。少しよけたつもりが、まさか、木刀を持ったまま噴水に、突っ込むとは思わなかったんだ!!! 私の落ち度だ、許してくれ、ルーク!!」


 今……俺がこの状況に陥っている、なんだか、間抜けな理由が語られたような気がする。


 もしかして、俺は木刀でこの人に向かって行って、避けられて、噴水に落ちた?

 なるほど、マリーに最初に会った時に『イサークに向かって行くな』という忠告を受けたことも納得だ。


 俺の元の人……アホだな……随分とドジというか……。空回っているというか……。

 ん? そう言えば、このドジで、空回り具合……最近どこかで……?


 悩んでいると、美少年が、俺から身体を離し、じっと見つめながら言った。


「お前は私の弟のルーク・フロード。そして、私は兄のイザーク・フロードだ」


 イザークとルーク?

 やっぱり、どこかで聞いたことがある気がするが――思い出せない。


「あ、どうも。お兄さんでしたか……え~~初めまして……ではないのかな?」


 俺の言葉を聞いた美少年が、驚いた顔をした後、下を向いてプルプルと震え出した。

 やはり、初対面のようなあいさつは失礼だっただろうか?

 兄弟というのなら、『初めまして』は、余計だったかもしれない。


 あやまろうとした途端に、美少年の兄、イサークに手を握られた。


「お兄さん……いい。出来れば、私のことは、お兄様と呼んでは貰えないだろうか?」


「え? あ、はい」


 見るからに高貴そうな人だ。きっと高貴な人たち特有の、兄弟の呼び方があるのだろう。

 

 俺には高校生の妹がいた。

 その妹は、俺のことを兄貴と呼んでいた。

 兄貴って……もっと他に呼び方は、ないのだろうか、とよく嘆いたものだ。

 昔はお兄ちゃんと呼んでくれていたのに……。


 思わず昔を思い出して遠い目をしていると、兄が俺の手を取ったまま、顔を近づけながら言った。


「呼んでみてくれ、ルーク」


「え? ……お兄様?」


 俺が言われた通りに名前を呼ぶと、兄はこの世の幸せを体現したような明るい笑顔を見せた。

 美少年の笑顔というのは、同性でも動悸がするということを知った。


「ルーク~~~兄様は嬉しいぞ~~~」


 兄は俺に抱きついた。


「え? はぁ、そうですか、それはなによりです」


 どうやら、兄弟仲は良好なようだ。身内がヒドイ人間だったら、どうしようと思っていたので、とりあえず、俺のことは好意的に思ってくれているようで、安心したのだった。






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