腹黒王子は、善良な俺を悪役令息にしたいらしい……やめよう?
藤芽りあ
第一章 大学生男子、異世界転生
第1話 典型的なモブ人生を送る男
「久世~、金曜の夜って空いてる?」
俺の名前は
俺は心の中で溜息をついた。
この感じ……絶対に合コンの誘いだろう。正直に言うと、行きたくはない。
だが中島には講義のノートを貸して貰ったり、過去のテスト問題を借りたり、大学の講義のサポートをしてもらっているだけではなく、地方から上京して一人で暮らしている俺を、たまに中島が実家に招いてくれて、お袋さんが作った夕食をごちそうしてもらっている恩がある。
こっちに来て、俺は完全に中島のお袋さんに胃袋を掴まれている。
「特に予定はないけど……」
一応、行きたくないという空気で答えたが、中島は両手を合わせながら言った。
「合コン行かね? 今回の相手、期待できそうなんだよ、頼む。その代わり、今日の夕飯家に来いよ。今日は魚の煮つけらしいぞ?」
合コン……全く嬉しくないが的中した。しかもトレードアイテム『魚の煮つけ』!!
中島の母の煮つけは臭みも一切なく、ホロホロとした魚の身が最高なのだ。
ダメだ……こんな魅惑に満ちた条件で断れない!!
「……わかった……行くよ」
中島は俺の首に腕を巻きつけると楽しそうに笑いながら言った。
「ありがとな~~~じゃあ、今日は帰り一緒に帰ろうな!!」
「わかった」
俺の答えを聞いて安心した中島は、俺から離れると軽い足取りで去って行った。軽やかに立ち去る中島の背中を見送ると、思わず溜息をついた。
俺はよく合コンに誘われる。
それはもう、かなりの頻度で誘われる。
――その理由は……。
「あはは~~もう、ヤダ~徳田君、エロい~~~。でも、ちょっとなら見てもいいよ~~SNSでもこのくらいなら見せてるしぃ~~~?」
俺は、現在、合コン会場の片隅で人数合わせという名の置物になっていた。目の前では楽しそうにはしゃぐ友人たちと、合コン相手。
「折角対面してるのに、SNSと同じ? リアル楽しもう? 少しくらい触っても良くない?」
「え~~~どうしよう~~少しだけだよ」
今日の合コンも一番人気は徳田だった。
顔もよく、しゃべりも上手い 徳田は、胸の辺りが大きく開いた服を着た巨乳の女の子たちに挟まれて座っている。
今だって、右の女の子の足を撫でながら、左の女の子の服に顔を寄せて、胸を揉んでいる。
一応個室とはいえ、やりすぎじゃないだろうか?
斜め前の俺からは、徳田たちの痴態が丸見えなのだが?
初めの頃は、徳田が女の子とイチャイチャする痴態を見ながら、身体の一部が反応しそうになっていた俺だが、慣れとは恐ろしい物である。もうこの光景に恥じらうことも、興奮することも、反応することもない。すっかり日常の風景だ。
今日の合コンも、俺の周りだけ女の子がいない。
だが、それも当たり前なのだ。
なぜか俺が誘われる合コンは、一番人気の徳田だけではなく、男性の美形率が高い。
そんな中、顔も普通で、話もつまらない男の周りに女の子が寄って来るわけがない。
女性だって、会費を払って参加してくれているのだ。俺のようなどこにでもいるモブキャラ男性よりも、徳田や中島のような美形で、話も上手い男性と、時間を過ごした方がいいに決まっている。
今日は男女5人ずつの合コンで、一番人気の徳田の周りに女の子が2人、他は、それぞれ男女2人になって楽しそうに話をしている。俺は、一応、3人で話をしている風に装ってはいるが、本当はただの飾りだ。
(はぁ~結局、俺って……いつも、人数合わせなんだよな)
決してモテないが、見た目は、悪い方ではないので、後で女の子から苦情が来ることはないらしい。
むしろ『そんな人いたっけ?』と存在を見事に忘れられる。
女の子からの苦情も来ないし、ヘタレ過ぎる俺に本命の女の子を取られることもない。
俺は、絶好の合コンの人数合わせ要員なのだ。
そんなことをぼんやりと考えていると、俺を合コンに誘った中島が、急に俺の隣に座って耳に口を寄せてきた。
「久世、悪い。今、押せばイケそうだから、先に抜けるわ。これ、彼女と俺の分の会計な」
俺は久世から会計を受け取りながら言った。
「はぁ………了解~~~。あ、今日は、ゴム持ってんの?」
中島は、一度ゴムを着けずに致してしまって、焦りながら夜中に電話をかけてきたことがある。
まぁ、その後ピルを飲んで事なきを得たらしいが、その辺りで気軽に買えるものでもないらしく、いい気持ちで熟睡していた俺の安眠を妨げ、さらには協力することになったので、つい警戒してしまうのだ。
そんな過去にやらかしている中島は、大きく頷きながら答えた。
「さすがに持ってる。しかも、これからホテル行くから大丈夫。今日の子の声、マジで可愛いんだよ」
声フェチの中島は、相手が例え一人暮らしでも、家には行かずに、ホテルを利用することを好む。
女の子の最中の声が、聞きたいので気兼ねせずにすむようにホテルを利用するそうだ。ちなみに可愛い声を聞けるのなら、例えそれが演技でも全く構わないらしい。むしろ演技の声もそれはそれで萌えるそうだ。
「あっ、そう。じゃあな。お前たちの分のデザート貰うからな」
「おう……好きなだけ食べてくれ。じゃあな!」
中島は俺に会計を託すと、女の子と一緒に店を出て行った。
きっとこの後は、盛り上がるのだろう。
……羨ましい。いや、いいんだ。俺はすでに中島の母の煮つけを胃に納めて大変満足している。帰りに炊き込みご飯のおにぎりももらったし、今度は、鶏肉の黒酢あんかけを作ってくれると約束もした。それで充分だ。それに途中で抜けたら折角会費を払っているのに、まだ来ていないデザートは食べられない。俺は絶対に全部食べる。
みんな話に夢中なので、サラダなんかは人より多く食べたし、残っている料理も食べている。折角お店の人が作ってくれた物を残すのなんて耐えられない!!
俺は、残っている料理に箸を伸ばしながら、ひたすらデザートこの合コンが終わるまで耐えたのだった。
「そろそろ出るぞ~~」
やっと合コンが終わる時間になり、支払いを済ませると店を出た。
「じゃあな」
たぶん誰も聞いていないとは思うが、俺は一応、今日の合コンメンバーに声を掛けた。
「久世~~、二次会こっちだぞ?」
帰ろうとすると、意外なことに徳田が俺に話しかけて来た。
いつもは、酒に酔った中島に強引に、連れられて二次会までは参加していたが、今日はその中島がいないので、俺はすんなりと帰れるだろう。二次会なんて、この空気で行くわけがない。
「行かない、行かない。俺のことは気にせずに楽しんで来いよ。じゃあな~~」
そう答えると、徳田が声を上げて、俺の腕を掴もうとした。
「久世、待て。じゃあ、俺も一緒に……」
だが、徳田はすぐに他のメンバーと女の子に囲まれた。
「徳田、二次会カラオケでいいよな?」
「徳田君の歌聞きたい~~」
もしかして、徳田なりに気を遣ってくれたのかもしれないが、余計なお世話だ。
もう、俺は帰ってのんびりしたい。
「じゃあな」
「あ……久世……」
俺は溜息をつくと、取り囲まれた徳田を置いて、家に向かって歩き始めた。
――典型的なモブ人生。
これが今のところの俺の人生。
「はぁ~コーヒーでも買うか」
コンビニでコーヒーでも買おうとしたら、コーヒーの前にはそこそこの人だかり。
俺は、機械が空くまで立ち読みでもすることにして、成人コーナーを見た。すると俺の好きな異世界物のR18漫画の新刊が発売されていた。
(お、3巻出てんじゃん。ああ、もう一章は完結したんだ)
漫画の帯に『一章完結』と書かれていた。
どうやら、一章は完結したらしい。俺は漫画を手に取った。
この漫画、話はいつもワンパターン。
出来のいい貴族の兄を妬む弟が、腹黒王子にそそのかされて、兄と仲良くなった女子に、無理やり性的な悪戯をする。
それに気づいた兄が、毎回媚薬だのを飲まされている女の子を助けるために、ラブラブな本番なしの際どいプレイをするというような流れになる。
単純に言うと、弟が、恥辱担当。兄が愛のある触れあい担当という感じで、2種類のエロが楽しめるのがいいのだ。
何より絵がキレイだし、リアルで抜ける。
しばらくして、ようやくコーヒーの前が空いたので、漫画を持って会計を済ませた。
俺は家に帰るためのバスを待つため、バス停近くのガードレールに身体を預けた。
バスは行ったばかりで、周りには誰もいない。
そこで俺は、先程買った漫画を読むことにした。
この巻で、兄に嫌がらせをするために、女の子に悪戯を続けた悪役令息は、とうとう掴まって牢に入れられてしまった。まぁ、当然と言えば、当然だ。
弟に処刑の際に、毒杯を飲ませたのは、散々弟に兄に嫌がらせをするように焚きつけた腹黒王子だった。
――こいつが殺すのか……元はと言えば、こいつにそそのかされて、弟は悪事を働いたのに……本当に嫌なヤツだったな。
そう想った時だった。
キキッ――――!!!
車のブレーキの音。
ヘッドライトの明かり。
次の瞬間感じた、強烈な圧迫感。
俺、久世奏がこの世界でのことを覚えていたのは、ここまでだったのだ。
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