第2話 湯治

 もちろん、千足村にもタヌキはいた。キツネを目撃したという話はほとんど聞いたことがなかった。キツネはいても、肩身が狭かったと推測される。

 山々が紅葉すると、村の気温は急速に低下する。村人は厚着して背中を丸め、足早に行き交う。


 隆の父親は今日も権蔵爺さんと婆さんに出会った。手荷物を持っている。

「どこに行かれる?」

「湯治よ」

 爺さんは胸を張って答えた。

(夫婦で湯治に行くくらいのゆとりができたんだ)

 隆の父親は少し羨ましかった。


 湯治と言えば、I川の中流にある天然温泉か、I川の支流にあるM川温泉くらいしかない。

「遠いところを、ご苦労なことやのう」

 簡単に行ける距離ではなかった。

「いいや。千足にも温泉が湧いたんや」

 夫婦は仲良く肩を並べて、山道を下りて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る