見えるもの

 ユカが得心するまで、ことの経緯を映像として何度も見せてくれた。ユカが知るはずがないそれを。

絶息したと、何度目で理解しただろう。自分でも呆れるくらい何度も見せてもらい、そのたび説明を求めた。冷たくはないが決して優しくも温かくもないその子に、いつしかユカは縋っていた。

悲嘆にくれるユカに


「死にたかったんでしょ、君」


話す言葉もまだ幼子のそれだ。語尾は鼻にかかったように耳に届く。


「だって・・・」


「何さ?」


後悔がユカを襲う。

白い部屋に時は制限を加えない。もうどれほど同じ問答を繰り返しただろうか。

ちょっと見5歳くらいの男の子は、ユカのこれまでを掌握していた。

母親との喧嘩。それがきっかけで起きた出来事。なのにユカは、母親との喧嘩理由を忘れていた。


 去年の晩秋。絵画コンクールで金賞受賞したことを母親に笑われ、賞状をビリビリに破かれたのだ。

五教科があんなに酷いのに絵がちょっと描ける程度のこと、お前の人生に何の意味も齎さないというのがその理由だった。


「私も大概やらかしてきたからね」


下らないことを得意げに自慢するクズのくせに。高校だって落伍者だったから行きたかったけど受け入れてくれる学校がなかったと、何故か偉そうに宣ったくせに。

ユカは憤怒した。謝れと何度も怒鳴った。母親をヒートアップさせるのに10秒もかからなかった。頬を張られ髪を掴み引きずられ、踏みつけられ。袋叩きにされたことは覚えていても、賞状を破られたことはすっかり記憶から抜け落ちていた。


「ショックが強かったんだよ」


そうかも知れない。努力はしていたが、塾に通わせてもらえないこともあってか、学業優秀とはいえない自分が初めて認められた絵画という分野。そちらに進路を選んでもいいのではと、淡く期待した気持ちさえも踏み躙られたように感じて。

薄れゆく意識でドアが閉まる音を耳にする。夢と現を行き来した。どの程度負傷したのか、ユカには分からなかった。


受けたダメージがあまりに深刻で動けずにいたから、1週間ほどはシャワーを浴びることもできなかった。母親は糞尿塗れのユカを怒鳴ることはあっても片付けを手伝ってくれることは終になく、漸く立ち上がりどうにか風呂場に入り冷水シャワーに驚いて。

湯が出るまでの短い間に、ふと思いついた復讐方法。

母親に立ち直れないほどの傷を負わせたい。自分の命に代えてでも。

あの時、そう思ってしまったのだ。

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