第67話 ニトロフスクの冒険者

ロシア、ニトロフクス。


モスクワより1000km程離れた、カザフスタンの北側に存在するこの都市には、現在五万人の人口が集まり、春の訪れを待っている。


ロシアの冬は寒い。流れる涙すら凍りつく。


人の心すら同様に、冷たく凍りつかせる……。


そんな中でも、我々冒険者は、人民の為に食料を調達せねばならない。戦える者は戦う義務があるのだ。


10cm程に積もった雪を魔物革のブーツで踏みしめて、吹雪のベールを掻き分け、フロストダイトの剣とダークトレントの短杖ワンドを持ち、私は都市の外を歩く。


『クルル……』


ヘラジカのモンスター、アクリスだ。


動物のヘラジカと違って、鋼鉄よりも頑丈な骨格と、下手な銃弾を弾く体皮、全速は鉄道並みの化け物だな。


だが、あれは、捌けば食える。


富は、人民に均等に配分されなければならない。


……というのはあくまでも、我が国で謳われている名目だ。


共産主義とは、地球の資源に限りがないとしたら、という前提の下に成り立つ理論であるからして、現状の生きるので精一杯な世界では、とてもじゃないが……。


元々、我が国のそんなお為ごかしを本気で信じていた訳ではないが……、そういう大層な理想も、世界が壊れてしまえば虚しいものになるな、と。なんとなく悲しくなってしまう。


しかし……、私が戦わなければ、隣人が、家族が危険に晒される。戦えるものが戦えば良いとするならば、私のような若い男は率先して戦うべきなのだろうな。


今の世の中は、女子供ですら働いているんだ。女子供の背中に隠れてのうのうと暮らすなどと、そんな腑抜けたことはできないさ。


「さあ、行くぞ……、『発動:エンチャントダーク』『ファンクション:魔刃斬り』!」


『ギョッ』


素早く踏み込み、何かをされる前に首を斬りとばす。


ヘラジカほどの鹿の首を刃物で斬りとばす……、常識では考えられないことだ。しかし、レベル五十二程の高いレベルによる腕力、そして、考えられないほどに鋭い魔剣の斬れ味をもってして、その異常を実現する。


「おっと……、首も拾わなくちゃな。角や骨も資源だ」


獲物の解体に取り掛かる。


ステラダイトの解体ナイフで皮を剥ぎ、心臓から魔石を取り出し、はらわたを捨てて、肉を冷やす。


骨は肥料としてとても有用らしい。


角は削って鏃に使ったりもする。このモンスターの角は鋼鉄並みに丈夫だ。


本格的な解体は、帰ってから、ギルドの方でやってもらおう。


「ふんっ!」


体重数百kgはあるであろう巨体の鹿を肩に担ぐ。これも、やはり、レベルと共に上がった身体能力のためだろう。


試してみたが、私の腕力は、トラックを軽く持ち上げるほどにまでなっていた。


この程度のモンスターは、体感的には発泡スチロールくらいにしか感じない。


そのようにして、仕留めたアクリスを、六体程ソリに乗せて帰還する。




「おおい、帰ったぞ」


「おお、帰ってきたか、同志トリフォン!」


「またデカいのを狩って来たじゃないか!」


守衛の男達と抱き合う。


「ああ、これで今晩はステーキを食えるぞ」


「「やった!」」


流石に、街の人々全員が食えるほどではないが、私と同じように活動している他の冒険者もいることだし、この周辺の人民は、今晩は美味いものが食えるだろうさ。


私は獲物の乗ったソリを引いて、冒険者ギルドに入る。


「すまない、獲物の解体を頼みたいのだが」


「まあ、アクリスを六体も!流石は『ノヴォルーニエ』ですね、ベタレフさん!すぐにやりますね!ボリスさん、解体担当のボリスさーん!」


その後、解体担当の男達が、鹿肉を捌いて、俺に家族の分の鹿肉を渡してきた。


労働の代金は、冒険者ギルドで十五万NWRUB(ニューワールドルーブル)貰えた。家族を養うには充分だが……、冒険者は何かと入り用だからな。


もしも私に何かあれば、家族……、妹のオレーシャが……。


その為には、金はいくらあってもいい。


オレーシャの為ならば、私はいくらでも命をかけてやる。


しかし、オレーシャの為に、私はまだ死ぬ訳にはいかない。


死なずに、命がけで稼ぐ。


両方やらねばならない。


オレーシャの為に。




「オレーシャ、帰ったよ」


「ああ、お兄ちゃん!」


オレーシャが私に抱きついてくる。


全くもって、私には勿体無いくらいに可愛らしい、最高の妹だ。


「ほら、オレーシャ。今日は鹿肉がとれたんだ。ステーキにしよう」


「ええ、ちゃんとコケモモのジャムがあるわよ!」


……私とオレーシャは、血の繋がらない兄妹なんだ。


私は、父の友人の子供で、オレーシャは両親の本当の子供だ。


両親は、血の繋がらない私を、まるで本当の子供のように可愛がってくれた。愛してくれた。


そんな両親も、世界崩壊の折に、モンスターに襲われて……。


だから、オレーシャを守れるのは、私だけなんだ。


私が守らなくては……。




私は、トリフォン・セルゲヴィッチ・ベタレフ……。


魔法剣士ルーンセイバーだ。

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