第64話 ハリアルシティの冒険者

まだ寒い二月の頭だった。


かつてはバレンタインデーとして、今年も誰からもプレゼントをもらえないのねー、などと言いながら、同僚と飲み会をして、後日に割引された高級チョコレートやケーキを買って自分を慰める……、そんな時期。


私は、ジェーン・コネリー。


人呼んでカラミティ・ジェーン。


この時代にカラミティ・ジェーンよ?ふざけてるとしか思えないわね。


でも、現実は、どんな物語よりふざけてるのよ。


事実は小説より奇なり……、なんて日本の言葉があるそうね。まさにその通りだわ。


私の会社は、今やこのハリアルシティの支配者であるMr.アーノルド、彼の会社の下請け、中小IT企業だったわ。


そして、世界が終わった三月二十一日に、アーノルド氏からのメールが送られてきて、それを読んでこのハリアルシティ郊外に避難してきたの。


アーノルド氏が知人に一斉送信したメールはこう。


『水、食料、薬と毛布がある。武器と貴重品を持ってこの住所に避難しろ』


これだけ。


それに、倉庫いっぱいの水と食料の缶詰の写真を添付してあった。


誰もが一瞬で理解した。


テレビをつければ、ワイバーンが空軍のヘリに噛み付いて、アンデッドの群れが陸軍を押し潰し、マーマンが海兵隊を海に引きずり込んでいた。


この状態では、一縷の望みをかけてアーノルド氏を頼って避難する他ない。誰もがそう思ったわ。


他にも、アーノルド氏が直接的に周囲の人々に呼びかけたため、最初は一万人集まった。


けど、この一年で、ハリアルシティの名声が高まり、約五万の人々が集まったわ。


崩壊前のハリアルシティの人口が大体十万人くらいだったから、それと比べると少ないわね。


でも、崩壊後にこんなに栄えているコミュニティはそうそうないらしいわ。まともに街として運営されているのが、暫定首都のデトロイトくらいのものらしいわね。他所から来た人はみんなそう言うもの、詳しくは知らないけど……。


ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルスは壊滅。


アメリカは国土が広いから、人々はバラバラになって生活しているの。


西部開拓時代みたいな生活をすれば、生きていくこと自体は可能だしね。


でも本当に、五万人も集まるコミュニティは珍しいわ。


都市部はモンスターの湧く忌々しいダンジョンになってるから、街は、西のホワイトバレー側に伸びてるわね。


ホワイトバレーにはたくさんのログハウスと、畑が広がっているわ。


飲食店、武具屋、雑貨屋、それと貸本屋なんかがあるの。


特に、武具屋の武器工房は、金属を溶かすための炉を作るのに苦労したらしいわ。


でも、土や粘土、石を作り出して操れる魔法があるから、それでどうにかしたらしいわね。




さあて……、今日も仕事の時間よ。


朝の五時、太陽が出る時間。


社会人だった頃は、会社は九時からだったけれど、今の世界は日が昇ってから日が沈むまでが活動する時間よ。


レミントンM700とレッドホークを持ち、大型のボウイナイフを太腿に巻いて、替えの弾薬が詰まったマジックバッグを腰に巻いて外に出る。


どちらもハンティング用の強力な銃ね。モンスターを撃つのに対人用の小さな弾頭では心許ないからね。


ゴブリンやウルフくらいなら、バーミント用でも十分だけど、ちょっと遠くに行けば体重一トンはありそうなバッファローくらいのモンスターも割といるのよ?


やっぱり、大口径は正義ね……。


まず、日が昇ったら冒険者ギルドに向かうのよ。


六時にはギルドの掲示板に依頼が張り出されるから、毎朝、割りのいい依頼の争奪戦ね。


でも、私くらいの冒険者になると、レベル四十帯の高難度依頼がたくさん残っているから、それをやればいいわ。


今日は……、これね。


《ジャイアントキラーウルフの群れの討伐

報酬金:五千ドル

推奨レベル:レベル四十帯

討伐の証に群れのリーダーの牙を採取》


「もしもし?」


受付嬢に話しかける。


冒険者ギルドの受付は、基本的に女性が多い。


この世界において、力仕事のできない女性の働き口は多くないものね。


世界がこうなっては、ジェンダーもフェミニストもあったもんじゃないわ。男は戦い、女は内向きの仕事をやるように、自然となっていった……。


「はい……、ああ!ジェーンさん!」


私の顔と名前は、高ランク冒険者としてギルド員に知られてるわ。女の冒険者はそう多くないのもあるだろうけど、光栄なことよね?多分……。


「この依頼、受けるわ」


「はい、ありがとうございます!この依頼、街道が塞がれてるから困ってたんですよ!」




そして、依頼を……。


ホワイトバレーよりも西の方の国道を塞ぐ位置に陣取るジャイアントキラーウルフの群れを抹殺するわ。


『グルルルル……』


ジャイアントキラーウルフは、全長三メートル程の巨大な黒い狼ね。


口が異様に大きくて、金属のような色合いと質感の牙がギラギラと光っている。


あんなものに噛まれたらひとたまりもないわ。


だから……。


近付かれる前に、殺す。


「『空間跳弾』『直進弾』……、『ファンクション:バウンドドッグ』!!!」


『グギャアアア!!!!』


ファンクションを使わせてもらったわ。


ファンクションとは、スキルの特定の使い方を指すの。


例えば、火属性魔法でただ意識せずに火をつけるのは単なる『スキルの行使』だけど、着弾点が爆発する火の玉を放つとするならば、それは、『ファンクション:ファイアーボール』よ。


格闘ゲームで例えれば、スキルがキャラクターの固有攻撃だとすれば、ファンクションはコマンド技に当たるのよ。……と、格闘ゲームが趣味の私の友達が言ってたわ。


まあ、ファンクションとはつまり必殺技ね。


私のバウンドドッグは、弾丸を空中で跳弾させる『空間跳弾』と、弾丸を直進させる『直進弾』のスキルをバランス良く使って、一定空間内で弾丸を跳ね回す技よ。


魔力が尽きない限り、いくらでも跳弾させて、一発の弾丸で連続攻撃できるの。


つまり、一定空間に設置型の攻撃をすることができるってこと。


だから私は、ソロでも、一対多数を相手にできる……。


銃聖ガンスリンガーのカラミティ・ジェーンってね」




そして、今日も依頼を達成。


もう昼ね、依頼料もたくさん入ったし、何か食べよう。


お金……。


ちょっと前までは、50セントコインを通貨にしていたけれど、今は国が新しく作ったニューワールドドル(NW$)が流通してるわ。


NW$は、トレント繊維で作られた丈夫な紙に、魔石を溶かして作った特殊インクで印刷された紙幣と金貨よ。


ミスリルや金塊でもやりとりできるわ。


トレント紙は、他の紙と全然丈夫さが違うからすぐ本物かどうかわかる。


魔石を溶かしたインクも、特定の属性の魔力に対応して光るので、偽装も困難ね。


そもそも、偽装するために必要なコストが高過ぎるわ。


そんなNW$で、ホームセンターである冒険者ギルドと同じ建物の中にある食堂で食事を。


「ビーフシチュー大盛りとベーグル五つ、それとビールね」


「あいよ、二十四ドルだ」


「はい」


「シチュー大盛り一つ、ベーグル五つ、ビール一つ!!!」


カウンターの女がキッチンに向けて叫ぶ。声が大きいわ、大迫力ね。まるで荒くれ者ガンマンの集う酒場みたい。そういうの好きよ。


「おう!!」


キッチンから返事、野太い男の声だ。


そして数分、備え付けの政府発行の雑誌を読んで待っていると……。


「はいよ、ビーフシチュー、ベーグル、ビールおまち!」


おっと、来たわね。


ビーフシチューは……、トマト味。雑な味付けだけど、塩気が強くて美味しいわ。ごろごろ野菜と強めのニンニク。冒険者味ね。


ベーグル……、クルミ入り。少し甘くて美味しい。もちもちでお腹に溜まるから、「ものを食べた」という感覚が強くて、幸せになれる。


ビール。アルコール強め。この州では認められていないくらいの強さのビール……、まあ連邦法もクソもあったもんじゃないし。こんな世の中じゃ酔わなきゃやっていけないってことかしらね。




ふう……、お腹を満たした後は、この街の唯一のラジオ、『ドッグラン』を聞くわ。


朝から晩まで、この街のニュースと音楽を流してるの。


それを聴きながら、貸本屋から借りてきた小説でも読みましょうか。


娯楽、無いわねえ……。


今でこそ、魔石を電力に変える発明をチームクズの人達がしたから、その恩恵でラジオが楽しめるけど……、テレビとかはもうやってないの。放送してない。


インターネットもダメだし、本当に退屈よ。


でも、かえって、穏やかに過ごせるからね。悪くないのかも……?


とにかく、今回はたくさん稼いだから、今週はゆっくりしましょう。


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